「ひとり」の昼下がり
僕は孤独であった。
高校では、常にひとりぼっちの渦に巻かれて、ただひとりだけの世界で生きている、ような気がする。
でも、実際は友達もいるし、それなりにコミュニケーションはしている
しかし、それも限られた人のみで、実際、授業の意見交換のときはほとんど喋ったことなく、ただ頷いてその場をやり過ごすのみである。
クラスの絆とはなんだろうか。
どうしてみんなクラスの中でいくつかのグループで集まって楽しく話せるのだろうか。
僕の友達も今はもう全員別のクラスである。
全員って言っても、二人くらいだから、8クラスある中で同じクラスになる方が難しいのだけれど。
僕は声が小さい。
それも、普段から周りと会話をしてこないせいであろう。
家ではあんなに楽しく話せるのに、学校や世間だとなんであんなにもたじたじになってしまうのか不思議なくらいだ。
声が小さいと、自分でも色々不利益なことがある。
まず、何度も訊き返される。
そのくせ、独り言は言うものだから、余計、その訊き返しをされてしまった自分にとても腹が立つ。
そして、聞き間違えられる。
何か意見を言うと、話が、よくわからない、別の方向に行っていっていることがある。
そして、それは、自分が自分の言ったことと違うことが伝わっていたことが原因と気づく。
しかし、いちいち訂正するほど僕も主張する力がないので、結局はそれで流してしまう。
結局、世間の周りとまともに話す力もないのだ。
そのくせ、頭が地味に良くて真面目な人、ってわけでもなく、学校の中では成績は下層にいて、暇な時間は勉強するわけでもなく、ただ好きな本を読んでいるか、スマホでもいじってるくらいである。
だから、「きゃぴきゃぴ」しながら授業の内容について話し合ったり、問題を出しあったりしている陽キャのほうが、真面目だと言っていい。
ただ、私はそっち側の人ではない。
高校に入って初めのほうこそ、自分から友達を作ろうとしていた。
で、現に高校に友達は数人いる。
でも、明らかに他の人は、たくさんの「仲間」を獲得していた。
もちろん、その中には、あんまり関わったこともない人や信頼し合える友達とまで行かない人もいるだろう。
だけど、私には、普通に大人数でしゃべっていることが、、高校生活を謳歌して、青春しているようにも見えて、羨ましくなってしまうのだ。
しかし、もう今となっては、そんな人たちを見るのも、もうどうでもよくなり、なんなら、そういった「きゃぴきゃぴ」系をいつの間にか憎んでいる。
中学の頃は、ちゃんと、色んな人としゃべっていたのに。
自分の友達も、たくさん他の友達を持っている。
だから、友達がそっち側の世界に行ってしまうと、僕はまたひとり取り残されてしまうのだ。
すると、友達にも、少し軽蔑の念を抱くようになるのだ。
そして、そんな自分があほらしく、自分に叱責してしまうのだ。
いつも羨ましく思うのが、女子はどうしてあんなに取り残される人がいないのか、と思うことだ。
みんな、誰かしら誰かと固まって、話をしている。
この人は、取り残されているのかな、と思って見ていると、その直後にはもう普通に他の何人かと楽しそうに笑って話している。
こんなにも女子は仲間意識が強いのか、と感心してしまう。
裏があるとかなんとかいう話もよく聞くけれど、実際的にはちゃんと会話しているのだから、裏がどうこうとかいう贅沢なことを言っているのは、苛立つ。
お昼ご飯は、ほとんどの人が、数人、もしくは二人で食べている。
だけれども、私は、ひとりで、本でも読みながら、ただその寂しい昼休みを耐えている。
こんなに、孤独だと思っていると、本当に気が滅入ってしまうと思われるかもしれないが、僕は、自分が孤独と敢えて認めることで、自分を逆に慰めているのだ。
やはり自分が孤独だと実感することは時々あり、苦しくなることもある。
しかし、そんなことはもう慣れた。
僕は、もう、自分は自分のやりたいように生きている。自分から進んでひとりになっているのだ、という思いで誤魔化して、なんとか精神を持ちこたえている。
僕は、今日もお昼ご飯を「ひとり」で食べていた。
最近では、もうひとりの、どこかにいる空虚な自分と一緒に食べていると思って食べている。
そのおかげで、独り言が多くなってしまうのだけど。
僕は、結局俯いていた。僕は、僕ではない僕に、僕のものではない気持ちに侵されるような気がしていた。
だれか人が近づいてくる。
確か同じクラスの、笹井さんと言った。
クラスの中ではどちらかというと、僕と同じく、陰の部類に入るような人だ。
でも、笹井さんが友達と喋っているところは見たことある。
だからと言って、別に隣を通るだけだろうと思って何も感じずに、また自分のことを考えていた。
なのに、僕の名前は、僕の外から聞こえてくる。
僕が本当に呼ばれているのかわからなかった。
「立嶋くん」
「ぼ、僕?」
「うん、呼んだ…」
「ええっと…何かあったの…?」
「えっと、あの…えっと…」
「あ、えっと…え、え、あの、」
どちらも初めて話す人と話すのは慣れていない。
だから、本当に苦手で、全然、会話がつながらない。
一体、笹井さんは、なぜにこの僕に話しかけてきたのだ?
