第一章 痛感忘却 〜冬に咲き誇る向日葵〜 04
◇◇◇
あれは突然だ。雨の降る夜に、屋根から雨音しか聞こえない静かな夜に、あれは二つ並んでいた。信じたくない。そう、そう思いたい自分がいた。ただ、現実に生きる者に、にげる場所なんてない。ただ、現実を受け止める以外、手立ては一切ないのだ。
唯一、自分が現実を逃避出来ること。それは、現状を把握し切れず、ただ何も言うことはなく、その場に膝から崩れ落ちることしか出来なかった。
その日を境に、俺は孤児院に連れて行かれることとなった。
孤児院は、繁華街から離れた山奥に建てられている。取り分け、七十歳を迎える院長の計らいで、世間のごたごたに巻き込まれた子供達を、自然と触れ合わせることで、忘れてほしいとの願いが込められていた。
あの頃は五歳だった。誕生日を迎えてから一ヶ月が経った頃に、ここにやって来ることとなった。
五月下旬。まだ春の陽気は、日に日にあがっていくばかりで、それはやがて夏への移行となる、伏線でしかない。
「今日から、君達の仲間になる珀君だ。皆よろしくね」
小さな教室に、三十人程の子供達が列を成して座っていた。歳など関係なしに、下は俺と同じ五歳、上は十八歳までの子供達と、疎らだった。皆、今日からここに御世話になる僕を、煌びやかな視線と共に見据えてくる。
ここの孤児院のお手伝いのお兄さんに、紹介された僕は、孤児院という世界にまだ慣れず、お辞儀を一つするだけだった。いや、それしか出来なかった。目の前の人達が、またあんなことを引き起こすんじゃないだろうか、と無作為に疑惑の目線を返すばかり。
その後、解散となり、各々が遊びに夢中になる。ある者は積み木で遊んだり、ある者は外に駆けて行ったり、ある者は読書に耽ったり、ある者はテーブルゲームに夢中になったりと様々だった。
僕というと、これといって何もすることはなく、まずはお兄さんに自室に案内された。
自室は二人用の部屋で、一人先客がいた。
部屋には自宅から持ち出した物が、多少運び込まれていて、その中には、女の子からもらったぬいぐるみも混ざっていた。
部屋に案内されてすぐに、僕は隅を陣取っては、ぬいぐるみを抱いて時間をただ自堕落に過ごそうとした。そうしていると、同室の住居人が、僕に寄って来た。
「ねぇ、珀ちゃんだよね?」
興味津津に近づいてくる。女の子だ。笑顔の煌びやかな。
「う、うん……」
あの日以来、僕は引っ込み思案であった。とにかく、誰も信じられないのだ。まさか、あの人があんなことをするなんて、思ってもみなかったからだ。だから、誰であろうと信じられなくなっていた。つまるところ、極度の疑心暗鬼に陥ってた。
「私、南って言うんだ。よろしくね」
握手を求めてくる南という女の子。握手するのさえ億劫な僕にとって、その返事に応じることさえも出来ずにいた。ぬいぐるみを盾にしては、それ越しに女の子を見据えた。
「アハハハ……。なんだか、警戒されてるのかな……」
女の子は察しがよかった。女の勘というものだろうか。僕と同年代なのに、勘は強い。それは、女の子もまた、僕と似た境遇にあっている由縁でもあった。
女の子の両親は、どちらとも病に臥してしまっていた。誰一人として後ろ盾してくれる人物はいない。女の子の両親も、また孤児であり、故に友と呼べる類の人達は、普通の人よりは若干少なかった。それに、当時は連絡がつかなかったこともある。子を独り残して逝ってしまうのは、両親共々憚れる想いがあったのだが、病には打ち勝つことが出来ず、最期に抱いた望みをこの孤児院に託し、やがて他界してしまった。
孤児院、ということだけあって、大方親なしの子が集まる場所である。また、両親に不遇の扱いを受けた者もいたりする。両親が犯罪、片や家庭内暴力。取り分け、家族という集合体についていけなかった親の子が、ここにはいる。
「そうだよね、皆最初はそうだよ。でも、大丈夫。誰も珀ちゃんを傷つける人なんていないから」
女の子は、胸を張って豪語するが、僕には今一つこなかった。それもその筈だ。いきなり入って来たばかりなのだ。一寸先は闇であり、手探りで前を進まないといけない。その恐怖心が、当時の僕にとっては尋常じゃなく恐かった。光を差し伸べてくれるものの、それに応じる程の勇気はなく、僕はただ部屋の隅で座り込むばかりだ。
「まぁ、いいわ。珀ちゃんの好きなようにすればいいし。私は、いつもベランダにいるから、暇だったらおいで。歓迎してあげるから」
笑顔を振り撒いては、去って行く女の子の後ろ姿を、僕は視界から消えるまで見続けていた。
僕は二三日は、部屋から一切動こうとはしなかった。朝昼夕の飯時は、いつも孤児院にいる子供達が一か所に集まって食べるのは習わしなのだが、取り分け僕は非常に億劫だった故に、院長の判断で、ここの手伝いとして働いている人と一緒に食べては過ごした。
部屋の外に、自ずと出始めたのは、ここに来てから二週間目の朝だった。ずっと、部屋にいた頃、廊下から聞こえてくる子供達の遊び声が、僕を外に連れ出した原因だ。右左もわからず、僕は女の子が言っていた、ベランダを目指すことにした。
廊下は、誰もが共有している空間だ。前から後ろから、片や左から右からと、ところ構わず子供達が駆け回って遊んでいた。その波に乗れず、僕はただ足を前に進めるばかりで、この先にベランダがあるのかさえわからない。
やがて、飯時を共にしていたお手伝いさんと鉢合わせになり、ベランダの場所まで連れてってくれた。
ベランダでは、女の子がテーブルに座っては山々を一望していた。取り分け、孤児院は山の奥の僻地にある故に、建物などこれ以外に見当たらなかった。大自然に囲まれたこの院は、気付かないうちに、僕の心の枷を紐解いていた。
「あれ? 珀ちゃん、やっと来たんだ」
待ち侘びたぞ、と近寄って来る僕のおでこを突いた。ちょっとした戯れをした後に、僕をテーブルの向いの席に座らせた。そして、一緒に山々を一望する。
鳥達が飛んでいる。虫達が喚いている。各々が自然を我が物顔としている。
女の子は飛んでいる鳥の名前を、一つ一つあてていく。それが、本当にその名前なのかなんてわからないけど、でもあっているのだろう。僕はそう思っていた。
女の子は僕がやって来るのを待ち侘びた、と言っていた。それは、よくわかる。女の子は、部屋で一緒にいるよりも、こっちで一緒にいたほうが生き生きとしていた。故に、鳥の名前をはきはきとした口調で告げていく。
寸分の狂いもせず、飛んでいる鳥達を一通り言いあてていく。そして、一通り終えると、「孤児院は、楽しい?」と訊ねてきた。僕は、まだ部屋を出たばかりなので、わからない。でも、自然と感じ取っていた。この孤児院にいる子供達が、誰もが楽しそうに過ごしていることを。ここに来るまでに、様々に感じ取っては、今の心境に至る。
まだ幼い僕は、それに気付くこともなく、ただかぶりを横に振っただけだった。女の子は、「そうか……。まぁ、まだ最初だし」と人懐っこい笑顔を向けては、僕の笑顔を誘った。
僕は、自然に女の子の誘い笑いにやられて、笑顔――引き攣ったものではあるが――になっていた。
その日から、あの日以来に持ってしまった孤独という肩の荷が下り始めたのは。女の子と出会い、少しずつ、また昔のように人との触れ合いを楽しみにしているようになっていた。来る日も来る日も、女の子とどこかに遊びにいっては、彼女を介して新しい友達と出会う。それがまた次に繋がり、また増える。孤児院に来て二ヶ月経った頃、もう皆と顔馴染みになっていて、誰一人として話し辛い人物はいなくなっていた。二ヵ月すれば、もうすっかりこの孤児院に慣れ親しんでいた。
◆◆◆
