105 探索の旅(聖都編-10)
聡慈は明晰夢の中にいた。
先程までの祝福の地のことが別の夢だったとはっきりと分かるほどに、意識は覚醒している。
今、目の前には赤子の両親、里長夫婦が朧な姿で浮かんでいる。
「あなたたちは、もしやエウリアの……」
「あの子に伝えてください。ユーリシャティア、この真名をどうか……」
それだけ言い夫婦は頭を下げてその姿を次第に薄くさせ、やがて消え去った。
眠りから覚めた聡慈は頭に手を当て考える。
(何故私はあの夢が現実だと、赤ん坊をエウリアだと思ったのだろうか。やはりあの力を持った赤ん坊とエウリアを繋げて考えたせいなのか……)
魔王と言う存在がいたのは何百年も前のことだ。
もしあの夢が現実に起きたことだったことを考えても、今の時代に生きるエウリアと結びつくことはないはずなのに。
学者風の男がマーシ=セインに似ていたことも彼を深く悩ませた。
あれこれ考えている内にヴィザーレも目覚めたようだ。
聡慈は不思議な夢の話をしようかどうしようか、まとまらない頭で考えた。
「ソーさん、私はもの凄く気分が悪いぞ」
「どうしたんだ? 朝から暗い顔をして。硬い地面では寝付けなかったかね?」
ヴィザーレは陰鬱な表情を浮かべている。
「ソーさんこそ眉間に皺が寄ってるじゃないか。そんなことより私の不快さは悪夢から来るものだよ。まったく嫌な夢を見た」
「奇遇だな。私も夢とは思えぬ夢を見たよ」
「ほう、夢とは思えぬか。それはぜひ聞いてみたい……いや、私の夢から先に話そうか」
ヴィザーレは夢の内容を聡慈に語った。
「なるほど、ここまで内容が合致するとは……私の記憶と想像力が生み出した夢と考えるには偶然が過ぎるようだ」
互いの夢を話し合った結果、ヴィザーレと聡慈はほぼ同じ内容の夢を見ていたことが判明した。
ヴィザーレが言うには聖女と呼ばれた僧衣の女はマハイマ=イニミ。
聡慈が言うには学者風の男はマーシ=セイン。
二人とも六廻将と呼ばれ、数々の魔王を滅ぼした伝説の英雄の一員だ。
「正直に言おう。私は戸惑っている。英雄のはずの六廻将が虐殺だと? 祝福の力を奪ったとして、あれがどう魔物との戦いに役立つんだ?」
「落ち着こうヴィーさん。呪法は祝福なのだろう。ヴィーさんの推測と同じじゃないか。実りを齎す一族とは正しくここの……ここに住んでいた人々のことだろう」
聡慈と出会った当初からヴィザーレは呪法と祝福を結びつけていた。
研究事項に関する推測の裏付けが取れたと喜んでも良いのだ。
「ふう、そうだなすまん。まさか伝説の英雄が出てきて、あのような蛮行をするとは思いもよらなかったからな。まだ私も考えをまとめきれてないようだ」
「真実は分からん。夢の一致も偶然の可能性だって無ではない。とにかく一度ドルドの所に戻ろう」
聡慈たちは離れて休んでいるデイルたちと合流することにした。
(ユーリシャティア、か)
エウリアか、とは確信が持てない。
しかし聡慈はその真名とやらを心に刻み込むのであった。
「おう、お二人さんおはようさん」
「おはようございます。あんな不気味な場所で眠れたんですか? それとも徹夜で調査ですか?」
テントを覗くと親子はもう起きていた。
聡慈たちは挨拶を返し、水浴びと魚獲りをしに行こうと言った。
「はは〜ん、ヴィーはんあまり寝られへんやったな。目の下に隈ができとるで。ほな冷たい水でさっぱりしなかんな」
はしゃぎ過ぎと気味悪さと地面の硬さで寝られへんかったんやろ、とデイルは冷やかす。
ヴィザーレは苦笑し「まあそんな感じだ」と答えた。
その後、水浴びをして頭をすっきりさせて魚を獲ると、串に刺した魚を焼きながら聡慈とヴィザーレは不思議な夢の話を親子に語って聞かせた。
