104 探索の旅(聖都編-9)
魔物が一掃された後のその場は、大昔の居住地跡なのか、よく見ると石の柱の他に柱の礎石のような石や、石を並べた排水溝のような跡が見受けられる。
石の柱は神殿的な特別な建物で、かつては木造などの住居があり、それらは朽ちた――といったところだろうか。
「だが周りの風化とこの人骨の風化の度合いに違和感がないか?」
地面を這うようにして観察するヴィザーレはブツブツと呟いている。
「ヴィーさん、この御遺体には魔力が漂ってるぞ」
「魔力が? どう言うことだ、魔物か?」
「いや、魔物と違い魔力が渦巻いているのではない。どういうことかは分からん」
聡慈に見えているのは人骨を覆うような黒い魔力だ。
(これと風化の進み方に関係はあるのだろうか。もしこの黒い魔力で風化しないのだとしたら、まるで怨念のようじゃないか)
聡慈は人骨に手を翳した。
「あ……」
「どうしたソーさん?」
聡慈が人骨を覆う魔力に手を差し入れると、黒い魔力は瞬く間に霧散した。
そしてその瞬間に感じたのは――
「触れると何か起こるのか?」
「ダメだ、触るなヴィーさん」
聡慈が感じたのはエウリアの放命の力に抵抗した時と同じような感覚だった。
耐性の無いヴィザーレが触れるには危険だ。
聡慈は今感じた――恐らくはこれこそが呪法と呼ばれる――力のことを説明した。
「当たりか!」
ところがヴィザーレは嬉々として人骨に触れてしまった。
「あ!」
と驚き止める間も無い一瞬の出来事だった。
「……! くっ」
「ヴィーさん!」
目眩を起こしたように地面に手を突いたヴィザーレは、顔を青くしながらも笑みを浮かべている。
「やったぞ、ついに発見したんだ!」
そんなヴィザーレの姿を見て、デイルとクラリスは何が起きているのかも分からず、呆気にとられているのであった。
「ほんまにここで寝んの?」
「ああ、一晩だけな。二人はドルドの所で待っててくれればいいぞ」
ヴィザーレはとりあえずここを隈なく調べて、その上一晩を明かしてみたいと言った。
何故そんな気になったのか。
「ここに住んでいた人たちの気持ちになって寝泊まりしてみたら何か閃くかもしれない」
そんなことを言ってはみたが、本当のところ彼にもよく分かっていない。
「ソージさんもいいんですか?」
「魔物が出てはいけないからな。私もヴィーさんに付き合うよ」
聡慈もこの場で一泊することを決めていた。
ヴィザーレの安全のため、と言うが、聡慈も実はここで一晩過ごすべきだと直感していたのである。
デイルとクラリスはドルドの所に戻り、聡慈とヴィザーレはこの場を仔細に調べ、そして日が暮れると眠りに就いた。
黄金色の稲穂や鮮やかな緑色の葉が広がっている。
収穫された実りは、石の柱が規則正しく並んだ聖殿の台座に供えられた。
人々が祈りと共に大地に手を添える。実りに滋養を渡したため痩せて休息を必要とするはずだった大地が光り輝き、人々はまた栽培を始めた。
そして再び豊かな収穫を迎え、また祈り栽培する。
穏やかで緩やかで、変わらない日々が続いていく。
世に蔓延る魔物だけが脅威であったが、それ故に人々の生活は外に広がらずこの地だけで完結していた。
そこに僧衣を纏った女と、眼鏡をかけた学者風の男がやって来た。
二人は魔物を滅ぼし世の安寧を望む者だと称した。
魔物は恐ろしく強い。
いつ発生するか予想のできない災害じみた存在で、その中でも魔王級と呼ばれる魔物は一度現れると討伐などできず、その土地で住まうことを諦めねばならぬ程強大だった。
二人は魔物を滅ぼすために人の限界を突破する術を探しており、この地に伝わる祝福の法がその術に繋がるはずだと言った。
そこ――祝福の地――の住人は二人を応援はしたが、祝福の法がどう魔物を討伐する方法に繋がるのかは理解できなかった。