月は七月。梅雨の時期を乗り越え、山々には蝉の鳴き声で充満していた。太陽はただ大地を熱するばかりで、この山は自然のフライパンと化し、この家の空調をより一層強める要因となっていた。そんな月のある日のことだ。
僕と女の子は、いつものように、あのベランダで今回は夕陽を堪能していた。夕方となると、外は涼しさが舞い込んでくる。ベランダで過ごせる時間帯となっていた。
山に墜落していく夕陽は、橙色をした蜜柑のように丸い。それを見て僕は思わず「蜜柑だ」と言ってしまい、「本当だね。でも、私にとっては蜜柑より柿かな」と、思わぬところで反論を受けた。
蜜柑だよ、柿だよ、と言い合い云々している時に、リビングの方より罵声が聞こえてきた。
リビングでは、僕より少し年上の男の子二人が言い争っていた。お互いの愚痴でも言い合っているのだろうか、罵声の浴びせ合いは終わることを知らず、熱があがっていくばかりだった。それを野次馬が見ている。誰一人として、二人の言い争いを止めることが出来ずにいた。何故なら、二人ともカッターを持っていたのだ。迂闊には入れない。そう思った野次馬は、ただ見ていることを暗黙の了解とし、野次馬の一人が院長を呼びに行ったばかりである。
僕と女の子も、野次馬の一員になると、二人の言い争いを見据えていた。
二人の罵詈雑言が、リビングに木霊する。
その最中、院長を呼びに行った子が帰ってきた。その子に後にやってきた者は、一人としていなかった。曰く、院長はやって来なかった。
院長は、丁度山の麓に出かけていて、お手伝いの人も、軽く外に出かけていて、あと少しで戻ってくるということだけはわかった。
お互いの罵詈雑言は、お互いの熱を助長し合い、カッターの刃が猛威を揮っていた。
――そう、あの日も、二人は言い争っていた。僕はそれを母親と姉と肩を寄せ合って、見守るしか出来なかった。お互いが持っていた信念は、やがて相手を滅ぼす因果となってしまった。
突然、開く過去の記憶の扉。堅く締められていた扉は、二人の諍いによっていとも簡単に開き、そして過去を垣間見せる。
過去においての二人の諍いの後は……。
僕は飛び出していた。昔のぶり返しだ、このままにしていたら……。
過去に億劫になる。こうして、昔の再現は、取り分け僕には危険物だ。過去のトラウマを少しずつ取り攫われているこんな時に、この光景は些か不愉快過ぎた。
男の子二人の諍いは、父親の諍いに酷似していた。その先を知っている僕は、男の二人が、あの末路を辿るんじゃないだろうか、と思ってしまい我を忘れて飛び出し、二人の間に割って入ってしまった。
ただ単に「やめてくれ!」とだけ叫ぶ。男の子二人の諍いが、僕が急に割って入ってきたことで、咄嗟に止んだ。二人とも、カッターの刃を、お互いに向け合っているところであった。
辺りが静まる。諍いの声が聞こえなくなると、このリビングはやけに静かになった。寂寥と化したこのリビングは、誰かの呼吸の音しか聞こえない程に、静かになっていた。やがて、廊下を轟かせる足音が聞こえて、リビングのお手伝いの人が入って来た。
「何やってるんだ! 君達!」
男の子二人からカッターを取り上げながら怒鳴った。どうやら、一人の年長の子が、わざわざ外にまで飛び出してお手伝いの人を呼びにいったらしく、思いの外、帰ってくるのが早かった。
件は収拾を得て、終焉となる。後に、僕は院長に呼ばれた。
院長は、僕が二人の喧嘩に割って入って止めたことを、大いに評価してくれた。これといって、僕は何かをしたわけではない。ただ、昔の恐怖に染まる過去を、また見たくなかったからやっただけだった。ただ、幼い僕にそんな物言いは出来ず、ただ院長の言葉に流されるばかりだった。
「珀君は偉いもんじゃ」
しわがれた声で言った。僕はただ俯くばかりで、これといって院長の顔を見ることは出来なかった。そんなことはお構いなしで、院長はいつもの口調を崩さずに続けて言った。
「珀君は、なんで二人を止めたかったんじゃ?」
何も答えられない。答えたら答えたで、その先が恐かった。あれを記憶という個体から剥離させようと、自分は躍起になっていた。
「んー、無理に答えんでいいよ。
そうじゃ、珀君。君は、確か右目が見えない、と南ちゃんから訊いたんだけど、どうしたんじゃ?」
ある日のことだ。女の子に、僕は右目が見えないことを訝しんで問うていた。皆は見えるのに、自分だけ見えていないのは、どこか劣等を感じていた。そのことを、女の子は院長に話したのだろう。
「わかりません」
そうぶっきら棒に答えると、院長は案外にも軽快そうに笑って言った。
「オホホホ。わしには視えるぞ、珀君の右目のことが」
そう、なんとも風変わりな言い方をする。
「右目のこと?」
「何れは解るもんじゃ。いいか、珀君。何れ、その眼が、何か意味を果たしてくれるかもしれん。わしには視える。まぁ、それが珀君に役立つかはわからんがな。
でも、もしかしたら逆かもしれん。その時は、珀君の大切な者を守る力となるじゃろ」
「お、おじいちゃん、何言ってるの?」
幼い僕にとって、院長の言っていることが不可解過ぎて、全てを飲み込み切れていなかった。無理矢理押し込んだところで、結局はその場凌ぎに終わり、理解には到底至らないだろう。
「ん? おかしなことを言っているように聞こえるか? オホホホ。そうじゃろ。なんせ、未来予知の眼など、今さら流行らんからのー」
僕には、おじいちゃん――皆がそう呼んでいるので、僕もそう呼んでいる――が何を言いたいのか、サッパリわからない。
「その隻眼は、何を視るのかのー。常識的か、非常識的か。喜劇なのか、悲劇なのか」
「おじいちゃんは何が言いたいの?」
「老人の戯言じゃ。おまいさんには、聞き流して結構じゃ」
それだけを言って、院長はただひたすら高笑いを続けるばかりであった。院長は変わった人物だと、お手伝いの中からも噂立てされていた。老人は、未来が視える、と言うのだが、実際視えているのかなんてわからない。傍から見れば、老人の戯言だ、臨終まで好きにさせてやろう、と皆は口を揃えて言った。その変わった部分を除けばいい老人である。五十歳の時に未亡人となり、昔から子供が好きだったことから、定年後は、ここに孤児院を開院しては、親なしの子を預かる場所として提供していた。
院長は、毎日のように皆と日々遊んでは、余生を楽しんでいた。
やがて、院長は天寿を全うし、亡くなられた。それを機に、孤児院は閉鎖となり、僕は円城家に養子として迎え入れられた。あの老人が言っていた言葉は、今でも俺の頭の中に、居座っては、時折思い出させた。
◇◇◇
旅館の厨房は、熱気に塗れていた。朝だからといって、気が抜くことが出来ない。取り分け、宿泊客が多い今日は、朝飯を作るのに、大層な人数を要し、本来なら非番の者までもが借り出されて、厨房は活気付いていた。いや、躍起になっていたともいえるかもしれない。猫の手も借りたい、ということは、こういった場面でならではのことなのかもしれない、と仕事に勤しむ傍らで、そんなことを考えていた。
「宿泊客の中には、老人だっているんだ! お前ら、ちゃんと食べ物は下拵えを怠るなよ!」
長の声が、厨房に響き渡る。それを厨房にいる者皆が訊き届け、一際料理に丹精を込めるのだった。
俺は焼き魚担当であった。火をよく通しておかないと、中にまで火が通らずに味を損ねてしまう。火加減から火を通す時間まで、きっちりと決まっていた。それに注意し、俺は厨房に立っている。
どんどんと朝飯が作られては、仲居の手によって運ばれていく。仲居も、厨房と同じで多くの人数が動員されていた。
「魚はまだか?」
長の声が聞こえた。
