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第11話 コロッケ!

 ちょうど、お月がコロッケを作り終わった頃、台所と外をつなぐ戸がガタンと揺れた。

 外に誰かがいるのだろうか。

 ただ、ノックという感じでもないから、なんだろう、鳥がぶつかったとか?


「ちょっと、開けるわね」


 戸の向こうには一匹の黒い犬がいた。

 私が呆気にとられていると、犬はずしずしと台所へと入り込んできた。


「ちょ、ちょちょちょ! 犬っころ、待て!」

「瑠璃さま! わんちゃんは! 台所にわんちゃんはまずいです!」


 だけど、お犬様には我々人間の叫びなど取るに足らないことのようで、そのまま台所の中心で座り込んでしまった。

 動かざること渋谷のハチ公の如し。

 黒い毛並みの中で光る紅い瞳が、私をジッと見つめていた。


 ワンと鳴くことすらせず、ただこちらを見つめる姿は可愛らしさの中にも威圧感がある。


 ……ん?

 黒い毛並み、紅い瞳、そして、威圧感?

 まさか、いや、まさかね。


「瑠璃さま、どうしましょう。さすがにわんちゃんをお屋敷に上げるのは」

「……ちょっといいかしら」


 私は戸を開けっ放しにして外へ出ると、黒い犬に向かって手招きした。

 犬はやれやれとでも言いたげに頭部を振りながら立ち上がると、私の方へと向かってきた。

 これは、間違いない。


「お月ちゃん、この犬っころは私がなんとかしておくから安心して」

「あっ、ありがとうございます」


 戸をからりと閉めた。

 庭にある中でも大きな樹の影へと向かうと、黒い犬もしっかりついてきた。

 幸い周りには誰もいない。


 やがて、黒い犬が口を開いた。


「忘れてはおらぬようで安心したぞ」


 やはりというべきか、その声には聞き覚えがあった。

 どうやら、この黒い犬は試験会場で出会った妖怪、黒雷(こくらい)らしい。


「まさか、犬の姿になってまで、私に会いにくるとはね」

「そうでもせねば、貴様は我の居場所が分からぬ事を理由に何もしないかと思ったのでな」


 ラスボスを怒らせたくはないので、約束をすっぽかすつもりは毛頭なかったけど、探すにも居場所がわからなかったのはたしかだ。


「とりあえず、話は後でいいかしら。私はご飯食べてくるから、ここらへんでテキトーにまってて」

「待て待て」


 屋敷に戻ろうとする私を、黒雷は引きとめた。

 なんでもいいけど、着物の帯を噛むのはやめてくれないかな?


「なによ。別にここで待ってなくてもいいわよ。三十分もすれば食べ終わるだろうから、そうなったら私がまたここに来るってだけのことだし」

「貴様、我よりも自らの食事を優先するつもりか?」


 なんだろう。

 試験会場で会った時は、めちゃくちゃ怖かったのに、今は犬っころモードだからか、そこまで怖さというものを感じない。


「優先するもなにも、一朝一夕で解決する話じゃないでしょ。……それより、できたてのコロッケがあるから早く行きたいんだけど」

「小娘よ、貴様、約定を忘れたのか」


 黒雷がグルルとわんこなりに精一杯の威圧感を発する。


「約定? あんたが天霆(てんてい)の元に帰る手伝いを私がするってことでしょ。忘れてないけど」

「その通りだ。そして、これは一朝一夕で済むものでは無いのだろう」

「……そうだけど、なんかおかしかった?」


 ダメだ、犬っころ――妖怪の気持ちを推しはかるなんて私にはできない。


「天霆様の元に帰るまでの、我の食事は如何(どう)するつもりだ」

「……は?」

「貴様との約定に従い、あの小僧は見逃してやった。(ゆえ)に、我の空腹もそろそろ限界だ」

「私に、凛之助の代わりに誰か差し出せと?」


 だったら、この契約は考え直す必要がある。そんな、犯罪者紛いのことをして、私も無事ですむわけがない。


 ここで攻撃をしかける……のはさすがに早計か。

 空腹なら力も弱っているだろうし、犬の姿なら不意を突いて鼻に一発いれれば多少は効くだろうけど、それだけだ。

 それより、この屋敷は妖祓師(ようふつし)の家系だから何とかして助けを呼んだ方が――


「早合点するな。別に、人を喰わせろと言っているわけではない」

「あ、そうなの?」


 その言葉で私は少し安堵(あんど)した。


「この町にはどうやら妖祓師(ようふつし)が多いようだからな。せっかく協力者を得たというのに、彼我(ひが)の差も分からぬ内に尻尾を出すなど、愚か者のする行動だ。霊力を満たせる食事であるに越したことは無いが、当面の間は腹を満たせれば何でも良い」


 とすると、なんだ。

 この犬畜生、マジで私にメシをたかりにきたのか?


「それなら、ここらへんの草むらとかどう? 探せばなんかいるでしょ。トカゲとか」


 犬がトカゲを食えるかは知らんけど。

 まあ、こいつの場合は妖怪だし、いけるでしょ。


「……小娘、我を馬鹿にしているのか?」


 黒雷の喉がグルルと鳴った。


「ごめんごめん、冗談よ。小粋なジョークってヤツ? 私なりに黒雷と絆を深めたいっていう気持ちの表れで」

「…………コロッケだ」

「え?」

「コロッケとやらが食いたいと言ったのだ。我と絆を深めたいのだろう? ならば、そのコロッケとやらを捧げることを許そう」


 黒雷は二度は言わんというように、口を閉じた。


 こいつ! 犬の分際で! 人にたかりにきたくせに! あろうことかコロッケを食いたいだと!?


「いや、えっと……でも、コロッケって、その、犬が食べれるのかな」

「我は犬では無い。大妖怪、黒雷だ。食えぬものなど、有る(はず)が無いだろう?」

「……」

「それとも、やはり小娘の小さな脳味噌に約定は収まり切らなかったか」

「わ、わかったわよ」


 くそっ、お月ちゃんが私のために丹精込めて作ってくれたコロッケが!


 そうして私が食べるはずだったコロッケは、妖怪の胃袋におさまることが決定したのだった。

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