第10話 怒られた!
試験から三日。
私は自室にいた。
妖怪の討伐数を競い合う試験において、見事、ゼロ匹という他の追随を許さない黄金記録を樹立した私は、頂点を極めし者に特有の憂いを胸に未来へと目を向けていた。
わかりやすくいうなら、試験に落第した言い訳を考えていた。
試験結果の発表は一ヶ月後。つまり、それまでは試験などチョロかったわという余裕綽々の顔をしていれば切り抜けられる。
問題はやはり一ヶ月後。
ふかふかの布団に投げ出していた足を組む。
まず、重要なのは、そもそも両親が私にどれくらい期待しているのか。
その期待の度合いによって、落胆の度合いも跳ね上がる。
少しでもハードルを下げようと努力はしたけど、母との会話を思い返す限り、成功したとは言いがたい。
『わかっているわね、瑠璃? ただ合格するのではなく、心葉流の後継ぎらしく、誰にも真似できないほどの差を見せつけてあげるのよ』
……誰にも真似できないというところには自信があるんだけどな。
「ま、終わったことをぐちぐち考えてもしかたないか」
そもそも悪いのは、私を転生させてからまともに猶予も与えずに試験へと放りこんだ神様か何かだ。
私はベストをつくした、うん。
布団の上からぐいと飛び起きると、私は部屋を出た。
向かう先は台所。
暖簾をくぐった先では、私と同じくらいの年頃の少女が鼻歌まじりに料理をしていた。
楽しげなメロディに乗って、油の跳ねる音が食欲をそそる。
「お月ちゃーん、なに作ってるの?」
「あ、瑠璃さま。コロッケですよ」
私が心葉瑠璃として転生してから、しばらくは身の回りの人たちの名前すら分からない日が続いたわけだけど、さすがにそれではマズい。
あの手この手で情報を得ることを心がけ、なんとか名前や関係性くらいは把握できるようになった。
この台所で料理をする少女の名はお月。
心葉家の家事見習いなんだけど、料理の腕が良いため、こうしてなかなかの頻度で心葉家の台所を任されているらしい。
お腹を空かした私が定期的に台所を訪れることもあって、けっこう顔を合わせることが多い。
もともと、瑠璃とは特別仲が良かったわけでもないようなので、言動に違和感をもたれにくいという意味でも、会いやすい。
身の回りの世話をしてくれる女中のお貴は、私の様子を少し変に思っているのか、どうも病が治りきっていないと疑っている節があるし。
「へえ、コロッケなんて作れるのね」
「奥方さまがどうしても食べたいとおっしゃられたので」
「ひえ」
奥方さまというワードが出るだけで頭が痛い。
私が頭を抱えていると、お月は周囲をキョロキョロ見渡した後、声を潜めるようにして口を開いた。
「あの、ここだけの話なのですが、善成さまがですね」
「ふむ、なになに?」
善成というのは私に妖術の稽古をつけている指南役の名前だ。
なんだなんだ、女子特有の噂話か? ゴシップか?
「瑠璃さまが授業をまじめに受けてくださらないと嘆いてらっしゃいましたよ」
「……」
いや、待ってほしい、違う。これにはわけがあるの。
私は、花凛としての人生でもここまで真剣だったことはないと断言できるくらいの気持ちで、授業に臨んだ。
だって、考えてもみてほしい。
私は妖術についてゲームとしての知識はあるけど、それはコマンドを選べば発動できる妖術、ゲームが現実となった今、自分で妖術を扱うことについては基礎中の基礎すら持ちえていない。
そんな私が、マンツーマンで妖術の教えを受けられる機会をムダにすると思う?
生徒が先生に質問をすることは別に恥でもなんでもない。
むしろ、今ここで妖術を身につけずして、いつ使えるようになるのか。
私はわからないことは片っ端から聞いていった。
その結果。
「善成さま、指南役の自信をなくしたとおっしゃっていましたよ」
今になって思えば、私がしたことがどれだけ浅はかだったかわかる。
昨日の私の授業態度を現代教育で例えるなら、ついこの前まで中学数学の問題を普通に解いていた学生が「先生! たしざんってなんですかー? ひきざんってなんですかー?」としつこく聞いてくるようなものだ。
しかも、たちが悪いことに私はゲーム知識、つまり、それぞれの術式の型にはどういう特徴があるかとか、どの型でどういう術が使えるかとか、そういう知識だけは豊富だ。
筆記テストで満点をたたき出しながら、授業をまともに進行できないほどに足し算や引き算レベルの質問を続けたら……そりゃ、善成先生としては、私が「お前の授業なんて受ける価値もねえぜ」と言外にいっていると思ってもムリない。
授業終盤で「ふざけるのもいい加減にしてください!」と言われた時は、何言ってんだこいつと思ったし、まじめにやっててなんでそんなこと言われなきゃいけないんだとショックも受けたけど、今なら彼の気持ちもわからなくはない。
「そ、その、善成先生、指南役なんてもうやめるとか、そんなこと言ってなかった?」
「……やめてほしいのですか?」
「まさか!」
私はぶんぶんと首を横に振った。
でも、同時に最悪の印象を持たれた以上、これからどうしたものかとも思う。
いっそのこと、新しい先生に来てもらって、一からやり直した方が。
いやいやいやいや。
思わず鎌首をもたげた悪しき考えを、脳内でボコボコに殴り倒す。
次にあった時は、私ももう少し立ち回り方を考えようと心に刻んだのだった。