「今出来ました!」
魚をグリルから取り出し、それを盛りつけ役に渡す。そして、持ち場に戻ってはまた次の魚を焼き始めた。それの繰り返しを幾つもして、やがて、朝のラッシュは終えると、厨房から抜け出し、旧旅館へと移動して居間に足を運んだ。
客の朝飯を作った後は、今度は自分の分を作らないといけない。円城家の台所を任されている俺にとって、料理との縁は切り離せない関係でもあった。
ご飯、味噌汁、少し野菜等を朝飯にすればいいだろう。そう思って、すぐに取りかかった。取り分け、朝何も食べずに、厨房に立ってしまったので、腹の減りようは異様だ。朝飯を食べ損ねたのは、寝坊したからである。我ながら馬鹿馬鹿しい。寝坊ごときで、朝飯を抜かないといけないなんて、学生以来の話だ。登校時に朝飯の食パンを咥えて学校に行けるのだが、厨房に立って口に食パンなど咥えられない。そんな姿を見られたら「馬鹿者!」と長に叱咤されること間違いないだろう。
腹を幾回も鳴らしながら、朝飯を作ると、皿に盛り付けて居間に移動する。
卓袱台に朝飯を並べ、腰掛けて箸を手に取る。
「いただきます」
遅い朝飯時だ。琥凛や須雀は、とっくに食べているだろう。いつもなら、家族四人で朝飯は食べるのだが、一人だと些か心細かった。
「テレビでも、観ようかな……」
人の声が恋しくて、俺はテレビの電源を入れた。リモコンと呼ばれる長い延べ棒を手にしては、電源ボタンを押してテレビに電源を投じる。面白いことに、たったこの一つの動作で、テレビになんも触れずに電源が入るなんて、俺は毎度のこと驚いていた。
俺しかいない寂寥としていた居間に、突如テレビから聞こえる擬似音声が響いた。
テレビには、朝のニュース番組がやっていた。これといって、面白みのないものばかりだ。地元のあれこれがどうとか、観光客目当てとしたコーナーを設けられており、地元住みの俺にとっては、どうでもいいコーナーであった。
電源を落として、朝飯に手をつけた。
朝飯を食い終え、夕飯時まで仕事は殆どない。個人的な仕事といえば、家族の昼飯を作るくらいで、十時から夕方五時まで、取り分け暇を持て余すこととなった。
自室にずっといても仕方ない。だからといって、旅館に移動して仲居さん達の邪魔をするのも変な話だ。
行く宛てもなく、俺は旧旅館と旅館の連絡通路に来ていた。そして、ふと庭園へと眼を向ける。
庭園は、最近雪が降り始めたばかりで、昨晩はずっと雪が降っていた。その為に、庭園は雪化粧をして、俺の眼を楽しませてくれる。
夜が明けようとも、降り続いていた雪は、今の時間帯になろうと衰えを知らず、未だに降り続ける。庭園から白銀の世界が消えることはなかった。
庭園に眼を向けたところで、変化はこれといってないのが普通だ。俺は、庭園を見てはすぐに別の場所に足を向けるだろう、と思っていた矢先のことだった。
――冬に咲き誇る向日葵。庭園に堂々と黄色い花弁と茶色い種で彩られ、己の存在価値を一層高めていた。
「ひ、向日葵!?」
俺は眼を疑った。季節は冬だ。夏なんてことはない。事実、俺の視界一杯に雪で彩られた庭園が広がっている。なのに、そこにポツンと一輪の向日葵が咲いていた。紛れもない事実だ。夏場に咲くその向日葵は、寒天の下、東北の地方で何故か咲いていた。
意味がわからなかった。向日葵と冬とのが否応にも繋がることがない。
偶然に通りがかった一人の仲居に、俺は問う。
「あっ! ちょっと待って!」
「ん? なんですか? 円城さん」
恰幅のいい仲居が、こちらに近寄って来た。俺は庭園に咲き誇る向日葵を指差しては、「あ、あれ、おかしくないか? 何でこんな時に向日葵が!?」と、慌ただしく言うと、「あれま! ホントだね!」と、吃驚仰天の声をあげては向日葵を見据えた。
「もしかして、あんた、私を驚かす為に、わざと植えたんじゃないだろうね」
「お、俺はそんなことしませんよ!」
あまりの衝撃に、仲居は飲み込めていなかった。思わず俺を疑っては、こじつけの真相を擦り付けようとする。ただ、俺は一切合財向日葵を植えるなんて小賢しいことなんてしていない。ましてや、この寒天下で、向日葵を植えたところで、育つわけがない。俺はついさっきまで厨房にいたのだ。植える時間などない。仲居もそれは承知しており、「そ、そうよね」と納得しては、首を傾げた。
「志戒さんの趣向かしらね」
「親父の趣味とは……、到底思えないんですが……」
親父に花の趣味があったなんて知ったら、俺は腹が捩れていても立ってもいられないだろう。親父と花なんて、似合わない。どちらかというと、親父と岩、と言ったところだろう。
仲居は「そうよね。志戒さんに限って、こんなことするわけがないって」と言っては、自嘲した。
その時だ、家中に呼び鈴が鳴った。俺も仲居さんも「お客さんかな」と各々口にしては、お互いに眼を合わせた。
「円城さんが出てくれるかしら。私、今ちょっと手が離せなくて」
「あっ、そうなんですか。わかりました」
来客のもてなしは俺と決まり、俺はすぐさま玄関へと向かった。その途中、ずっと庭に咲いている向日葵のことが気がかりになっていて、つい玄関を通り過ぎてしまった。
三度目の呼び鈴が鳴った。俺は「はいはい! 今開けますから!」と、己を急かすように言って、玄関の戸を開けた。
「うぅー、寒い! 円城! もっと早くに出てきてよ!」
巫弥が玄関に現れては、愚痴を零して旧旅館に上がっていった。続けざまに衛樹が入る。二人ともなかなかの防寒装具でありながら、体中を震えさせていた。
「円城……。僕からもお願いだ。もっと早めに頼むよ……」
朝から雪が降り続けていることとあって、外は肌を噛むような寒さを孕んでいた。玄関の戸を開けただけでも、家の中に入って来る冷気が、忽ち俺を襲った。
確かに寒い。その思いを一瞬にして抱き、俺は戸を閉めた。
巫弥と衛樹の訪問は突然であった。思わぬ来客に、俺は自室に案内すると、すぐさま茶を淹れては、二人に勧めた。二人は茶を快く受け取り、「あぁ、生き返るわ。それに、円城のお茶っていいわね、仄々するわ」「うん。なかなかの渋みだ」と、各々がお茶を感想を口から零した。
「二人とも、家に来るなんて珍しいね」
茶の感想を訊きつつ、俺は問い返していた。
二人はお茶を飲み終えてから、「それがね……、稜治がダウンしたから『俺の仕事を代わりに依頼とした形で頼む!』なんて無責任なこと言うもんで」と巫弥が言う。衛樹は「うん。神隠しサイトと包帯巻きの魔術士のことの両方で、捜索することとなったんだ」と付け足した。
「稜治さんがダウンした?」
「また襲われたのよ。まあ、二度もやられる稜治じゃないから、大丈夫だったんだけど、流石に身の危険でも感じたんでしょうね。妻がいることだし、署には休養をもらっては自分から自宅謹慎してるわ」
稜治さんもいろいろと大変らしく、家内がいるからには、そう簡単には死ぬわけにはいかないわけだ。取り分け、裏世界に片足を突っ込んでいる状況に陥っているので、迂闊に行動すれば、包帯巻きの魔術士に狙われている故に殺され兼ねないらしい。巫弥曰く、「遺体の破棄現場を見たんですって」と補足した。
つまるところ、俺も破棄現場の目撃者でもある。ただあの時は、同志と言われたので、稜治さんとは扱いが違う。何故なのだろうか。同志、という関連でやはり何かあるのだろうか。
「そういえばさ、俺こないだの、あの包帯巻きのことで」
俺が話を切り出すと、二人の視線がこちらに向いた。二人とも、若干だが真剣な面持ちで、些か重たい空気が自室に紛れこんできた。
「あの包帯巻きの魔術士に、『同志』だとか『生贄』だとか言われたんだけどさ」
