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巡り求めて  作者: みおま ウス
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1 悪行と善行

(こうして見るとあの子らが心配するのも分からんではないな……)


 久しぶりに更新したパスポートの顔写真を見て、入間聡慈は一人苦笑いを浮かべた。

 自分ではあまり加齢を気にしたことは無かったが、確かにこの写真の老人には死相が見てとれる。

 妻に先立たれてから元気が無くなった、そう息子たちから心配されるのも納得である。


 聡慈は妻の実家である山間の田舎町に住んでいる。

 退職してからは国内でのんびり過ごすつもりで、義父母が逝去し空き家状態だった妻の実家に引っ越していたのだ。

 今まで住んでいた都心部の戸建ては、リフォームして娘夫婦が住んでいる。


 十年前、長年の親友とも戦友とも呼べる会長からは残るよう強く請われたが、退職して良かった。


 苦労をかけっぱなしだった妻にはこの十年で幾らかでも恩を返せたと思う。

 仕事で忙しかった自分に代わり家事育児の一切を引き受け、時には仕事の関係で社交の場にも呼び出される大変な生活だっただろう。

 そんな中で近所とも円満な関係を築き、子ども二人を立派に育て上げてくれた。

 もしもっと楽な生活があったなら、もう少し長生きしてくれたかもしれない……そう思うと胸が苦しくなる。


 その妻も昨年亡くなった。

 一周忌も終え最後の心残りは戦地への慰霊だけ。


 聡慈は渡航のための荷物を準備している途中、息抜きがてら散歩に出た。




 妻が亡くなってから気が抜けたのか、今自分が何をしているのか分からなくなることが増えた。

 そんな時の彼は大体、昔の記憶をそのまま脳内で再現し、その時に戻ったように錯覚しているのだ。

 どうやら今まさに彼は散歩しながら若い頃の追体験をしているようだ。






 第二次大戦後、アメリカ兵が日本人の女性と恋愛し、母国に戻り結婚。

 二人の間に生まれた聡慈は二人の愛情こそ注がれたものの、母親から継いだ黒髪は戦犯の日本人として周囲からは酷く差別された。

 学校、商店、公園、どこに行っても陰湿な輩はいた。

 公然と罵声を浴びせ、時には隠れて暴力を振るわれた。

 また彼の美しい黒髪とハーフらしい整った容姿は密かに女生徒たちに人気であったが、それを妬んだ男たちからの嫌がらせも彼を苦しめた。


 母親も彼ほどではないがやはり日本人ということで苦労したようだし、父親へも日本人と結ばれたことで周囲の風当たりは強かったらしい。

 それでも聡慈に対する愛情は変わらず、教育にも熱心だった。

 両親のお陰と聡慈自身の努力の賜物で、彼は奨学金で有名大学に通うまでになった。


 大学でも勉強を怠らなかった聡慈は、希望すればどんな大企業にでも就職できただろう。

 だが、人並みに愛国心があるのにそれを認められてこなかった彼は、よりにもよってベトナム戦争への兵として志願した。

 してしまった。

 

 五年目に突入していたその戦争は、世の映画やメディアのほとんどが自国を正義とする論調だった。

 何故そんな世論に流されるのか。

 今なら愚かだったと思えるが、そんな冷静な判断を妨げるぐらいに聡慈は自尊心をズタズタに傷つけられていた。

 

 その優秀な頭脳から幹部候補生であった聡慈だが、そこでも日本人の血を良く思わない人事の思惑が働く。

 現地の激戦区に中隊長として配属されたのである。

 指令相当の階級の聡慈が現場指揮官になる。

 消えない炎、ゲリラ化する敵部隊。

 多くを殺し、また部下も死なせた。


 ただ、部下たちは彼を慕ってくれた。

 生き延びられたのは聡慈の指揮のお陰だと。

 そしてこの戦争の意義に疑問を抱き、かつ軍規を遵守した彼の部隊は、荒れた現地の支援も目立たず行い、現地民との交流も結果として彼らを助けた。

 

 それでもやはり戦争に参加して期間は、失われた年月と言わざるを得ない。

 より深い心の傷を負った聡慈は退役後、両親の勧めで母親の祖国日本に滞在することになった。



 



(会長には本当にお世話になったなぁ。あの関西弁が懐かしい……)


