101 探索の旅(聖都編-6)
「ソージはん、わいが木登り教えたげるわ」
ライオホークに木登りを任せていた聡慈は木登りがあまり得意ではない。
聡慈の不得手を知ったデイルは得意顔で申し出た。
「え〜、お父さんが? そのお腹で?」
腹がつかえて木に登れないのでは。
クラリスは疑わし気に父親の腹を見た。
「何見とんねん。森林系野人種舐めんといて。木なんて指先が引っかかれば登れるっちゅうねん」
「いや、それだと私は真似できないのでは?」
「ええからええから。ほらいくで」
デイルは張り切って森へ入って行く。
クラリスも一緒だ。
「私たちはのんびりしてような」
ヴィザーレだけはドルドの甲羅に付いた苔を指先で削りながら呑気に寝転がっていた。
ドルドを休ませる時は人間の方が体を動かさねば運動不足になるほど、ドルドの背に乗るだけの旅は楽だった。
狩りや採取は聡慈だけでなくクラリスやデイルも行うようになり、デイルは活力を戻していった。
また、クラリスが聡慈から色々な話を聞いたり薬草作りを学んだりするのを見る内に刺激を受けたのか、デイルは勉強のやり直しだと言ってヴィザーレや聡慈に教えを請うようになった。
「お父さん、今日は何してるの?」
「ん? 弓作っとんや。ソージはんがいっぺん下手くそなヤツ作っとったやろ?」
「下手くそ……」
聡慈は密かに呟いた。
「おとんな、ソージはんにええ弓見つけたるっちゅうて約束したんやけど、せっかくやから作る側の視点にも立ってみようて思うたんよ」
そう言って作った弓がある。
余程満足のいく出来だったのか、デイルは自作の弓を射るのが日課になった。
「正射必中」
聡慈が聞きかじりの弓の話を寝語りに聞かせたが、それもデイルの心に響いたらしい。
正しい行動であっても、様々な相手がいる限り成功するとは限らないのが商売だろう。
だからこそ自分にとって正しい、芯の通った行動を心掛けたい。
その思いがデイルを更に弓に引き込んでいった。
港町ネトゥミを出て十四日が過ぎた。
もう後二日程で聖都に到着すると言う。
「荷物がほとんど無いのに聖都に来たのなんて久しぶりです」
「ほんまなぁ。せやけどこっからやで。お二人から旅賃ももろとるし、自給自足やから少しずつ金も貯まってきた。聖都で商品買うにはまだ心許ないけど、聖都の需要調べてあちこち巡って商品仕入れたら、また行商再開できる。ほんまお二人には感謝やで」
聖都に着けば聡慈たちは他のアシを見つけて旅を続けるだろう。
彼らの目的を聞いていた親子は感謝しつつも寂しさを隠せないでいた。
「デイやん、そのことだがな。私の目的地に合わせてその行商とやらの道のりを決めることはできないか?」
「どう言うことでっか、ヴィーはん?」
「いや、ドルドの旅は気に入ってな。それに私が行こうとしているのはこの大陸の端っこばかりだ。いくつか商品を仕入れる町や村が途中にあるんじゃないか? 聖都と往復するには都合がいいと思うんだが」
ヴィザーレはデイルたちにもう少し共に旅をしないかと誘っているのだ。
行商の目的も達せられるはずだと。
ヴィザーレの言わんとしていることを理解してクラリスは父親の服を軽く引っ張った。
まだヴィザーレたちと旅をしたいと言う意思表示だ。
「そか。分かったクラリス、おとんも同じ気持ちや。……ヴィーはん、ソージはん、わいの商人としての勘が訴えとる。あんさんらと一緒やときっと成功するて。これが必中のための正しい行動やて。な、ソージはん」
「デイやん……」
「よし、決まったな! 私とソーさんは研究のため、デイやんとクラリス嬢は商売繁盛のため、共に旅を続けるのだ!」
ヴィザーレが差し出した手を三人が次々に叩く。
乾いた良い音がテントの中に響いた。
聖都の別名は“水の都”、街中には縦横に水路が張り巡らされ、大きな水路では渡し船も運航している。