ありのままを話した。俺と包帯巻きの魔術士との鉢合わせから、巫弥達がやって来る時まで。二人とも何も口出しせずに聞き届けると、巫弥は黙考に耽り、衛樹は「意味がわからないね」と言った。
「円城と、包帯巻きの魔術士との関係、か。円城は、魔術士でもないし……、かといって殺人趣向者ってわけでもないし……。上手い具合に繋がらないな……」
衛樹が幾ら思想を広げようとも、そこから答えは見出せず、巫弥に応援を頼むと、「そうよね。どういったことで、包帯巻きの魔術士が、円城を同志と見たのか……。不可解だわ」と、巫弥もお手上げのようだった。
「なぁ、円城。包帯巻きの魔術士と、何か関わりとか持ってないのか? あるとあるで、もしかしたら、なにかわかると思うんだけど……」
衛樹が俺に問う。俺は呆れながら「あったら、俺がとっくにわかってると思うよ」と言った。衛樹は「それもそうか」と自嘲しては、若干肩を竦めた。馬鹿馬鹿しい質問をしてしまったと自分を叱咤していた。
「包帯巻きの魔術士の素性が知れれば、ことはまた一歩進むんだけど、全身包帯巻きだしな……。顔もわからなければ、酷いことに肌の色合いなんてものもわからない……」
巫弥は「駄目だこりゃ」と完全にお手上げしてしまい、俺に茶をお代りを頼んだ。俺は巫弥の茶碗に、急須を傾け茶を注ぎながら「何で全身包帯巻きなんだろう」と、別の視点から切り出してみた。
「全身包帯巻きの理由?」
衛樹がまず食いついて、続けて巫弥が「全身包帯巻きか。そんな趣味の持ち合した人なんて、見たことないし……、こないだの動きからして、満身創痍って感じじゃなさそうだしな」と、完全に暗礁に乗り上げてしまった。
「満身創痍ではないでしょう。まず、全身が文字通りの満身創痍だったら、まず外を出歩いてることさえ、おかしいよ。病院にでもいて、ずっと床に臥してるのが普通だ。歩けるかもわからない」
「衛樹の言う通りね。全身包帯巻きの訳、満身創痍説は除外かな」
俺はすかさずに「論外じゃない」と言った。
「除外だろうと、論外だろうと、どっちでもいいじゃない、円城。今はとにかく、稜治に代わって一連の事件の真相に近づいておかないと、依頼主になんて言われるか」
稜治さんの罵倒は、思うところ凄まじいんじゃないだろうか。考えただけでも恐ろしく思える。
「あっ、そうだ。私さ、包帯巻きのことについて以外にも気がかりなことがあるのよね」と、巫弥が言った。俺と衛樹が耳を傾けるのを待ってから「動機がわからないのよ」と、続けた。
包帯巻きの魔術士の動機。確かにわからない。単なる殺人快楽者なんてことならわかる。ただ、ただの快楽者が人体をあそこまで解体するとは些か人道的に外れ過ぎているものがある。包帯巻きの魔術士の『同志』や『生贄』という言葉が絡み、ただの殺人快楽者という路線が薄れてきた。俺と包帯巻きの魔術士をただ単なる殺人快楽者と繋げるには、些か繋がることがない。俺から殺人というキーワードが出てこないことは、巫弥も衛樹も承知の上である。
「動機か……。ただ単なる殺人がしたいだけなら、わからないわけでもないかな」
「それが動機ってわけ? 単純過ぎじゃない?」
「俺もそう思う」
衛樹の言葉に、俺と巫弥が反論した。衛樹も「だよな……」と、語句を弱めて己の邪推に肩を竦めた。
「ただの殺人行為で、あんな格好は些か不明瞭だわ」
行き詰る俺達。一寸先は闇で、一切主からの依頼を果たせずにいた。寧ろ、負荷が増えてしまい、俺達はどうしようもないほどに暗礁に乗り上げては、そこから脱する方法を見失っていた。
こうして三人が集ったところで、一向に話しは進むことはなく、光陰人を待たず、気付けばお昼になっていた。
◇◇◇
お昼になって、俺達は腹の虫が鳴った。
「ずっと考えてばっかだったから、流石に腹が減ったわね……。円城、何か作ってくれないかしら?」
「僕からもお願いだ……。実のところ、朝は碌に食べてなくて……」
二人からの頼みごとに、俺は「あぁ、別に構わないけど」と承諾した、その時だった。
廊下から誰かが走ってくる音がしては、ドン、と勢いよく扉が開いた。
「兄さーん! お昼作ってくださいな!」
よりによって琥凛であった。相変わらず朗らか笑顔は変わらず、仲居の仕事でも終えてこちらにやって来たのだろう。扉を勢いよく開けては、俺の友人二人がいることに気付いて「やや!」と驚愕の声をあげた。顔が若干引き攣っている。そして、頬を赤らめては、「ご、ゴメンなさい……」と平謝りした。つまるところ、家族内でなら、多少のはしゃぎっぷりを見せる琥凛ではあるが、それ以外となると、大人しめに接しようとする性格の持ち主であった。
「うぅ……、お恥ずかしいところを見せてしまいました……」
琥凛は恥じていた。居所が悪い、と言わんばかりにここを去ろうとした時、「あら、琥凛さんじゃない。琥凛さんも、昼時なのかしら?」と巫弥が訊ねた。
「えっ!? あぁ、そうなんです。円城家の食を管理してるのは、兄さんなので」
補足し「私、料理出来なくて」と微苦笑を浮かべながら言った。その微苦笑には、立ち去ることが出来なかった苛立ちが隠されていることに、俺は気付くことはなかった。
「あれ、円城の母親っていなかったっけ?」
「母親は、俺が養子に来る前からいないけど」
衛樹の質問に、俺は間髪いれずに答えた。衛樹はばつが悪そうに「あぁ、ごめん。余計なこと聞いちゃったね」と、反省しつつ、俺に謝った。
「いやいや、全然気にしてないから、それより飯だ! 腹が減っては戦は出来んっていうし。
そういや、琥凛。須雀は?」
「姉さんですか? そうですねー、たぶんまだ仲居の仕事が終えてないかと。なんなら呼んできましょうか?」
「いや、伝言だけで十分だろ。仕事中にわざわざ連れてきちゃうのも悪いからさ」
須雀は結構仕事熱心だ。決まったことは絶対に最後までやり通さないと自分の性が許さない、ととうの昔に言っていた。取り分け、熱中したら止まらないのだ。始発から終点まで、止まることを知らず。
それに、仲居なので、客のもてなしは重要である。清楚で可憐な仲居さん、と謳われる須雀であり、頑として仕事を途中放棄するなど、考えられなかった。
「なら、モールス信号で、姉さんに報告を」
琥凛の表情が戻っては、そんなことを言う。手先を器用に動かしては、片耳をもう片方の手で閉じた。なにかのジェスチャーでもしているのだろうか。
「も、モールス信号? えっと……、信号といえば……、道端にある三色信号のこと?」
がく……、と琥凛が落胆する。巫弥と衛樹でさえ、頭を抱えていた。
「に、兄さんって本当に機械には弱いですね……」
「ほ、本当よね……。モールス信号さえも知らないなんて……。名前くらい聞いたことあるでしょ」
「そうだよ、円城。巫弥の言うことは確かだよ」
案の定、三人の集中砲火を受けた。
「んー……、記憶にない」
「機械音痴」
俺の返答に、衛樹はすかさず言ってきた。俺は頭に来ることも出来ない。つまるところ、機械音痴だということ、いや、音痴以上であることはもはや周知の事実であったから、何も言い返すことはなかった。
「まあ……、だいたい予想はしてたわ。パソコンも知らなければ、確か携帯電話だって持ってなかったわよね」
「据え置きの電話機も兄さんは使えませんけどね」
「円城……、お前、機械に対しては不憫過ぎる……」
四面楚歌だ。
「わ、悪かったな。メールだがモールだが知らんが、手紙で十分だろ」
必死に抗ってみせる。
「もう……、文化的にお爺ちゃんよね……」
それを巫弥は悉く打ち滅ぼした。
「巫弥……、お前の言葉は実に真実を射抜いてる」
「私も皆さんと同じ考えを持っていそうです」
