第12話 女神!
コロッケだけこっそりと隠し、おかずの乏しい食事を終えた私は、再び庭の大樹の影に来ていた。
「わフッ、わふッ! ふむ、なかなかに美味であるな」
「そりゃそうよ。なんといっても、お月ちゃんが、丹精込めて、私に食べさせるために、作った料理なんだから」
これでマズいなんてぬかしたら、悪役令嬢らしくその鼻っ面をビンタしてやるところだったっての。
「味は申し分ないが、量に難有りだな。小娘、コロッケはこれだけか?」
「あ゛?」
ええ、それだけですが?
なんなら、私は白飯をかき込みましたが?
私の心がかつてないほどに荒んでいると、後ろから誰かが走ってくる音がした。
「瑠璃さまー! ここにいらっしゃいましたか!」
「お月ちゃん、どうしたの?」
「瑠璃さま、これを」
お月に手渡された紙包みを開き、私は思わず顔を綻ばせた。
「こ、コロッケ!」
紙包みの中にあったのは、あれだけ食べたいと願ったコロッケだった。
「瑠璃さまは食事の後、いつも台所で『もっとないのかー』とおっしゃりますからね。ですから、今日はこっそり作り置きしておいたんです」
「お、お月ちゃん!」
お月は身体が触れるくらい私に近づくと、耳元で「他の方にはヒミツですよ」と囁いた。
「お、お月ちゃん……」
女神だ!
ここに、女神がおわす!
「ワンっ! ワンっ! ワンワンわんッ!」
黒い犬が何か吠えているけど、残念ながら私は英語と犬語は存じ上げないのでね。
何を言いたいのかさっぱりわかりませんな。
私は腰をかがめると、黒雷の目の前で見せつけるようにコロッケへとかぶりついた。
時間が経っているから熱々とはいかないけど、それでも衣はサクッと小気味よい音を立てた。
口の中でホロリとほどけ、馬鈴薯と牛肉のハーモニーが口いっぱいに広がる。
「うーん、おいしぃいい! あー、やっぱり、お月ちゃんの料理は最高ね!」
「グルるるるる!」
黒雷が唸っている。
ふむ、これは「俺もそう思うだワン!」かな。なかなか意見が合うではないか、ワン吉よ。
瞬く間にコロッケをたいらげた私は、お月に感謝を述べた後、食事中から考えていた話を切り出した。
「ねえ、お月ちゃんは妖術に興味はない?」
「えっと、わたしが、その、妖術に、ですか?」
「そうそう、もし興味があるなら、私からお母さ……母上に掛け合ってみるから、一緒に善成先生に教えてもらわない?」
これこそが私の考えた「初心者学習に寄生しよう作戦」だ。
今さら私が善成先生に妖術の基礎を教わるのが難しいなら、同じくらいの初心者を交えることで、間接的に私も同じ授業を受ければいい。
お月ちゃんなら愛想もいいから、ちょうど気まずくなった私と先生の関係も取り持ってくれるだろうし、全方位隙がない完璧な作戦だ。
だけど、肝心のお月の返事は芳しいものではなかった。
「うーん、わたしは妖術はあまり……お料理をしている方が楽しいので」
「そう、お月ちゃんが気乗りしないならいいわ」
ムリか。
いい考えだと思ったんだけどな。
お月は甲斐甲斐しく頭を下げると、屋敷へと戻っていった。
「小娘」
「なによ」
まだ、コロッケについて何か言いたいのか。卑しい奴め。
そう思って身構えた私だったが、黒雷から放たれた言葉は想像とは違うものだった。
「貴様、思った以上に見る目が無いな」
「……なんのこと?」
「先程、お月とかいう娘に妖術を習わせようとしていただろう。その事を言っている」
黒い犬は呆れたようにため息をついた。
「あの娘は霊力が空っきしだ。おそらく、低級の妖術ですら、まともに放てぬ。先日は我の正体を見破った故に、貴様には才を見抜く特別な眼でもあるかと思っておったが、我の買い被りだったようだな」
「買い被りって……勝手に期待して、勝手に落胆されても反応に困るんだけど」
そもそも、私がお月を誘ったのは、妖術を教えたいからではなく、一緒に私が学びたかったからだ。
黒雷は目的からして読み違えている。
わざわざ指摘することでもないかと口をつぐもうとした私だったけど、その時、ふと天啓を得た。
「そうだ、ねえ黒雷。私に妖術、教えてくれない?」