 ふと現実に戻り知り合いを思い浮かべる聡慈。

 だがまたすぐ記憶の世界に没頭する。






 日本に滞在する聡慈は、ある日外国人の男と日本人の男がケンカする現場に遭遇。

 聡慈はお互いに自国語でまくしたて殴り合いになりそうだった二人を仲裁した。

 その縁で聡慈は日本人の男が興した貿易会社に勤めることになった。


 仕事の縁で知り合った妻との間には一人ずつの男児と女児を授かった。

 そして家族のため、また心の傷を埋めるため、元来の勤勉さと忍耐で聡慈は仕事に打ち込み、男と共に会社を大きくする。


 細々と繊維を扱う程度だった会社はやがて中堅の商社となり、数々のライバル会社としのぎを削り、日用品から航空機まで扱う日本で有数の大企業にまで成長した。

 会長となった男、その懐刀聡慈は各国を飛び回った。






 次の会長に、と老いた会長から何度言われたか。

 だが聡慈は加齢と共に体力の低下を自覚するにつれ、後悔を精算したいと強く思うようになった。

 かつて参戦した戦地への慰霊である。


 その前に長年愚痴も言わずについて来てくれた妻を労ってやりたい。

 そして妻の希望を叶えるため仕事を辞して田舎に移った。

 穏やかな十年だった。

 それも妻の逝去で一気に聡慈の力も抜けた。

 記憶が時々曖昧になったのはこの頃からだ。

 聡慈は最後にするべきを慰霊と定め渡航の準備を始め、そして今に至る。






 人家も疎らな田舎である。

 春分のほの暖かく乾いた空気を心地良く感じながらぼんやり歩く。


 パチ……パチ


 そんな時聡慈の耳は微かに何かが弾けるような音を拾った。

 行ってはいけない。

 そう心の奥から響く声にも関わらず聡慈の足は音の方へ向かった。



(これは……!)


 聡慈が見つけたのは既に少しの水では消せそうにない、家を燃やす炎だった。


(っ……)


 聡慈は呼吸を忘れ硬直した。

 彼の脳裏に戦争で焼かれる家屋が、燃え盛る炎がよみがえる。

 吸い込まれるように家に近づく聡慈に気付くものはいない。

 ちょうど昼時だ。

 畑仕事も一休みしているのだろう。

 赤々とした炎が聡慈の目に映る。

 開けっ放しの引き戸から聡慈は家屋に入った。


 外から見た以上に中の火勢は激しい。

 身を焼く炎に何も感じないのか、聡慈は虚なまま進んで行く。



 その時、彼を現実に引き戻したのは床に伏せた老婆と幼児の姿だった。


(な、ここは!? この状況、この火勢ーーそうか)


 聡慈は自分の置かれた状況を瞬時に把握した。

 そして老婆が幼児の口にハンカチを当て伏しているのを確認すると、すかさず二人を引き摺るように低い姿勢で外へと向かった。



 若い頃ブームだったボディビルに、聡慈ももれなく熱中し鍛えたものだ。

 今でも体つきは逞しさをある程度保っている。

 だが熱さと呼吸困難、それにやはり隠せぬ年齢的な衰えで進行は遅々としている。

 それでもようやくもう少しで外に出られる。



 しかし古い木造家屋はとうとう炎に耐え切れなくなった。

 炎が弾け、木がずれるような不穏な物音に聡慈は視線だけ少し上に向ける。


 今まさに柱が倒れようとしていた。

 聡慈は力を振り絞って二人を外に放り出す。


 しかし自身は、反動で尻餅を突いてしまった。


 焼けた柱が崩れ落ちる。

 そこで聡慈の意識は途切れてしまった。






(ん……む?)


 ズン、ズンと一定間隔で腹に伝わる振動を感じて聡慈は意識を戻した。

 ゴツゴツした感触と頭に血が上るような不快さも感じる。

 目を開けると草地と異様に盛り上がった脚が見えた。


(まさか、担がれているのか? この体が?)

 身長百八十五センチメートル、体重は今でも八十キログラムを下回っていただろうが、それでも相手はどんな巨漢なのか。


(それに私は火の海で死んだはずでは……ぐはっ!)


 聡慈は突然地面に投げ出され頭と背中を強打した。


(いや、やはり死んだらしい。ここは、地獄というわけなのだな……)


 火花が散る目でボンヤリと見えた巨漢は、赤黒い肌で頭に二つの角を生やしていた。

 それは聡慈が知るところの鬼そのものであった。




入間聡慈

闘級 1

体力 50

魔力 0

力  10

防御 12

速さ 6

器用 15

精神 15

経験値 -4,444


技能 なし


称号 なし


耐性 なし


状態 自殺者の呪印、献身者の聖印

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