俺を除外し、三人の思想が合致する。取り分け、俺はそのことに些かどうでもいいと感じており、席を立つと台所へと向かった。去り際に、「居間で待っててくれ」とだけ言い残した。正直な話、居所が悪過ぎだ。その嫌悪を抱きつつ、台所、つまるところ俺にとっての聖地に足を踏み入れた。
台所は至って変わらぬ姿を俺に見せた。綺麗に整えられた台所を見ると、毎度のことながら気持ちが清々とする。故に、若干料理に力が自然と籠ってしまう。
台所に立っては、前掛けを着けて支度に取りかかる。その最中で、レシピを選び出して、一通りの調理器具を台所に並べると、早速冷蔵庫へと向かった。
業務用の冷蔵庫は、家庭向けに作られてない分、収納量が格段に違っていた。取り分け、中身は様々な物が保存出来て、案外重宝している。
冷蔵庫を開けると、冷気に襲われつつ、それを乗り越えて中身を確認した。
俺が作ろうとしているのは、ハヤシライスだ。日本発祥の洋風料理。何とも一風変わったハヤシライスであり、薄切りの牛肉に、たまねぎ。それらを炒めて、トマトケチャップで和え、ドミグラスソースで軽く煮込んで作る料理だ。それ程の時間は要さない。
二人分の料理を作らないといけない、ということで、家族含め六人分を用意しなければいけない算段となる。だから、あまり時間はかけられないのだ。
冷蔵庫より、玉ねぎと牛肉を取り出し、まな板に並べて包丁片手に調理開始だ。
まずは玉ねぎを手際よく薄切りにしていく。トントン、と軽快な音を鳴らしながら、切っていく。玉ねぎの例の刺激は対策済みだ。鼻を洗濯バサミで摘んで、眼は水中眼鏡で守るという徹底ぶりだ。勝ったも同然よ、などと言ってもおかしくないこの完全装備で、玉ねぎを切り終えると、次は牛肉に取りかかろうとした。と、その時だった。
台所の入口で誰かが入って来た気配がした。俺は何の憚りもせず、振り返ると、そこには須雀がいた。
「に、兄さん……。な、何をやっているんですか?」
須雀は完全に引いている。それもその筈だ。両目は水中眼鏡に、鼻を洗濯バサミで摘んでいるのだ。些か奇妙な絵図なことは間違いなかった。
「あっ、須雀か」
鼻を摘んでいるので、若干声が裏返っていたりする。
「兄さん……」
呆れられている。俺はどうしても須雀がそこまで俺を訝しんだ眼で見るのが理解出来なかった。
「兄さんが、台所でそんな格好をするなんて……、わ、私は信じません」
それだけを言って、立ち去ってしまった。俺の頭には疑問符が浮かぶ。俺がそんな格好をするなんて? 意味がわからなかった。れっきとした正装である。別段、変な格好というわけではない。一種の技法だ。
須雀の言葉が未だに解せないまま、牛肉を切り終えると、手を包丁からフライパンに変える。フライパンにバターを塗って中火の火で牛肉を炒め始めた。
数分程炒めているのに、どうしてか焼いて出る匂いがしてこない。おかしい。何故匂わないのだろうか。別に風邪を引いて鼻を詰まらせているわけでもなし。嗅覚が異常というわけでもない……。んー、どういうことだろうか。
そんなこと訝しんでいるうちに、牛肉の表面の色が変わり、塩胡椒で味付けし、鍋を用意して、次は玉ねぎに取りかかる。やることは牛肉と一緒だ。なのに、こちらも匂いがしてこない……。んー、琥凛の味覚はおかしい、と俺は今まで言ってきたが、俺もおかしいかもしれない……。
炒めると、鍋に入れて牛肉と混ぜ煮詰めていく。さり気なく調理用の酒を混ぜては汁気がなくなるまで煮詰め、ドミグラスソースを加え、沸騰してきたら、ウスターソース、ケチャップを加えた。最後に砂糖と塩をいれ、味を調えて完成だ。
「おーい! 出来たぞ!」
声が裏返っていることにも、気付かず、俺は出来たハヤシライスを、皿にご飯と一緒に盛って、居間へと向かった。
「アハハハハ! え、円城! お前何やってんだよ!」
「ん? 何が?」
居間に登場してまもなく、衛樹に笑われた。
「何で、ゴーグルして、鼻摘んでんだよ。ぶ、不気味な格好だな」
「あぁ、これか」
そう言って、俺は装備を外した。
あぁ! そうか! 匂いを感じなかったのはこれか!
今さら気付いては、心の内で恥辱に満ちていた。料理人たるもの、こんな些細なことを平気で無視しようとしていたところが、なんとも許せなかった。
居間に来るなり、琥凛が不安そうにこちらに寄って来た。「姉さんが、兄さんのことおかしな人だって言ってましたけど、台所でなにかあったんですか?」と、訊ねてきた。表情は曇り、笑顔は失われていた。俺には理解出来なかった。何で、そんなことを訊かれるのかが。
「姉さんが、台所で兄さんがゴーグルつけて鼻を摘んでたって。何をしてたんです?」
「あぁ、あのことか……」
再び恥辱に襲われ、俺は琥凛からそっぽを向いた。琥凛は不安そうな面持ちは変えず、またもや真意のほどを訊ねてくる。俺は言うのが億劫だった。つまるところ、恥をかきたくなかったのだ。俺は「いや、何でもないよ。そのことは、俺から言っておくから、琥凛は気にするな。それより飯だ」と強引に話を進ませては、琥凛を席に座らせた。
食事が運ばれ、各々が続々と席に座っていく。その最中、親父もやってきて、一家と俺の友人含め六人の大所帯となっていた。
皆で「いただきます」を告げては、一斉に食べ始める。俺はそれを傍から見ていた。誰かが「美味しい」と言うだけで、俺は破顔しては、それを悟られぬよう、己の表情を隠し続けるのだった。
◇◇◇
飯を食い終えて、各々は散り散りになっていく。父親は旅館の経営者であるので、いつも事務所にいる。居間を出て早速事務所へと向かってしまった。琥凛と須雀は、休憩時間があるということで、ここから動くことはなく、二人で談笑しては、楽しそうに時間を過ごしていった。俺も俺で、友人との談笑をする為に、自室に向かう。
部屋に着き、腰を落ち着かせるなり、衛樹が「円城の休み時間っていつまで?」と訊いてきた。「えっと、だいたい四時くらいまでかな」と答えると、「思いの外長いな……。円城って、料理以外の仕事はないのか?」と訊き返してきた。
「料理以外……、というと、仲居ってことか?」
「仲居は専ら女性ってことが相場でしょ。円城が仲居なんてしてたら、自分の眼を疑うわ」
巫弥が呆れながら言う。そりゃそうだろう。別に仲居をやってはいけない、なんて言われたことはないが、それはそれで奇妙な絵になりそうだ。
「というより、円城が仲居をしてたら、媚振りまいてそうで嫌だわ」
「俺が媚振り撒くか……?」
超低姿勢と言いたいのだろうか。
「そうだね、円城のことだし、相手に好かれようと自ら、って感じかな」
「まあ、円城だし。包み隠さず言う人だからな……。そういえば、妹さんから『兄さんは外でも愚直ですか?』なんて聞かれたけど、物凄い言われようね、あんた。思わず『えぇ、そうよ』なんて言っちゃったわ」
「こ、琥凛だな。アイツ……、俺がいないことを良いように、勝手になに訊いてんだ……」
つくづく呆れる。琥凛の行動。そして、己の性に。琥凛に「愚直ですねー」と言われ、巫弥もそれに異を唱えないところ、俺は誰からも愚直と見られているのだろう。となると衛樹も……。
「円城が愚直……。完全に方程式が出来あがったね」
衛樹がそんなことを言った。この時に確定した、衛樹も俺を愚直と見做していることが。
「あんたの場合、巫女でしょうが」
「うっ……。な、何も言い返せない自分が馬鹿馬鹿しい……」
衛樹とて、方程式は出来あがっていた。となると、巫弥の方程式がまだ出来あがっていなかった。俺の胡乱な頭は、自然と考えてしまっていた。そして、衛樹に訊ねる。
「なぁ、巫弥は一体なんだろうな」
「巫弥? んー、そうだな……」
「わ、私!?」
