ふぁっく
皆島と黒田が教室で話しているのをたまに見るようになり、本を貸し借りしているのをたまに見るようになる。俺と黒田が接触する回数は次第に減っていく。まあそんなもんだ。自然消滅。妥当なところ。友達の多い村雨は放課後誰かと過ごすことが多くて例の彼氏とも時々あっているらしくて俺と一緒に帰らなくなる。朝の電車で顔を合わせると少し喋るくらい。部活もないし、俺は暇になる。
しばらくして皆島が中庭の隅で蹲っているのを見つける。俺は何してんだこいつとは思ったもののスルーして通り過ぎようとしたらあっちから「内川くん」と声がかかる。
「なに」
「ちょっと話さない?」
「は? 嫌だけど」
「頼むよ」
頼まれたらしょーがない気がして俺は皆島の傍に尻を下ろす。
「なんだよ」
「黒田さんにフラれた」
コクったのか。
あの状態の黒田に。
勇気あんな、こいつ。
「ふうん」
「なんて言われたと思う?」
「きもい」
俺はずばり言った。
「直球だね」
皆島は蹲ったままぴくりとも動かない。
「あなたは私のために教室で暴れまわって人を殴って血を流してくれないでしょう? って」
「あっそ」
「内川くんは笑いながら人を殴れるところが、恐いね」
「たまに言われる」
「君、黒田さんのこと好きなの」
「微妙」
「黒田さんは君のこと好きなの」
「微妙」
黒田は俺しか優しくしてくれないから俺に懐いただけで別に俺のことが好きなわけじゃない、順番が違ってたらおまえに懐いてただろうよ、と俺は言う。「それ黒田さんに聞かれたらぶん殴られるよ」皆島は苦笑いする。
ついでに女は一度セックスしたらその相手を特別だと思おうとするから黒田は俺のことを特別な存在だと思い込もうとしてるんだ、とここまで言おうかと思ったけどこいつがそれから連想した黒田のセックスでオナニーするのがなんとなく嫌で俺はそれを言わずにおく。
「僕の方が趣味、合うのにね」
まったくだと思う。黒田はさっさと俺を見限ってウサギを飼えてイチゴ畑を作れてあったかい家を建てることができて思う存分昼寝ができるような家庭を作れる男を探すべきなのだ。黒田は家庭環境が悪くてストレスに晒され続けてまともに物が考えられなくなって成績が下降していっているから、自力でいい大学に入っていい仕事についていい家を建てるのはたぶんちょっと難しい。だからそれを男に求めるべきなのだ。なのに黒田はちょっと優しくしてくれて自分の家庭の話を聞いてくれてその内容を誰にも言いふらさなかった俺にへばりついている。
でも実際どうなんだろうか。セックスしたから特別な相手だと思い込んでいるのは黒田の方なんだろうか。俺だけが知ってる冬の木みたいな黒田の体。泣きじゃくるときと静かに泣くとき。アルカイックスマイル。けたけた笑い。俺は黒田に魅了されてやしないのか? されてる。困る。
ふと思い付く。
訊いてみる。
「皆島くん」
「水島だよ」
すまん、本気で間違えてた。
「おまえ成績いいの?」
「学年で二位」
ふぁっく。