第18話 信じられない!
「ということが、昨日あったのよ」
私と六郎は、昨日と同じ空き地にいた。
帰ってからの一悶着を六郎に語って聞かせると、彼は小さく目をみはった。
「えっと、それじゃあ心葉さん、今日はもしかしてこっそり抜け出してきたの?」
「ちがうちがう! ちゃんと護衛はいるから」
私だってむやみに周囲を心配させたいわけじゃない。
この空き地に向かう直前、友達に会いに行くとお貴に伝えたら、護衛がついてくることとなった。
もし外出を許されなかったらこっそり抜け出そう。そう思って色々用意をしていたことは誰も知らないし、今後も知り得ることはないだろう。
「よかった」
「……私、そんなに言うこと聞かないように見えるかな」
足元の石ころを沓を履いた足でもてあそぶ。
「言うことを聞かないっていうか、自分を曲げなさそうというか」
「えぇ、それ絶対、昨日の山桜さんとの言い合いに引っ張られてるでしょ」
「あれはすごかったからね。そう忘れられないって」
そんなに言われると恥ずかしくなるからやめてほしい。
あれは私も、もう少しやりようがあったと思っているので!
そんなくだらない話を交えながら、妖術の基礎を教わっていく。
明日はまた共同稽古の日だし、なんとしても今日中に妖術を使えるようになりたかった。
「心葉さん、そろそろ帰らない?」
「え、もうそんな時間?」
「うん、日も落ちてきたし、夜になるとまずいから」
『くくり姫』の世界において、夜は妖怪の時間だ。
子供も大人も、日が沈みきる頃には誰もが家の中。その時間に外を出歩くのは妖祓師か自殺志願者くらいのものだ。
空き地の外を見ると、護衛の男が立っていた。
「……そうね。ねえ、六郎」
私は日の光を背にして、振り向いた。
「あの、明日も」
明日もまた会えるかな?
それだけの言葉だけど、なんだか全部口にするのは照れくさくって、曖昧に言葉を切った。
「あぁ、明日は稽古の日だし、また、教室で会うことになるね」
「……うん」
うなずきながら、信玄袋を手に取る。そこで私はあることを忘れていたことに気づいた。
袋から手のひらサイズの紙包みを取り出すと、護衛に背を向けて、六郎の近くにかけ寄る。
「えっと、これ、昨日と今日のお礼」
返事を待たずに、六郎の手に包みを握らせる。
「これは?」
「お餅。めちゃくちゃ美味しいから後でゆっくり味わって」
なんといっても、お月ちゃんが作ったお餅だ。私も食べてきたから味は抜群。美味しいこと間違いなし。
「それじゃ、その……またね!」
「うん、また明日」
私は手を振ると、空き地を後にしたのだった。
◆
「待たせちゃったわね」
「いえいえ、それがあっしの仕事でございやすから」
私の護衛としてついてきたのは、試験の日に駕籠持ちをしていた独特な言葉遣いの男だった。
思わぬ再会に最初は驚いたけど、よくよく考えてみると、試験の日の駕籠持ちも護衛を兼ねていたのだろう。
「お嬢さまは、あの少年が好きなんですかい?」
「はい?」
な、な、な、な、な、なんだこいつ!
ド直球すぎるだろ!
私が悪役極めてたら首ちょんぱやぞ!
あまりにもあっけらかんと「今日って何曜日でしたっけ?」くらいの気軽さで投げられた爆弾に、私の心臓は口から飛び出して、その勢いで地球を三周した。
「あれ、違いやしたか。てっきりそう見えたんすがね」
「その、好感は持ってるけど……好きかは、その」
自分でもわからない。
私が見てるのは、池橋六郎なのか。それとも、彼を通して池井悠人を見ているのか。
「ふむふむ、なるほどなるほど。しっかし、あの少年が好きとなると、瀬戸の坊ちゃんはどうなんでやすかね」
瑠璃の許婚にして『くくり姫』の攻略キャラ、瀬戸将大。
なにかとこの名前は避けて通れないらしい。
ってか、なにがなるほどよ。勝手に好きって決めつけるのやめてくんない?
わかんないって言ったでしょ。
「このことはお母さまには言わないでよ」
許婚がいるのに他の男の子にうつつを抜かしていると思われたら面倒になりそうだ。
口止めしておかないと。
「どぉーんと任せてくだせえ。あっし、これでも口は固いんですぜ」
ほんとに?
今日イチで信じられないんだけど。
今の私には、あなたの口はティッシュくらいの軽さに見えてますからね?
この護衛の口をどうやって閉じさせるか頭を悩ませながら、帰途についたのだった。