巫弥は驚愕の声をあげては、吃驚したようすである。驚きの表情を変えず、俺達を見据える。一体、何を言われるのか、本人は一切見当がつかなかった。
「巫弥か……。そうだな……。こないだの巫蟲から、蟲好きとか?」
衛樹の言葉に、巫弥は感情を驚愕から憤怒に変えていく。
「衛樹、あんたこそ巫蟲の餌食にしてあげようか? さぞや気持ちかもしれないわよ。全身を毒の盛られた蟲に甚振られるのは」
若干口調を落としては、懐に手を添える。どうやら、俺の自室であろうと、巫蟲の術をやるつもりなのだろう。となると、床より蟲達の大群……。俺の部屋が崩壊し兼ねない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。やるなら外でやれ。俺の部屋では勘弁してくれ」
寧ろ、旅館より蟲が湧き出たなんて話が出回ったら、死活問題である。
巫弥は懐から手を離しては「やらないわよ。それに巫蟲の術式の書いた紙はあいにくと持ってないわよ」と、ただの脅しだということを明確にした。衛樹とて、それは解り切っていたことでもあって、どうやらこの場で狼狽していたのは俺だけであった。
「努力家の巫女でいいんじゃない」
俺がそう提案すると、衛樹は少し黙考した後に、「ドジ巫女で」と付け足した。すかさず、巫弥のきつい視線が衛樹に飛んでいく。衛樹こそ、何か言い返したいのだろうか、視線に屈する姿勢を見せなかった。
「だって、そうだろ。十二時辰の件がはっきりと、巫弥のことがドジだってことがわかるよ」
「あ、あれは、その……、し、知らなかっただけよ。猪じゃなく、豚だったってことは驚いたわ。でも、あれはあれで役に立ったでしょ?」
巫弥は若干冷や汗をかきつつ、己の非を必死に隠そうとしていた。
「役に立ったかな……。最終的に、蛇のお腹の中に納まったような……」
「え、円城まで、なかなかきついこと言うのね……。意外だったわ、あんたから攻撃を受けるなんて」
俺の物言いに、巫弥は苦心の表情を浮かべた。俺の物言いには、衛樹も賛同した。いや、これで賛同しない人物はいないだろう。
「努力でドジって……、嫌な組み合わせね……」
「詰めが甘いってことだよね」
「畜生! 衛樹に言われるのが無性に苛立たしいわ!」
ムキー! なんて言わんばかりに苛立つ巫弥を尻目に、衛樹は笑みを浮かべていた。いつも、言い包められている立場であった為、こうして上に立つと思わず優越を感じてしまう衛樹であった。それを尻目に見ながら、友人の戯れを見据えた。
「え、円城……。なんとか私をフォローしてくれないのかしら?」
「ちょ、ちょっと俺には無理かな」
微笑しながら返事を返す。流石に、衛樹の言葉は確かであった為に、何の手立ても打てない。努力家でありながらドジであるということを突きつけてしまい、それは巫弥のことを強く指し示している。どうしようもない程に、中てられているので、何のフォローも出来ない。助け舟を求められても、近寄れなかった。いや、寧ろ近寄ろうとしなかったのかもしれない。
「あぁ、もう苛々するわ!」
やりきれない気持ちが、爆発したのだろうか、巫弥の声が一層高くなった。
「衛樹、そして円城! 見てなさい、いつの日か、私のことをドジなんて言わせないんだから!」
「どうだか。巫弥のことだからな……」
何ごとにも突発的に動いてしまう巫弥にとって、後先考えるなど二の次である。こうして暴虐に発言しておいて、この後どうなるのだろうか、些か不安であった。衛樹も同じ考えでも持っているのだろうか、あまり信頼の視線を送っていない。不安と疑問に満ちた視線だった。
「な、何よ。私の顔がそんなに可笑しいわけ?」
「いや、誰もそんなこと言ってないよ、なぁ、円城」
「ま、まあな」
向かうところ全て敵。今の巫弥にとってはそんな感じだ。ありとあらゆる者に食らいつく。それは己の憤りをぶつける為の一種の行為でしかない。つまるところ、傍迷惑な話である。
「まぁ、それはさておき、円城、今度暇な日ある? というより、非番の日か。午前か午後のどちからでもいいんだけど」
一転して、巫弥が俺に訊ねてきた。俺は「んー、確か来週の日曜だったら、午後空いてるかな」と答えると、「なら、ちょっと出かけたいところがあるんだ。円城も衛樹も、事務所メンバーとして三人で行きたいところがあるのよね」と、胸を躍らせながら言った。
行きたいところ。巫弥のことだから、また碌でもないところなのだろうか。俺は半信半疑で「どこだよ、そこ」と問うと、「んー、一慨に言っちゃうけど、廃村よ」と言った。
「廃村? なんでそこに行くんだよ。あれか? 神隠しサイトだとか、包帯巻きだとかの関連か?」
衛樹が咄嗟に食いついては、巫弥に問い質す。
「まぁ、それらとの関連性はどうかわからないけどさ、昔、その廃村で大きな神道家系の人がいたって噂を耳にしてね、ちょっと行ってみたいなー、なんて思ったわけ。一人じゃ心細いじゃない。折角だし、三人で」
「心細い?」
衛樹はどうやら腑に落ちない様子で、巫弥に疑惑の視線を送る。巫弥は「な、なによ」と狼狽しながら返事を返した。
「巫弥のことだし、どうせ廃村で幽霊見たさに行きたいんじゃないの」
「ゆ、幽霊だって!?」
衛樹の一言に、俺は巫弥以上に声をあげては驚愕した。
「ん? どうした、円城」
「あっ、いや……、ちょっと、そういった類の物は嫌いで」
昔幼い頃に、まだここにやってきたばかりの頃、よくどこからともわず、不穏な気配というものをよく感じていた。誰もいない廊下の筈なのに、あそこに誰かがいる……、気配を俺は人一倍感じ取っていた。当時、須雀と琥凛も養女として迎え入れてられており、二人に聞いても二人ともわからないの一点張りだった。今では治まったものの、ちょっと最近前までは、何か不穏な気配を感じていたこともあった。そのことを巫弥には事前に相談済みだった。不穏な気配を感じる時に限って、右目が痛むのだ。
「あれー、円城って怪談嫌いなの? なら、四谷怪談とかは駄目なわけ?」
「というより! 怪談自体嫌いなの! 四谷怪談が何の話か知らないけど、とにかく嫌いなんだよ!」
「ふーん。円城が幽霊に恐がるなんてね」
なにやら企みを孕んだ表情で、俺を見てくる。俺は視線を逸らしてはそれをやり過ごそうとした。
「四谷怪談って、妻が夫に惨殺されて復讐する話でしょ」
「正解。よく知ってるわね。てっきり、西洋ばっかり触れてるもんだと思って、知らないと思ったわ」
と、巫弥は己の先入観を暴露する。
「ま、まあ……、魔術士だし……、西洋にはよく触れるかもしれないけど、日本人であるから、多少の母国文化は頭には入れてるつもりだよ」
先入観が余程嫌ったのだろうか、衛樹は弁明しながら、若干の母国知識を交えて言った。
「それより、巫弥……。本当に廃村に行くの? 元住民の亡霊とかいたら、嫌だからな俺」
俺は幽霊の類には億劫だ。どうあっても、これは克服出来ない。どうしても、人一倍感じてしまう――と勝手に自負しているが――ので、いかにもいそうな場所、というところには行きたくはないのだ。
「行くも行かないも、もう、決めちゃったしね、所長の独断で」
どうやら、強制的に連れていくつもりであるらしい。俺はここで拒んだところで、どうせ本人は上の空で聞くのが相場だ。何の反論もせず、「なぁ、巫女なんだし、霊とか浄化出来るんだよな」と、敢えて訊ねてみると巫弥は「出来ないことはないけど、不完全にかな。浄化の類なら、関東の方にいる浄見家にでも頼みなさい。あそこなら、どんな不浄でも払い落してくれるわよ」と、まるで医者を紹介されるかの如く、返された。
「あぁ、浄見家か。有名だよね」