聖堂のある大本山から流れてくる清水を街への恵みとして巡らせたもので、特に大本山麓の湧き水は美味で御利益もあると有名である。
「に、してはちょっと臭みがあるような気が……」
「う、うん。おかしいな。この前来た時はもっと美味しかったよね、お父さん」
「ん、さよか? おとん一息に飲んでまったからよう分からんかったわ」
「もう、お父さん何が商売に繋がるか分からないんでしょ。名水なんだからちょっとは気にしないと〜」
ドルドを山裾に待たせ聖都に入った聡慈たちは、茶屋で一服している。
そこで口にした名水は、期待とは違って美味とは言えない残念な味だった。
「道中に水の魔石を落とす魔物が妙に多いと思ったが、関係あるのだろうか?」
「そんな学説は無かったと思うが。まあ魔物がどういった理由で発生するのかは解明されてないから分からないな」
聖都に到着するまでの間に遭遇した魔物は、不定形の半固体型――所謂スライム系――が多く、他に蛇型、蛙型等いずれも水の魔石を核とするものばかりだった。
まだ嵩張る程の量でもないので魔石は売らずに取ってある。
「さて、せっかく大都市に来たのだから私は探索者組合に行って来るよ」
「え、ソージさん出かけるんですか?」
「ああ。クラリスも来るかい? 色々な依頼があって面白いぞ。商売に活かせる話があるかは分からんがね」
「行きま〜す。どんな所か見てみたいです」
「さ、デイやん、我々も行こうじゃないか。情報収集に」
「おほほ、そうでんなヴィーはん。ほなクラリス、おとんにちいとばかし情報収集に必要な経費をちょうだいな」
「お父さんどうせお酒でしょ。少しだけだからね」
「ヴィーさんもほどほどにな」
四人は待ち合わせ場所を決めて別れた。
聡慈とクラリスはどうせ酒場に迎えに行くことになるだろうと、酒場の名前を聞いておいた。
ヴィザーレとデイルの足取りは軽やかだった。
「ふ〜、世の中あんなに困ってる人がいるんですね〜」
「正に千差万別の依頼があったろう? だからこそ王都では孤児たちにもできる仕事を安定して見つけられたんだ。行商に活かせる需要の話はあったかい?」
「う〜ん、直接の需要っていうことだと、行商で扱う物ではない物ばかりでした。でも、みんなが困ってることが分かれば、それを満たせる商品を提供できるかもしれないですよね。これからもちょくちょく見に来ようかなって思います」
「うんうん。そういう姿勢はいいと思うぞ。さ、そろそろ待ち合わせ場所に行くか」
「はい」
聡慈はクラリスに探索者組合の仕組みを説明した。
その後クラリスは組合内の様子を観察したり依頼書を閲覧しては、唸ったり頷いたりしていた。
聡慈はここでもエウリアの手配をしようとして、既に依頼書があることを発見した。
依頼者を見ると王国の大使館名が載せられている。
デミトールが大使館を通じて手続きをしてくれたのだろう。
聡慈はデミトールの心遣いに感謝し、後で大使館とやらに挨拶に行こうと思った。
「うん。先にこっちに来て正解でしたね」
「うむ、外れて欲しかったがな」
ヴィザーレとデイルは案の定まだ酒場で飲んでいた。
宿に行く前に酒場に寄った聡慈とクラリスは呆れ顔をしている。
「おうソーさん、クラリス嬢、待ってたぞ!!」
「クラリス〜、おとんがこんなでスマンの〜、おいおい」
二人はまたへべれけに酔っている。
「待ってたぞ、って待ち合わせ場所はここじゃないですよね!?」
「はいはい、もう行こうか」
まだいいだろうと言う二人を宥め、聡慈は右肩をヴィザーレに、左肩をデイルに貸して店を出た。
「もう、お父さんしっかりして。酔いが冷めたら村に買って行く商品を選ぼうね」
「うおうおう、クラリス〜、おとんは村の人たちが必要な物を買ってったるで〜。感謝される商人にならんとあかんもんな〜」
「うん……そうだね」
父が溢した言葉は本心だろうか。
酔っているので不安だが、クラリスはそれでも父の言葉を嬉しく思うのだった。




