10 地獄編-9
聡慈が鬼に捕まり三年が過ぎた。
意外なことだが未だに寿命が尽きない。
いや、むしろあの火事に巻き込まれた時よりも、頭も身体も健やかになっている気さえする。
(お迎えも遠くないと思っていたのに……現役時代以上にここで体を動かしているからか? それともここがやはり死後の世界だった――いや、もうそう思わないと決めただろう)
少しだけ弾力を取り戻した(ような気がする)足首や膝を見つめ、今自分は生きているのだ、と聡慈は頬を叩いた。
この三年間聡慈は毎日のように草花を摘み薬草を作った。
あらゆる植物、またそれを組み合わせ調合した物を飲まされ続けた彼は、謎の治癒力で毒にも耐え続けた。
一つまた一つと耐性が身についていった。
周辺に生えている植物で彼に害を為す物はもはや存在しない。
生かさず殺さずといった扱いは相変わらずだが、植物は何でも食用となる彼にとって、少なくとも飢えることとは無縁であった。
最初の年に鬼たちが捕獲して来た馬たちは、同じ年に鳥人間と戦いに行って帰って来なかった者が二頭いた。
帰って来た中でもいつの間にか居なくなった者が三頭。
今はまた何処からか捕獲して来たのが増えて全七頭。
最初から居たのんびり屋のロージュー、お淑やかなヒメが遺した息子ショーグン。
二頭を筆頭に逞しく生き抜いている。
聡慈は毎日の馬の世話を通じて、馬の性格や日々の体調を子細に把握できるようになった。
それに轡取りの真似事は殆ど無くなったものの、奔放なタイプの馬に付き合ったり性格を矯正する内に馬の速歩ぐらいなら長時間ついていけるようになっていた。
リンはあまり体格が変わっていない。
獣にしては成長が遅い種なのかもしれない。
それでもリンが馬たちから一目置かれているのは、例の癒しの力があるせいだろうか。
白く煌く力はリンだけに見られた。
自在に扱える力ではないらしく、殆どが聡慈が大きな怪我を負った時に必死になり発現させたものだった。
これら黒や白の不思議な力は聡慈にだけ見えるようだった。
そう思うのは、彼以外は黒白の粒子が渦巻き煌くのを見ても平然とし、彼だけが不思議な力が発現するのだと身構えるからである。
ところでこれも相変わらずとなるが、やはり聡慈は虐げられていた。
彼の血肉を食らっても彼と同じ耐性など得られなかったのに、老鬼は未だに彼の身を切り血を抜いて、食らい続けていたのだ。
他の鬼たちによる暴力行為もまた同様に続いている。
日常のこと故に痛みに対して覚悟はできるようになったが、鬼たちの行為はいつも聡慈の自尊心を傷つけ彼を鬱々とした気持ちにさせた。
聡慈が鬼たちに話しかけることはない。
鬼たちの言語をかなり理解してきたと自負してきた時に、一度鬼の前でその言語を発してみたことがあった。
結果は不快気な顔をされ暴力を受けただけだった。
ここから脱出した後のことを考え鬼たちの言葉を使えるように練習は続けているが、会話を交わすことは未だに無い。
三年もあれば行動が制限されていてもそれなりに分かることがある。
鬼の集落は家々がかなり離れているが、総世帯数は五十三、約三百人が住んでいる。
もしかしたらもう少し離れた森や山にも隠れた家屋があるかもしれないが、聡慈が現時点まとまりとして把握できる分である。
地形は柵などの囲いはされていないが、周囲を高台に囲まれた盆地状になっていて、南側は木々の茂る山が聳える。
それを越えると鳥人間の住む岩山があるはずだ。
東から西にかけては半円状に緩急交わる斜面に囲まれており、その向こう側はどうなっているのか分からない。
現時点で逃走の機会を得られたならば、緩やかな斜面の方へ行くか、木々の茂る山に入るかの二択となるだろう。
鬼にさえ見つからなければ食料はなんとかなる。
あとは以前のように鬼が居なくなるような機会さえあれば、いつでもここから出奔する準備はできていた。
問題の鬼たちはというと、特に変わった様子はない。
鳥人間との戦いに紛れ込み逃げ帰った一時期、小鬼たちは臆病になり大人の鬼たちを怒らせた。