「神道一家において、知らない人はいないからね」
「そんなに有名なの?」
特に神道に興味があるわけでもない。これといって触れない分野であった故に、浄見家なんて聞いたことは一切なかった。衛樹が知ってそうなのは……、なんとなく性から予想が出来る。
「まぁ、不浄を嫌う異端的神道一家って覚えておけばいいわよ。とにかく浄化したくなる人達の集まりみたいな感じかしら」
それだけの与えられ、俺の胡乱な頭に広がる想像は、境内を塩で凝り高めた、異常な程の清め。そんなことが浮かぶのだが、甚だ間違えっていることだろう。
「とにかく、円城に憑いてたら、そうね、一緒に成仏させてあげるから心配しなくていいわよ」
「おい! 俺を殺すつもりかよ!」
「南無……」
巫弥はおどけて言っておきながら、衛樹は合掌して俺に向かって言った。こいつら、本気で俺を成仏させる気なのだろうか。
「ま、円城に憑いたところで、得なんてないから大丈夫よ。霊にだって、そこのところわかるでしょ」
酷い言われようだが、慰められているような、貶されているような、複雑な気持ちを今の俺は抱いていた。
「慰めてくれてありがとう。悪意として受け取っておくよ」
「あら、機嫌を悪くしたかしら? オホホ、ごめんあそばせ」と、巫弥は俺をからかっては、楽しんでいた。
◇◇◇
三時頃、衛樹と巫弥は帰っていった。事務所に戻って、包帯巻きの魔術士と神隠しサイトのことについて調べるらしい。どちらも暗礁に乗り上げているようで、俺もそちらに行けない分、こちらはこちらで何とかしたかった。かといって、情報源であるパソコンが扱えるわけでもなし。新聞紙は契約しているものの、地元ニュースを大半を占めている為に、世間を騒がす記事が然程載っていない。取り分け、事件についての調べ物は一切出来ない。パソコンを扱うとなると、琥凛や須雀の手助けがいるが、流石に二つの事件を調べるのには、一人の方が些か気が楽だ。巷で起こっている事件を、好き好んで調べるなど、俺の趣味ではない。二人の妹に誤解を与えそうで億劫になっていた。
旅館の厨房入りしたのは、三時半だ。中は然程人はいない。長と俺ともう一人下っ端が一人の計三人だけが、既に厨房入りしていた。
「相変わらず早いや円城は」
長が言う。恰幅のある格好は、長年ここを勤めあげてきた結果である。今年で五十歳になっても、未だに現役である。包丁捌きと火加減は、誰にも負けない確固たる自信を持っていた。長は誰よりも早く厨房にやってきては、調子を伺う。それは至極当然の行為であり、俺はそれを自然と見習っていた。下っ端の一人もそうなのだろう。
下っ端は俺より若干年下だ。若々しい料理人は、日々努力しては幾度との挫折を繰り返してここにいる。巫弥に似て努力家であった。将来は、どこかの旅館の厨房を任せられる程の腕に磨きをかけたい、との夢を抱いて。
「長こそ、一番乗りじゃないんですか?」
「アハハ、実はそうじゃないんだ」
長は笑っては下っ端に眼をやる。どうやら、下っ端が一番乗りだったらしく、さらに三十分前にはここにいたらしい。それには俺は驚いた。
「いやー、なかなかいないよ。俺を差し置いて、やってくるなんてさ。最近じゃ、ギリギリの時間まで寝てやがる奴もいるかなら。
いっそのこと君に、長を任せちゃおうかな」
またもや高笑いをしては、調理器具の調子を伺う。長もそろそろ後を継ぐ者を考える必要があるのだろう。いつまでもこの厨房にられるわけではない。こうして、毎日誰よりも早くやって来るのは、誰よりも多くこの厨房と触れ合っていたいのだからだろう。
「よし、大丈夫そうだ。さて、今回も忙しくなるぞ。二人とも、いいな?」
一通り点検を終えた長は、ハッキリとした声で俺と下っ端に言った。俺も下っ端も、「はい!」と威勢のいい声をあげた。
それから、数時間、食物との戦いが繰り広げられたのは言うまでもない。取り分け、気の抜けぬ戦いである。下拵え、火加減、包丁の切り具合、味付け、皿の盛り方。全てに長の拘りが盛り込んである。俺はその片手間に加えられてもらえるのが、嬉しかった。
長の、その楽しい一時を、せめての気持ちで楽しんでもらいたかったからだ。
調理を一通り作り終えたのは、八時過ぎだ。客は誰しもが同じ時間帯に食事をするわけではない。各々の理由があり、食事する時間はバラバラである。故に、厨房はフル稼働していなければ、間に合わなかった。取り分け団体もいるので、一際だ。
決戦場と化していた厨房を抜け、旧旅館の自室に向かう。途中、渡り廊下から、庭に咲き誇る向日葵を見ては、訝しんだ想いを抱いては通り過ぎる。
どうも、この廊下を渡るには、あの向日葵は些か気になってしかたなかった。
自室に戻っては、早速座椅子に腰掛けて、茶を一杯用意する。時折、客が礼にとくれるお茶は、そこらの茶葉よりも格段に美味い物が多く、仕事の疲れさえ忘れさせてくれるものばかりであった。
今回飲んでいるのは、先々週に来たお客からもらったお茶である。旅館を大いに気に入っていた一人の客であり、毎年訪れていた。たまには何かお返しがしたい、とその客は地元の茶葉を持参して持ってきてくれたのだ。
茶に舌鼓を打っていると、コンコン、と扉を叩いては「珀さんいます?」と、声がした。「俺はいるけど」と返事を寄こすと、「ちょっと折り入って相談がありまして……」と、扉越しに訪問者は言う。声からして、琥凛や須雀ではなかった。
腰を上げ、扉に向かっては開ける。
扉を開けると、そこには、一人の仲居さんが立っていた。息子持ちの住み込みの仲居さんが、何故ここにいるのか、最初のうちはわからなかった。やがて、「あぁ、お邪魔だったかしら?」と仲居が言い、「いや、全然。邪魔もなにも、一人だったんで」と返事を寄こす。そして、愛想笑いを浮かべていると「じゃあ……、あの、ちょっとこれ見てほしいの」と、一つの日記帳を俺に手渡した。
――日記帳は、古惚けた物だった。長年使われ、埃塗れとなっている。酷く汚れ、その汚れは頑固となり、年期が入っていることを克明に示している。表表紙には『BLY』と書かれていた。
日記帳を渡され、「これがどうかしたんですか?」と尋ねる。仲居は日記帳から視線を逸らして言った。
「いや……、その、お客さんがね、これを見付けて、中身を見て気分を害したそうなのよ……。それを訊いて、私もちょっと中身を見てみたんだけど、それが……、その……」
仲居は喉に言葉を詰まらせながら、まるで押し出すかのようにして言った。俺は眉を顰めながら、日記帳を開いた。
――痛かった。心も身も、全てを無慈悲によって傷つけられた。そんなの、毎日耐えることは出来ない。だから、忘れようとした。痛みなんて忘れてしまえば、耐えられる。そう思った自分は、自分を人形と蔑み、主の玩具と蔑み、二人の為にも、役を一挙に引き受けた。
全思考が停止する。時を忘れ、空間を忘れ、ただこの日記に没頭する。全ての気をこの日記に持っていかれた。故に、この場に仲居がいることを暫し忘れてしまっていた。
日記と呼べるものだろうか、これは。何と言ったらいいのだろう。
最後に書いてあった。
――我が身は、食虫植物。人を喰らい、主の望みを叶える存在でしかない。
「珀? 珀ちゃん!? ど、どうしたの!?」
完全に固まってしまった仲居が、俺の肩を揺さぶった。頭ががくがくと揺れ、意識は取り戻されていく。
現実へと引き戻され、仲居と眼があった。
「だ、大丈夫!? は、珀ちゃん!?」
噂で出回っていた、食虫植物というキーワードが、何故ここに書かれているのだろうか。人を喰らい、主の望みを叶える存在でしかない。なら、他に存在価値はないと言いたいのだろうか。不可解過ぎて、思考はもはや強制停止する。