「えっと…あの…えっと…」
「んっと…な、なにかあった?」
だめだ、さっきと何も変わらない。
「あの!」
「はい!」
「その本、わたし、だいすきで!」
「ええっと…これ?」
僕が持っていたのは、北村薫の「スキップ」という本であった。
この本は、もう二十年以上も前、二十世紀末に出された本だ。
ある本で紹介されてて、読んでみようと思い、ご飯を食べている間、読んでいたところだ。
「うん。どの辺まで読んだ?」
「ええっと、文化祭が終わったところかな」
「じゃあ、割と終盤だね」
「う、うん」
「私、真理子さんががんばる姿も好きなんだけど、美也子さんや桜木さんの気持ちになって考えてみて。ほんと、二人の適応力はすごいよね。なんで一ノ瀬真理子をきちんと受け入れてくれて、途中からほとんど疑いもしないで、真理子さんに寄り添えたのか、本当に、優しいし、良い人だと思う。そう思いながらもう一回読むと、すごい感動して。一回目とはまた違う視点で泣いちゃった」
「なるほど」
「でも、あとがきにも書いてあったんだけど、北村さんは本当に気持ちとか人間性を書きだすのは本当にうまいよ。ああ、もう一回これ読もうかな」
「そんなに好きなんだね」
なんだか、初めて話したはずなのに、話しやすかった。
こんなに楽しく会話したのはいつぶりだろう。
とにかく、話は絶えなかった。
その後も話は続き、昼休み終了の予鈴が鳴った。
「…なんか、たくさんしゃべって、楽しかった。今日放課後空いてる?」
「あ、空いてるよ!」
「立嶋くんってどっか部活入ってたっけ?」
「いや、入ってないよ。帰宅部」
「よかった~わたしもなの」
「そうなんだ!」
「じゃあ、今日放課後、また話そう!」
「うん!」
そして、また自分の席に座り、5,6限は、空気となってやり過ごす。
6限は体育だったので、体操のときとかも、他の人の声のトーンを研究し、それになるべく合わせて、目立たないように声を出している。
食塩水の中の塩化ナトリウムのように、透明の中の一部として僕を存在させている。
そして放課後になった。
僕は、先ほどあんなに「ともだち」と楽しくしゃべれたのがとても不思議で、とても楽しかった。
だから、放課後の約束も、すごく楽しみにしていた。
約束通り、帰りのSHRが終わると、ちょっと目配せして、合流する。
そして、笹井さんは話し始めた。
「わたし、一番好きな作家は北村薫さんなんだけど、有川浩さんも好きなの。」
「そうなんだ」
「なにか読んだことある?」
「えっと…阪急電車と、県庁おもてなし課くらいかな」
「なるほど…私はね、植物図鑑と、フリーター、家を買うが好きだったな。」
「あ、それ聞いたことある」
「ほんと?フリーターはね、最初スパッと仕事辞める行動力にも感心したし、そっから人生色々変わっていくものだな、って思って、偶然の出会いは大事だなって思った」
「そっか。」
「だから、わたしの、立嶋くんとの偶然の出会いも大切にしたい。わたし、こんなに自然に楽しくしゃべる相手が出来たの、何年ぶりか」
「そっか。うん。僕も、こんなにしゃべれているなんてびっくりしているし、すごく今嬉しいよ。ありがとう。声かけてくれて」
「こちらこそ~。これからも色々話そうね」
「そうだね」
「ところでさ、北村薫の三部作全部持ってる?」
「三部作?ああ、ターンとリセットね。持ってないけど、スキップが読み終わったら、読んでみたいんだよね」
「そうなんだ!わたし、持ってるから今度貸してあげるよ!欲しいときいつでも言って!」
「ほんと!?ありがとう」
それからも、僕たちの会話はほとんど絶え間なく続いていった。
それはまるで、旧友のように、落ち着いて、それであって、興奮していた。
今までひとりを極めていた僕が、「青春」を受け入れた瞬間だった。
夕焼けの向こうに見える陽のようにはなれないけれど、藍色の空に瞬く星の一つくらいにはなれそうな気がした。