右目に鳥人間から付けられた傷のある、小鬼のリーダーも仲間から見放されたように見えたし、鳴りを潜めていた。
あれからしばらくはそんな状態だったが、いつからか小鬼たちは取っ組み合いや殴り合いをするようになった。
ケンカのように見えたがどうやら戦闘訓練らしい。
大人に交じっているのではなく、あくまで小鬼たちのみでの行為だ。
そうしている内に、やはり力を示した者が上に見られるのか、あのリーダーだった小鬼が復権したように小鬼たちを仕切るようになっていった。
大人の鬼たちは小鬼たちの行動が意に沿うものだったのか何も言わず、小鬼たちがオドオドしていた時程の暴力は与えなくなった。
聡慈には、鬼たちと小鬼たちとの間が粘ついた空気で隔てられているように見えて、なんとも言えない薄気味悪さを感じるのだった。
出奔の機会を窺う聡慈。
リンと馬たちを逃がし、自分も鬼に見つからずここから遠ざかるにはどうすれば良いか。
今でも馬たちを逃せばそれを目眩しに自分だけ逃げ出すことは不可能ではないはず。
馬たちなら捕まっても連れ戻されるだけで済むこともあり得る。
だがその方法を選択する気にはなれない。
鬼の気質を考えると、逃げたことを許さず縊り殺すことは十分に考えられるからだ。
望む機会はいつ訪れるか。
聡慈はできるだけ多くの仲間を逃がすべく準備を進めていく。
鈍色の雲が空を覆い、寒の戻りの冷風が砂埃を舞わせる。
一日の始まりとしてはあまり気持ちの良いものではない。
聡慈は草を編んで作った掛け布団の中で指先から順に体をほぐし、寄り添って寝ていたリンを一撫でして布団から出ると、空を見て身を縮めた。
薬草の仕事をする前に馬に餌をやりに行く。
彼が歩くとリンもすぐに起きてついて来た。
厩舎は今でこそ木材を組んだ囲いのある屋根付きだが、当初は聡慈の納屋に押し込んでいたものだ。
逃げたら手酷い仕打ちもするくせに、逃走を防止する措置を施そうとはしない。
理解不能な鬼のやり方を見かねて、仕方なく聡慈がコツコツと作ったものだった。
勝手に作ってまた何かされるかもしれないという不安はあった。
ところが意外にも何をされることもなく、それどころか知らない間に柵が増築されていることが度々あった。
造りは雑で一定ではなかったので、遊びの一環だったと思われる。
ただその気まぐれのお陰もあり、いつ完成するか分からない厩舎はなんとか形になったのである。
普段思い出さないことを何故今日は頭に浮かべるのか。
聡慈はまだ寝ぼけているのかと頭を振り、騒つく胸の内を深く探ることなく馬たちの下へと向かった。
聡慈が来ると馬たちは嬉しそうである。
体を寄せたり鼻面を擦りつけてきて親愛を示してくる。
備蓄していた餌を与え、一頭一頭体を撫でてやり満足そうな馬たちを見ると、聡慈の心も洗われるようだった。
彼が騒ついていた胸のことも忘れ、一息つこうとしていたその時。
ドォォォン、ドォォォン、ドォォォン
腹の底を揺るがすように重々しい太鼓の音が三度鳴り響いた。
時々何の前触れもなく打たれることのある用途不明の太鼓だが、こんな朝早くに緊張が伝わってくるような打ち方をされたことは無かった。
(何か起ころうとしているのか?)
不安そうに耳を動かす馬たちを宥めながら聡慈はもしや、と期待と不安混じりの予感を抱くのであった。
聡慈は技能を習得した。【自然回復上昇・小】【見抜く】
入間聡慈
闘級 1
体力 52
魔力 0
力 11
防御 13
速さ 8
器用 16
精神 16
経験値 -4,000
技能
⚪︎魔言語★5(魔法習得速度上昇)
⚪︎魔視★1
⚪︎ 自然回復上昇・小
⚪︎ 見抜く
称号
⚪︎薬師★3
⚪︎被虐者★5(成長阻害:経験値激減)
⚪︎轡取り★5(成長時加算:体力+5、力+3、速さ+3、技能習得【自然回復上昇・小】)
⚪︎伯楽★5(成長時加算:器用+3、精神+3、技能習得【見抜く】)
耐性 毒、麻痺、睡眠、混乱
状態 自殺者の呪印、献身者の聖印




