100 探索の旅(聖都編-5)
「デイやん、今日は一緒に狩りに行かないかい?」
「は、はあ?」
聡慈からの突然の「デイやん」呼び。
デイルは面食らって聡慈を見上げた。
「商人になる前は森に入って狩りをしていたそうじゃないか。心得のある人となら、ウサギやネズミじゃなく鹿ぐらいの大物を狙えると思うんだが」
無理ならいいんだがね。
挑発しているような、そう言う顔に見えてくる。
デイルはむっとして立ち上がった。
「ええよ、わいも木登りと弓矢には自信があるんや。シカでもイカでも獲ったろうやないか」
「お父さん草原にイカはいないよ」
娘の突っ込みを一顧だにせずデイルは袖を捲ってドルドから飛び降りる。
聡慈はデイルが見ていない隙に自分の背中にさっと何かを括り付け、ドルドから降りた。
そして二人は獲物を探しにドルドから離れて行った。
「ソージはん、ここに糞があったで!」
「おお、お手柄やんか! これで縄張りが近いと判明やで」
「わいのマネせんでもええっちゅうねん、まったく」
二人で獣の痕跡を探して数十分、デイルは鹿の糞らしきものを発見した。
彼は口調を真似する聡慈に呆れた顔をしながらも、内心満更でもないと思っていた。
(お堅いおっちゃんやと思たけど、案外話せる人なんかもしれんな。それにしてもわい、何や久しぶりに生きとるな〜って感じとる? 商売よりも野山を駆け回る方が性に合うとったんかなぁ)
「――おっ、見っけたで! 鹿や、牡鹿が雌を連れとる!」
感慨に耽っているところを、遠くで草を食む鹿の姿により現実に引き戻された。
デイルは興奮して聡慈に呼びかけた。
「やったやん。さて、狩りの時間やね」
「ちょ、ソージはん? あんたどっから出したんそないな弓矢……」
いつの間にか小型の弓と矢を持っていた聡慈をみて、デイルは目を瞬かせた。
「ええやろ。コツコツ作ったんやで」
そう言うと聡慈は弓に矢をつがえ、一息に弦を引き矢を放った。
矢は素人が作ったとは思えない程力強く飛んで行く。
そして牡鹿の脚の付け根に見事突き立った。
「やったでソージはん! ほら、二の矢をつがんと! ……って、何やねんそれ!?」
興奮してまくし立てるデイルだったが、聡慈の持つ弓を見てずっこけた。
「もう壊れとるやないかい! どないすんや、逃げられてまうで!」
弓は早くも弦が外れ、情け無く聡慈の手で風に揺られている。
「あかんかったかぁ、素人の手作りは。……どないしよデイやん」
「あーっ、もう! ちょうど矢が刺さったんも脚のええトコや。今ならまだ追いつける! 行くで!」
デイルは聡慈を手招きして、逃げた鹿を追い始める。
姿勢を低くし懸命に駆けて行くデイルについて行き、聡慈は口角を僅かに上げていた。
「おったで! やっぱ怪我のせいで置いてかれたんや」
手負いの牡鹿は木々の陰で脚を畳んで休んでいた。
牝鹿は何処かに逃げ去ったようだ。
岩に身を隠しデイルは鹿を指す。
「わいがぐるっと回り込んでアイツを追い立てる。ソージはんは上手く進路に回ってもらえんか? 挟み撃ちや!」
「よっしゃ、任しとき」
口調を真似する聡慈に苦笑しつつもデイルは握り拳を差し出す。
聡慈は出された拳にニヤリと笑って自分の拳を合わせた。
敵が近寄る気配を敏感に感じ取り、鹿は立ち上がった。
まだ矢は刺さったままで、立ち上がると痛むのかガクッと体を沈ませ脚を引き摺りながら逃走を再開した。
追って来る人間は少し腹が出ているが意外に機敏な動きを見せる。
石を投げたりするので上手く行きたい方に行けない。
だが岩が転がっているのを見つけた。
その後ろに身を隠し、伸びた草に紛れ痛みを押して全力で走れば逃げ切れるかもしれない。
鹿は滑らかに潜るように岩陰に入った。
そこで鹿は激しい衝撃を受け気を失った。
