第13話 クソ犬!
「くっくっく、小娘、貴様も中々に強欲だな」
私が妖術を教えてほしいと頼むと、黒
雷は笑いながらそういった。
「たとえ、妖怪の用いる術であろうと、強大な力と見るや、躊躇なく手を伸ばす。その力への貪欲な姿勢、嫌いでは無いぞ」
どうも、この犬は勘違いをしているようだ。
「えっと、私が知りたいのはそういうのじゃなくて、もっと初歩的な、妖術の発動ってどうするのーとか、それくらいのレベルのことなんだけど」
私が誤解を訂正すると、黒雷は首をかしげた。
「……うん? 我らが出会ったのは妖祓師の試験会場なのだよな」
「ええ、そうだけど」
「其処に居たという事は、貴様は試験を受けていたのだろう」
「もちろん」
「何故、妖術の唱え方などという基礎的な話が必要になるのか。解せぬな」
「それは」
もっともな疑問だった。
なんと言ったものか、考えても良い案は思いつかない。
仕方ないので正直に口を開いた。
「…………そ、その、私が妖術の使い方を知らないからよ」
「また、貴様お得意の冗談か」
「ちっがうから!」
思った以上に大きな声が出て、樹にとまっていた鳥たちがバサバサと飛んでいった。
「と、とにかく、冗談で言っているわけじゃないのよ」
「だが、其れだと如何様にして試験を乗り越えたのだ」
「……だから、乗り越えてないのよ」
「ふむ?」
いちいち、言わせないでほしい。
「私の試験での討伐数はゼロ匹……落ちたって言ってんの」
「なっ、零だと!?」
黒雷はあんぐりと口を開けた後、ゲラゲラと笑い声をあげた。
「うわっはっはっは! ぜ、零匹! あの雑魚共を一匹も倒せていないと! ぐははハハ! とんだ御笑い種ではないか! 小娘、貴様、道化の才能が有るぞ! 妖術など諦めて、白粉の塗り方でも覚えた方がまだ世の中の為になろうて!」
「るっさいわね!」
くっそぉ、バカにしやがって!
延々と笑い続ける黒い犬っころを前に、ふつふつと怒りが湧き上がってくる。
「いいから、さっさと教えなさいよ」
「いやぁ、生憎、我は白粉を付けたことが無いのでな」
「妖術の! 基礎を! 教えろっつってんのよ!」
「くっはははは!」
どれだけ笑い転げていただろうか、しばらくして、ようやく黒雷が口を開いた。
「ふう、実に笑わせて貰った」
「それで、どうなのよ、早く教えなさいよ」
今にもしばき倒したい気持ちを抑えながら、黒雷に話しかける。
だが、その返事は
「嫌だな、断る」
「……はぁ?」
「何故、我が人間に妖術の基礎など教えねばならんのだ」
「さ、さっきは乗り気だったじゃない!」
「それは、貴様の実力がもっと上だと思っていたからだ。見ず知らずの雛鳥に餌を運ぶ趣味を、我は持たぬ」
澄ました顔で言い放つ黒雷。
恥を忍んで頭を下げていた私も、さすがに怒りが頂点に達した。
「こぉんのクソ犬がぁ! さんざん、人をこけにしておいて、挙句の果てにできないだと!? 舐めるのも大概にしろよ!」
「出来ないではなく、やりたくないだ。勘違いするな」
もう、絶対に許さない!
私は握りしめた拳を振りかざしたが、その手は空を切った。
クソ犬は私を嘲笑うかのように、背後に立っていた。
「では、小娘よ、コロッケとやら馳走になった。また、いずれ訪ねる故、其れ迄には精々、頭を冷やしておけ」
そう言い残して黒雷は姿を消した。
「お、覚えてなさい! 絶対に目にもの見せてやるんだから!」
屋敷の庭に、私の決意がむなしく響き渡った。