なぜなら祝福の法は生命力を大地に分け与える力で、熟練しないと他人の生命力を放出させるだけだし、魔物に通用はしないからだ。
魔物を滅ぼす、そんなことは正に夢物語だと思われた。
それでも僧衣の女は得意の回復魔法を活かし、学者風の男は強力な魔法で魔物から祝福の地の人々を守り、その地の人々からの信頼を得て一時の住民として受け入れられるに至った。
祝福の法をどうやって魔物討伐に活かすのか。
二人はその力を譲り受けると言った。
祝福の地の民は無理だと答えた。
祝福の法は一族生来の力で、魔法では再現できないと。
だが二人は譲り受けると言った。
二人に聖印が刻まれていることと真剣な態度があったから、民たちは嘲笑することなく残念そうに事実を告げるだけだった。
二人の表情に微かに差した翳りに、気がつく民はいなかった。
それからも二人は諦めた様子も無く、祝福の地の民に頼み自分たちの生命力を大地に還元し始めたりしていた。
やがて僧衣の女が聖女様と呼ばれるようになり、その名が定着してきた頃
――祝福の地の集落内では「誰某が何日も姿を見せない」という話があちこちで上がり始めた。
見かけなくなった者たちは特に二人と親しくしていた者たち、「聖女様」と崇めていた者たちだった。
若い里長は二人を怪しんで、その行動を見張ることにした。
そして里長は見た。
聖女が民に祝福の法を使わせている。
自分と学者の男に対してだ。
その後民は聖女によって殺された。
里長は一体何が起きているのか理解できなかった。
ただ民を殺す時に、聖女の聖印が影のように浮かび上がりその場を包んでいたのが悍しい儀式のようで、里長は震えながら叫び声を押し殺すのに必死だった。
里長はその場から逃げた。
早急に他の民に事情を話し、あの二人の悪魔に対処しなければならない。
最悪この地を捨てることになるだろうか。
しかしその暇は無かった。
二人は直後から人目も憚らず民の虐殺を始めたのだ。
里長は妻と生まれたばかりの子を連れて逃げた。
混乱し逃げ惑う民から殺されていく。
果敢にも二人に挑む民も、若き天才と名高く闘級五十に迫る二人にとっては弱過ぎた。
残る祝福の地の民は里長たち三人だけとなった。
里長夫婦は海岸に到達した。
もう悲鳴も聞こえないが、死の気配が近づいてきているのは分かる。
夫婦は里に古くから眠る幻魔を呼び起こした。
起こされた幻魔――老いた天馬――は夫婦から事情を聞くと、赤子を背に乗せ飛び立った。
「何故! 何故里の皆を殺したのですか! あなたたちが話したことは……魔王を倒し、魔物を滅ぼすと言うことは嘘だったのですか!?」
里長が声を荒げる。
「いいえ、心からの望みです。そしてあなた方の尊い犠牲でつい先程、そのための希望もこの手に掴んだところです」
僧衣の女は悲しげな顔で答えた。
「犠牲は多く残っているのもあなた方だけです。ならばここで一思いに眠りに就かれるのがまだ幸いでしょう」
「ふざけるな……っ!?」
意味不明な返答に里長が激怒した瞬間、彼の胸は手刀で貫かれていた。
「き、貴様らこそ……魔王だ……」
「たとえ呪われても、私たちは成し遂げねばなりません。この世から魔王の脅威を取り除き、人の世の安寧を図るのです」
夫婦の亡骸に涙を落とし、僧衣の女は呟いた。
「赤ん坊は逃がしたようですが、どうされますか聖女様」
「構わないでしょう。生きていて最初から両親を知らねばそれなりに育つでしょうから」
「そうですね。後は、目ぼしい勇者たちにこの力を分け与え、魔王を滅ぼすために力をつけるだけですね」
「その通りです。この祝福の……いえ、私たちがその名を使うわけにはいきませんか……呪い、呪法の力で輪廻から外れるのです。そして力を蓄え、必ず、魔王を滅ぼす!」




