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第17話 叱咤!

 心葉流の共同稽古はお天道様が空高く登ったあたりで終わりを迎える。まだまだ日が高いうちに稽古場は戸締りされてしまうので、私は六郎に引きつれられて、近くの空き地にむかった。


 ああ、どうして人前で泣いたりしてしまったんだろう。夏目花凛、一生の不覚だ。

 あまりにも恥ずかしくて、道中、六郎とはまともに目を合わせられなかった。

 恥ずかしさが一周し、もしかしたら態度もどこかツンケンしていたかもしれない。


 それでも、六郎は愛想をつかすことなく付き合ってくれた。

 彼の教え方はわかりやすく、やがて私は妖術の発動とまではいかずとも、霊力の操作程度ならできるようになっていた。


「さすが心葉さん、飲み込みが早いね」

「そうかな」


 たぶん、体が覚えているのだろう。

 自分の名前すら忘れた人でも、自転車の乗り方は覚えていたりするという。


 一度、体内に霊力という名の水を通してしまえば、後は私の中の水車が勝手に回ってくれるようだった。


「この調子なら、妖術を使えるようになるのもすぐだと思うよ」

「そう、だといいけど」


 六郎にそう言ってもらえると、なんだか心強い。

 共同稽古は週四。しかも、私の場合は加えて家庭教師がくる日もあるわけで、一刻も早く妖術を使えるようになりたかった。





 日が傾き始めた頃、ようやく私が家に帰ると、屋敷の中は大騒ぎだった。

 その原因はどうやら、私。


「お嬢さま! お友達と出かけるのであれば、そう伝えていただかないと!」

「ご、ごめんなさい」


 共同稽古の時間が過ぎても私が帰ってこないものだから、人攫いにでもあったのではないかと家中一同、心配していたらしい。

 女中のお(たか)に叱られ、体をしぼませていると、


「奥方さま」


 母までもが姿を見せた。


「瑠璃! だいじょうぶだった!? 怪我はない?」

「え、ええ、だいじょうぶです。だいじょ、ぶだから、お母さま、ちょ、はな、離して」


 抱き枕でもここまで力は入れないぞ。

 猛烈な勢いで抱きしめられた私は、思わず母の背中を二回タップした。

 降参! 降参!


 ようやく()め技から解放された私は、げっそりしながら母を見上げた。


 心葉桔梗(ききょう)、心葉家の奥方さま。

 濡羽(ぬれは)色の長い髪に、意志の宿った瞳。瑠璃の黒髪や圧のある目は、たぶんこの人から遺伝したのだろう。

 私がバッドエンドを回避して、そのまま成長すれば、いずれはこうなるのかもしれない。


「瑠璃、出かける時は必ず護衛をつけなさいと言ったでしょう」


 そうなの?

 生憎(あいにく)、瑠璃は聞いていても、私、花凛には初耳だ。

 とはいえ、それを態度に出すわけにもいかないので、私はつとめてお嬢さまらしく謝る。

 自己採点98点のハイパーお嬢さま謝罪を前に、母は深いため息をついた。


「……あのね、瑠璃、あなたは心葉家の一人娘なの。それでなくてもまだ子どもなのだから、一人っきりで出歩いていたら、悪い大人に目をつけられ、すぐ連れ去られてしまうわ」

「はい」


 多少の誇張は入っているにせよ、身の回りを案じる必要があるというのは、その通りなのだろう。


 私だって、面倒ごとはごめんだし、次からは気をつけようと思う。

 ただ、一つ気がかりなのは、明日もまた六郎と空き地で会う約束をしているということだ。

 正直に話して外出の許可はもらえるかどうか。


「次、同じことがあったら、当分おやつは……いえ、今度、瀬戸くんが来ても会わせませんよ」


 瀬戸くん?

 聴き慣れない名前に一瞬、疑問符が浮かぶ。だが、心当たりはすぐに見つかった。


 瀬戸(せと)将大(まさひろ)

 乙女ゲーム『くくり姫』の攻略対象の一人にして、心葉瑠璃の許嫁。

 心葉瑠璃にとっては愛すべき殿方で、私にとっては破滅への片道切符を運ぶ死神。


 正直、会えなくされたところで、痛くもかゆくもないのだけど、


「お母さま! それだけは! それだけは許してくださいませ!」


 私は精一杯、うちひしがれているような表情を演じた。


 ああ! 饅頭こわい! 饅頭こわい!


「それなら、今後はこのようなことがないよう、気をつけるように」


 私の演技が真に迫っていたのか、母も矛先をおさめてくれた。

 母は最後に厳しく言い渡すと、お貴を引き連れこの場を去っていった。


 なんとかうまくやり過ごした私は、安堵の息を吐きながら、明日のことを考える。

 さて、明日の六郎との約束、どうしたものやら。

 事態がどう転ぶにしても、約束をすっぽかすという選択肢だけは私の中には存在しなかった。

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