聡慈は土と風の魔法で鹿を岩に叩きつけると、鹿が動かなくなったのを見て姿を現した。
地に伏せ草に隠れていたのだ。
ちょうどデイルも走って来ており、二人が鹿の所に着いたのはほぼ同時だった。
「やったで! こら若くはないけど立派なオスや!」
「デイやん、とどめ刺せるか? 私がやってもええけど」
「いや、わいがやるよ。やらせてもらえんか? こんな立派な奴を仕留められるんは誉れやし、せめて誠意を以て葬ってやりたいねん」
デイルは聡慈から許可を得ると、鹿の首を深く斬り裂いた。
血が流れ鹿から生気が失せていく。
息絶えた鹿を前にデイルは静かに合掌した。
「ほな戻ろか」
「せやな」
ダニ、ノミが移らないように火の魔法で処置をして鹿を担ぎ、二人はドルドが待つ場所へと戻って行く。
デイルは口数少なく歩いているが、刺々しい雰囲気は無くなっていた。
「帰ったでえ」
「ただいま」
「お帰り〜」
「おう、どうだった?」
デイルは白い歯を見せて親指を立てる。
聡慈も笑顔で頷いた。
「やったで」
「やったで」
「どうしたんですかソージさん?」
「何だソーさん。デイやんの変な方言がうつったのか?」
「何やの変な方言て」
「だから変だって言ってるじゃん前から」
「ああ、クラリスはあまり好まないのか。それは残念だ」
親子で言い合いになりそうなので聡慈は元の言葉に戻した。
「うん、そっちの方がいいです」
「そうだな。ソーさんはそっちがしっくりくるぞ」
「ちぇー、なんやソージはんと仲良うなれた気いしてたのに」
「何言ってるんだデイやん。もう私は仲良くなったつもりでいたんだぞ」
「ソージはん……」
どうやら父親も聡慈との距離を縮めたらしい。
クラリスはほっと胸を撫で下ろす。
「じゃあドルド、川辺まで行こう。後でお肉一緒に食べようね」
分かった、と頷くようにドルドは一つの首をもたげ、もう一つの首は早く行こうと急かすように前を向いた。
クラリスはクスクスと笑ってドルドの首元を撫でていた。
川の流れで解体した鹿を濯ぎ、傍らではその臓物をドルドが食べている。
デイルは聡慈の横で解体の作業をしている。
「立派な角や。これはええ値で売れるで」
「本当お父さん? いくらになるかなあ」
「あかんで、これはソージはんのモンや。一撃目当てたんも、コイツを気絶させたんもソージはんなんやからな」
「え〜、残念。でもそれならしょうがないか」
「私がもらっても使いみちが無いなあ。それに一緒に仕留めたんじゃないか。デイやんがいいように使ってくれないかね」
「ええんか、ソージはん?」
「ああ。その代わり町に着いたら私に弓を見繕ってほしいな」
「お安いご用や。あんな一発で弦がビローンてなる駄弓やのうて、しっかりした弓を目利きしたる!」
「駄弓とは酷くないかね?」
笑い声が上がる、和やかな雰囲気だ。
「クラリス、すまんかったの」
不意にデイルがクラリスに頭を下げた。
クラリスは小首を傾げたが、既に察していることがあるのか、期待を含む目をしている。
「おとん、まだちょっとビビッとんねん。また失敗したらどないしよて。でも、もう休ませてとは言わん。復活するて約束するわ」
「お父さん……」
「せやけど自信を取り戻すまではな、ソージはんとヴィーはんに弟子入りしよう思とんや。ほら、どんな知識が商売に生きるか分からへんもんやろ? おとんはそこらの商人とはちいと違う商人を目指すて決めたんや」
「お、お父さん……?」
クラリスは少し不安を覚えた。
まともに立ち直れば良いのに、また変な方に進もうとしてないだろうか。
(まあいいか。私が勉強してお父さんを支えればいいんだから)
「ふう……ソージさん、ヴィザーレさん、お父さんをよろしくお願いします」
「う、う〜む?」
聡慈もヴィザーレも若干戸惑いを見せたが何となく頷いた。
親子は満足そうに笑っていた。




