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赤信号を渡る


 同級生をぶん殴って教室を血の海にした俺は、二週間の停学を言い渡される。やったことに対してえらく処分が軽いと思っていたが、どうやら最初の内は俺を退学にしろと言ってきた下川の親が自分の娘が黒田を突き飛ばして病院送りにしたことが発端だということを知られたくなくて訴えを撤回したらしい。不幸中の幸い、血の海というのは興奮していた俺の感覚でしかなく大袈裟で、実際の血は出っ張ったボタンを叩いた俺の拳から流れ出ていたらしくて、俺に殴られたクラスメイトの数人は口の中を切ったり打ち身を作ったぐらいで思いのほか軽傷だった。ちっ。

 停学が明けて形だけの反省文をするすると書いて「次やったら退学だからな」と念を押された俺は学校に戻る。最初は微妙な空気だった教室が、一か月もするとまた元の形に戻り始める。黒田のノートは今日も落書きで真っ黒になる。

 俺と村雨は電車に乗って学校から家へと帰る。「どっかいかね」「いいね」思い付きで、途中で降りる。俺も村雨も田舎が嫌いだった。だから俺たちを高校まで連れていってくれる定期券は魔法のアイテムで、俺たちは学校と最寄り駅の間の駅で降りて夕方の街で時々遊んだ。ぷしゅー。がたん。ごとん。電車が行って、車内の窮屈な雰囲気から解放された村雨は大きく伸びをする。背が低くて童顔で雰囲気に子供っぽいところはあるけど出るとこは出ていて引っ込んでいるところは引っ込んでいる村雨のプロポーションは同じ駅で降りたおっさん達と俺の視線を集めた。

「なに?」

「エロいなって」

「ばーか」

 村雨はけたけた笑って歩き出して軽やかに改札に定期券を通す。ぴっ。ばこん。なんだか間抜けな改札を村雨に続いて俺も定期を通して抜けて、俺と村雨は田舎よりは都会の田舎に出て行く。

「どこいく?」

 カラオケ。ボーリング。映画。ラブホテル。

 どこでもいいし、なんだっていい。俺も村雨も退屈でただそれを紛らわせたいだけだった。別にいい大学を目指しているわけでもない俺たちは無限にも思える退屈に囲まれていて、俺たちはそれを持て余していた。サッカー部はクビになった。(笑)

「靴が欲しい」

 村雨が言った。

「靴?」

「動きやすいやつ」

「ハイパーインドア女子が?」

「うっせーよアクティブ暴行男子」

 俺たちは靴屋を見に行って、村雨はいつもはいている踵の高いおしゃれな靴には見向きもしないでスポーツ用の、スパイクがついていない軽い靴を見る。試着してみる。

「どうかな」

 意見を求めてくる。

「足首きれいなのな、おまえ」

「そーいうやつじゃねーよ」

「いいんじゃねーの」

 女子の靴の良し悪しなんざ俺にわかるかよ、ばーか。

「んじゃこれにする」

 村雨は店員に言って5000円ぐらい払ってその白い靴を買って大事そうに抱える。

「歌お」

 そのままカラオケに向かう。村雨はカラオケ店 (ジャンカラ)の前の横断歩道で赤信号を見て立ち止まる。

「内川はさ」

「あん?」

「赤信号渡れるんだよね」

 なんか沈んだ声を出す。

「まあ」

「私、ダメなんだ」

「何が」

「渡れないんだ、赤信号」

 今は村雨に付き合っているが車の通ってない赤信号の前で律義に立ち止まってる村雨の気持ちは俺にはちょっとわからない。でも村雨は悩んでる風で赤信号を渡りたそうにしていたので、俺は村雨の手を掴んで「ちょ」そのまま歩き出した。俺に引っ張られて村雨は進む。俺たちは車通りのない車道を突っ切って横断歩道を渡り切る。きょとんとしていた村雨は赤くなって、それから今度は腹を抱えて笑い始めた。

「なんだ、簡単じゃん」

「そーだよ」

 俺たちはカラオケに入る。二時間ほど歌を歌って(村雨は椎名林檎と中島みゆき。俺はマキシマムザホルモン)多少退屈が紛れた気分になって電車に乗ってクソ田舎に帰ってくる。

「今日さ、親に仕事手伝えって言われてたんだよ」

「へえ」

「さぼっちゃった。悪い子だ」

「どんどんサボれよ。パス出してやっから」

 俺は架空のボールを村雨の足下に出してやる。クビになった元サッカー部のレギュラーからの透明なキラーパスを受け取って、村雨はそれを明後日の方向に蹴っ飛ばした。

「決めてやんよ」

 なんかおかしくなってきて俺たちは顔を見合わせてけたけた笑う。



 次の日のこと。

 教室を開けて馴染みのやつ(友達というほど親しくはない)と挨拶を交わして椅子に向かって歩き出したら、下川が黒田の方へ歩いていくのが視界の端に映る。下川は黒田に意味不明な因縁をつけはじめて、俺たちは「またかー」、「あきねーなー」と遠巻きに生暖かい目でそれを見ている。今日も朝から空気はくそみたいにまずい。

 変わり映えのない朝の光景。

 そんな日常的ないつもの教室で、不意に村雨が下川に近づいて「ダッセーことしてんじゃねえよ!」と怒鳴った。下川の机を蹴っ飛ばした。シュート。どんがらがっしゃーん。貧弱な村雨の殺人シュートを食らって、面倒くさそうに、申し訳程度に吹っ飛んでくれた机が下川の腰にあたって、下川は衝撃でというよりは驚いてひっくり返る。

 シュートを放った村雨の足にはおろしたての運動靴がピカピカに光っていて、おまえクツ欲しがってたのってこのためかよ、と俺は爆笑する。


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