「え〜、もしかしてあそこって幽霊がいて、それが同じ夢を見せたってことなんじゃ……ブルブル」
「あはは、クラリスは子どもやから怖がりさんやね。まあおとんもそないなトコ嫌やけど……ま、でも弔われたんなら良かったやん。後でわいらも手え合わせとこ。呪われたら嫌やし」
六廻将の二人らしき人物が虐殺を行っていた、と言うことは伏せられた。
ヴィザーレが僧衣の女をマハイマ=イニミと考えたのは聖女と言う言葉からのみであるし、聡慈が学者の男をマーシ=セインと考えたのは顔が似ていたことのみだからである。
思い込みの段階でまことしやかに語るのは流石に気が引けたのだ。
「弔ってへんやん……」
「お父さん、怖いよう」
遺跡に行ったデイルとクラリスは慄いた。人骨はまだそこらに転がっていたのだ。
「あ、すまん。手を合わせて弔った気になってたなあ」
思い出したように言うヴィザーレを、親子は半目で非難がましく見た。
そして結局四人して人骨を見晴らしの良い場所にでも埋めてやろうかと話していたのだが――
「おわっ!?」
持ち上げようとした人骨は指先が触れた瞬間にさらさらと崩れ、風と共に流れ消え去った。
「なな、何か出て行ったよ……?」
クラリスは腰を抜かした。
骨から人の形を為した煙のようなものが出てきたように見えたと言う。
「ひいっ、成仏してや! わいらに憑くのはあかんでね!」
デイルは頭を垂れ手を頭上で擦り合わせて拝んだ。
(エウリアの同郷であったかもしれない人々よ、ご冥福をお祈りします)
クラリスが腰を抜かしてもデイルが慌てて念仏を唱えても、聡慈だけは動揺しなかった。
夢で赤ん坊の真名を告げた両親も似たような現象と共に消え去ったし、彼は遺体と大地を繋いでいた魔力が無くなったことを見ることができたからだ。
遺体と大地が繋がれていた理由は、祝福の法を使う民が皆こうなるのか、それとも虐殺者が何かをしたせいなのかは分からない。
だが幽霊のようなものが出て行く時の寂しくも喜色の滲むような気配と、今この地から感じていた不気味な雰囲気が薄れていることは無関係とは思えない。
それは決して悪いことではなく、有り体に言えば成仏してくれたのだろうと思うのであった。
「少し期間を置いてまた見に来ようと思うんだが」
祝福の地(と思われる場所)を一通り見て回ったヴィザーレは、今後の計画を聡慈たちに相談している。
「私は構わない。しばらく聖都で尋ね人の情報を得ることができるならむしろ望むべきところだよ」
「わいも歓迎や。今行商も上手くいっとるさかい、ちいと寄り道させてもらうことはあるかもしれへんけどな」
「まだ一緒にいられるんですね! よろしくお願いします!」
ヴィザーレは笑顔で三人と握手を交わし、ドルドの首に腕を回し感謝を示した。
夢で見たことを論文として発表するわけにはいかないので、しばらくは過去文献の精査と実地調査を行い研究を進めることになる。
何か良い痕跡が見つかるか、それとも遺跡があるという事実のみで後は想像を述べるのみになるか。
研究の結果はまだ杳として見えないが、ヴィザーレは夢で見た光景を多分に参考にしようと思っていた。
六廻将の活躍し始めの時期とすればあの遺跡が滅びた年代も推定しやすい。
(久しぶりに一杯やりたくなってきたぞ)
聖都に戻ったらクラリスの居ぬ間にデイルを誘って酒場に繰り出そう。
ゴクリと喉を鳴らすとクラリスがジッと見つめていた。
(ま、まさかな)
ヴィザーレは自分の考えを見透かされている気がして、目を泳がせながら仰向けに転がり口笛を吹き始めた。




