げらげら
村雨が黒田のノートを燃やしているのを見つけた。村雨はクラスの中心人物で女でそれなりにかわいくて校則に違反しない程度に髪を染めていて化粧をしていて背が低くてちょっと童顔でなんとなく現代の女子高生ってこんなかんじかなーというテンプレートを感じさせるようなやつだ。黒田のほうはやはり女でいじめられっこで背が高いのに猫背で黒髪が長くてそれが目にかかっていて、話しかけられるとどもる癖があってどんくさくて「澄子」なんてきれいな名前をしているのにもっぱら嘲笑と共に「サダコ」と呼ばれている。ホラー映画で井戸の底から這い出てくる怨霊の女はたしかに黒田とよく似ている。それは髪型のせいだと黒田もわかっていたから一度、髪を纏めてポニーテールにして怯えながら首元や目を出して学校にやってきたのだけど、トイレで水をぶっかけられて髪をぐしゃぐしゃにされて元のサダコヘアーに戻されたのでそれから髪をセットして学校にくることをやめた。ははは。
村雨は俺と目があうと「ははは」と乾いた笑い声をあげた。本人的にはまずいことをしているところを見られたらしい。「なんでいるの?」と尋ねてくる。なんでいるの? ってそりゃあ今日はサッカー部の顧問の品川の七十何歳の親が死んだとかで自主練習になり、自主練習なんてものをまじめにやるようなやつではない俺が速攻で帰宅したからだ。それから畑を持っていてたまに野焼きとかやる村雨の家は、俺の家と隣で、村雨の家で取れた野菜はうちにおすそ分けされ、俺の家でとれた米は村雨の家におすそ分けされるくらいの仲だからだ。ド田舎。
俺は火の傍で屈みこむ村雨の傍に屈みこむ。「よく燃えてるな」と言う。複雑な表情で村雨は「うん」と答える。
「おまえ、ここまでする側だっけ」
うちの学校のクラスは大別して「黒田を積極的にいじめているグループ (1)」と「傍観しつついじめを肯定しているグループ (2)」と「いじめるグループを嫌悪するグループ (3)」と「興味がないグループ (4)」に分けられていて、俺は村雨のことを(3)だと思っていた。だから黒田の持ち物を焼いている村雨というのは奇妙な絵面に思えてしまう。
ちなみに俺はバリバリの(1)だ。いじめられている黒田を見ると最高に興奮する。俺はクソ野郎なのだ。
「うーん」
村雨は言葉を濁す。「ちょっといろいろあって」言いづらい。だけど聞いてほしい、そんな雰囲気を感じ取ったので俺は黙る。黙ることで続きを促す。
「落書きされてたの」
「落書き?」
「ちょっと本人に見せられないような内容の」
どんな内容だったのかは村雨が答えなかったのでわからなかった。明日江崎とか下川とかに訊いてみようと思う (グループ1だ)。どーせドシモな内容だろうけど。「あの子が見る前に燃やさなきゃと思ったのだ」隠すとか、知らんぷりとか、その部分破るとかあったんじゃね。と俺が言うと村雨は「考えもしなかった」と焼けていく黒田のノートを見る。ぱちぱちぱち。火の粉が舞う。村雨は馬鹿じゃない。からその落書きとやらは破るとか隠すとかで処理できる量を超えていたんだろうと俺は想像する。
「ねえ、内川。なんとかできないの」
「なんで」
「ほら、付き合ってるんでしょ。黒田と」
「うん」
「だったらさ」
「無理」
「なんでよ」
「俺の能力の限界超えてるし」
それに俺は黒田がたまに半狂乱になって泣きじゃくりながら俺に縋り付いてくるところが結構気に入っている。黒田が俺を頼ってくるときの全能感が嫌いじゃない。問題をなんとかしようなんてさらさら思わない。
「サイテイ」
「しってる」
「最も低い」
「わはははは」
村雨が俺をなじる声が心地よくて俺は笑う。
後日談になるのだけれど黒田は肋骨を折った。滅多なことでは加減を間違えない(もちろんいじめをやっていたなんて知れたら内申に響くからだ)グループ1ではあるが、虫の居所が悪かったのか間が悪かったのか、黒田を強く突き飛ばした際に黒田は運悪く備え付けの消火器に向かって腹から突っ込んだ。苦しみ出してそのうち血を吐いたのを教師が発見して病院に送られたら、折れた肋骨が肺を傷つけていたらしくて即手術。
グループ1達はげらげら笑いながら(それは多分内申に響くという不安を隠すためでもあった)“サダコが痛がっている様子”を話していた。俺はげらげら笑いながらグループ1のメンバーを順番にぶん殴っていって倒れた江崎の腹をサッカーボールキックして、下川の背中に誰かの椅子を叩き下ろした。そんな感じで教室を血の海にした俺は警察に事情聴取をされる。
村雨に「バカじゃん」とめちゃくちゃに笑われる。
俺も笑う。