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5旅の夜


 底冷えのする夜だった。雪原に生えるまばらな木々の向こう側には家々の灯が寄る辺ない暗闇の中を漂っていた。家々の背後にある小さな丘の上には黒い輪郭だけになった城が見えた。


 カートリーの城だ。


 ※ 


 「今日はもう休もう」ミラが言った。


 城下に続く山道の中で三人は馬を降りた。彼らは焚き火を囲んで夕食を食べる。


 頭上の光のない広がりの中で、星々が揺らめくのを眺める。 


 クライヴは城をじっと見る。戦いを期待しながらもどこか怯えているようだった。彼は言った。 


 「ミラ、あんたに聞きたいことがあるんだ」


 ミラは黙って続きを促した。

 

 「あんたが《長老》と決闘した時の話さ。親父から聞いた話で一番のお気に入りだぜ。北部最高の魔術師同士の戦いだ」


 クライヴは美化された残酷さや夢見るような詩情を秘めた逸話を熱心に語る。


 エイジャイはこらえきれずに噴き出した。


 「ほんとにソーンヒルはそんなことを言ったのか?もしそうなら、あいつは詩人になるべきだな」


 ミラはたしなめるようにエイジャイを見た。だが、エイジャイは構わず笑い続けた。


 「なにがそんなにおかしいってんだ?えぇ?」


 クライヴは少年らしい繊細さをもっていて、自意識に対する不愉快な接触には敏感だった。


 エイジャイは焚き火に枝を投げ入れた。

 

 「ミラはくそったれの《長老》と決闘なんかしてねぇよ。俺たちが《長老》の居城に忍び込んだ時、奴はワインでべろべろだった。新鮮なクソの入ったおまるに片足突っ込んでたぜ。尻丸出しで高いびきさ。あの時ほど楽な仕事はなかった」


 クライヴはすがるようにミラを見た。


 ミラは何も言わず焚き火に手をかざす。手が冷え切っているせいで、炎の熱気が刺すように痛む。


 ミラは思う。世界はルールのないゲームのようなものだ。美しさがない。

 

 「ミラ、エイジャイのジジイは嘘つきだ。そうだろ?本当のことを教えてくれ」

 

 ミラは言った。


 「あのときは酷い臭いだった」


 ※


 気まずい沈黙のあと食事が終わると、クライヴはさっさと寝てしまった。


 ミラも地面に枝を敷き、その上に横になる。天中のかすかな銀の光をみる。暗闇を巡る星を見る。この夜は、この星は世界中どこでも変わらない。


 クライヴが静かに寝息をたて始める。エイジャイは穏やかな目でクライヴを見ている。


 「ソーンヒルはくそったれだ。俺なら自分の息子にこんな仕事をさせたりしねぇ。人殺しになんかさせたりしねぇ。クライヴはまだガキだ。なにもわかっちゃいない。現実は叙事詩みてぇにはいかねぇもんだ」

 「クライヴが持ってきた儲け話だよ?のけ者にはできないよ」

 「あいつが話を持ってきて、俺たちがやった。役割分担さ。あいつにも分け前をやればいい」

 「そうだね」


  でも、きっとクライヴは受け取らないだろう。ミラは心の中でつぶやいた。

 

 ※


 エイジャイとクライヴは眠っている。ミラは眠ることも、目をつぶることもしなかった。ただ空を見ていた。


 空気が湿度を含んでいるのをミラは感じる。雨のにおいだ。夏の雨が近づいているのだ。一度ふり始めてしまえば一月は止まないだろう。そのまえに仕事を終わらせなければならない。


 幼子が夜を恐れるように彼女の心はざわめいた。彼女は目をつむる。次第に彼女はまどろみ全てが曖昧になっていく。彼女は夫の夢を見る。無為残忍な生活から彼が救い上げてくれたことを思い出す。彼女は雨の夢を見る。降りやまない雨が全てを押し流す、全てを忘れてしまう。


 ※


 朝になる。三人は旅立つ。そして、カートリー家の城につく。その城主を殺すために。

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