一刻も早く、巫弥と衛樹に相談が必要だろう。そう踏んだ俺は、「あ、あの、こ、これ預かっていいですか?」と狼狽しながら訊ねると、「べ、別にいいけど……。本当に大丈夫?」と返事を寄こすのに、俺はそれさえもどこ吹く風で、身支度を済ませると、すぐさま家を飛び出した。
◆◆◆
準備は整いつつある。もはや、この身も限界だ。自分自身を人間ではなく、人形と見てきた。壊れかけている。主に弄ばれる一種の玩具に過ぎない。そうやって、自分自身を人間と見定めたくなかった。人間は、感覚がある。それが嫌だった。自分が、一番嫌う感覚。それは痛感。日々、身体を痛みで苛まれてきた自分にとって、それは付き合い切れない感覚だ。痛感を日々感じていたら、この身などとっくに朽ち果ててしまうだろう。だから、自分は忘れようとした。痛感を忘却し、この身が傷つかないように。
全ては、ある者への贖罪。片やある者への憧れや夢を守る為に。それを全て背負って、自分はいる。それ以外の存在の価値などないのだと、思っている。自分が背負った命運は、過酷も甚だしい。とてもじゃないけど、独りでは耐えられないものだ。でも、二つの思いを背負って、自分が生き永らえてきた。それ以外の生の実感を感じず、生涯をもう少しで果たそうとしていた。
縁側で遊ぶ自分と狐。人を喰らうとするその九尾の狐は、自分の前では愛くるしい行動を見せてくれる。雪のように白いその毛並みは、触るとフサフサしていて、気持ちよかった。
顎を擽ってやると、気持ちよさそうに瞳を瞑らせるところ、普通の動物と似ている。まるで猫のように、じゃれてくるのだ。またそれが愛くるしかった。
「長かった……。こうして、何もかも終わらせられる。終わったら、潔く去るつもりなんだ。こんな汚辱に染まった自分を、誰も欲してはくれないし、欲しようともしない……」
自分の身体は、幾度となく異性に犯された汚辱に染まる者でしかない。そんな穢れ切った人を誰も求めてはくれないだろう。それに、この手は真赤に染まる。幾度となく、身体を断裁してきた。この身は、もう、人間という概念を自ら破棄する以前に、破棄せざるを得なかった。どうせ、死んだら地獄行きだろうな。閻魔大王はどんな御方なんだろう。なんて、馬鹿馬鹿しい空想を広げては、日々泣いていた。
決して表では出せないこの感情。悟られたくない。その一心で、いつも表情が絶えぬようしてきた。裏ではそれが耐えられない。
泣き崩れる自分に、妖狐が近づいてくる。慰めてくれている。小さな舌を出しては、自分の涙を拭きとった。
「あっ、ごめんね。しょっぱかったでしょ」
そんな馬鹿馬鹿しいことを言っては、自分を安静しようとする。
今宵も更けていく。
着実に計画は進んでいく。全ては背負った命運の為に、この身を尽く。
◇◇◇
事務所に着いたのは九時過ぎであった。幸いにも二人は事務所にいて、突然訪れた俺に、驚愕の表情を隠せずにいた。珍しく、稜治さんの姿も見受けられた。
「え、円城、どうしたの!? 仕事は!?」
巫弥が心配そうに駆け寄ってきた。それもその筈だ。外は雪が降り始めており、それも強風に煽られて横殴りの雪がちらついていた。ただ外を歩くだけでも、億劫になってしまう中、俺がやってきたことに、些か不安を抱いていた。
「そ、そうだよ。何かあったのか!?」
ここまで来るのに全力疾走で来ていた俺は、息が詰まり、上手い具合に話せそうになかった。
何度も嗚咽をしながら「こ、これを」と日記を手渡すと、机に腰掛けた。腰掛け、息を落ち着かせながら、日記を受け取った衛樹に視線を移す。
衛樹は日記を開いては、眉を顰めていた。不穏な物を感じ取っているのだろう。真剣な面持ちで、その面持ちは終始変わることはなかった。一通り読み終えると、巫弥に渡した。巫弥も衛樹同様だった。
読み終えた巫弥がすかさず俺に訊ねた。
「これ、どうしたの?」
「旅館の客かな? 拾ったらしくて、届けてくれたんだ」
「旅館の客が?」
巫弥は眉を一層顰めていく。中身は、大概が神隠しサイトについてのことが書かれていたのだ。本来の依頼について、何か発展を見出せそうで、巫弥は必死に何度も日記を読み返した。
「何なのかしら、これ。表紙には、英字で書いてあるし……、なんて読むのかしら」
そう言って、この場にいる者全員に訊ねた。俺は無論「いや、わからない」と答え、衛樹も「英語ってわけでもないよな……。その組み合わせは見たことがない。術の短絡詠唱の文字でもなさそうだし……」と、魔術的面からの視点さえ、このタイトルは意味が見出せなかった。稜治さんも「頭文字かな……。でも、BLYって……、なんだ」と、三者三様の意見を出し合ったが、結局のところわからず仕舞であった。
「円城。本当にこれは客が持って来たものなのよね」
衛樹が俺に問う。
「その筈だけど。まあ、俺は間接的に住み込みの仲居さんからもらったんだけどさ」
「仲居さんから?」
「俺からしてみたら、持って来た仲居さんが、書くような内容じゃないんだよな……」
「これを言っちゃ悪いかもしれないけど、珀の妹さん達が書くとも思えない」
衛樹の物言いに、俺は少し黙ってしまった。
琥凛と須雀。共に仲のいい妹であり姉妹である。これといって、こんなことを書きそうな人物ではない。ましてや、客が拾ったとなると、わざとこれを落としたということになる。これの日記は、悪戯も行き過ぎだ。悪戯好きな琥凛とて、こんな度の行き過ぎた悪戯はしない。かといって須雀が隠れてこそこそするような人物でもない。
となると、誰がこの日記をあの旅館に置いたのだろうか。旅館にやって来る客は、無数にいる。何かを狙ってやってくるわけでもないし、他旅館の悪戯とも考え難い。
「それに、この日記を読ませてもらって思ったんだけど、書くことが緻密過ぎるわ。あんまり口にしたくはないんだけど、人体の切断する際の詳細までもが記されてるし」
そこまでは読んでいないので、俺は何とも言えないのだが、想像はつく。四股分断、内臓露呈、筋肉剥離、血の抜き取り。これらの噂を耳にしたから、その詳細が乗っているとなると、想像では補えるものではないだろう。
医者や検死官でない限り、人体の詳細など知る者は数少ないだろう。ましてや、趣向者ならともかく、一般が扱う分野ではない。悪戯とて、その詳細を描き出すなど、馬鹿馬鹿しいことでもある。
巫弥にその一場面を見せてもらったのだが、確かに詳細が乗っていた。どこに内臓があるのか、どこに骨があるのか。それも名称までもがハッキリと記されている。人体解剖学じゃあるまいし。
「仲居が持ってるなんて、変な話だし、御客が持ってたっていうのも、どこからか拾ってきたかもしれないし……。この日記の出所が不明よね……。そこが腑に落ちないわ」
巫弥はデスクに座って、日記と睨めっこをする。何かを見付けだそうと躍起になるのもの、かえって何も見出せず、暗礁に乗り上げていくばかりであった。
「そういえば、稜治さん。警察の方では、最近の事件で動きとかないんですか?」
手の空いた俺は、稜治さんに訊ねていた。自宅謹慎をしている稜治さんではあるが、何か知っているかもしれない、と踏んだ俺。当の本人は「同僚から訊いた話だが、一向に捜索は進まずに、迷宮入りだとよ。つまり、俺達には手が負えないってことだ。まあ、裏世界のことなんざ、表世界に住む奴らには不可解なことが多過ぎるからな。事件解明が暗礁に乗り上げるのも無理はないし。それにしても、使えないやつばかりだぜ」と、最後には暴言を吐いておきながら、現状を教えた。何から何まで、稜治さんらしい。見るところ、至って健康そうだ。自宅謹慎しようが、この人にとっては然程苦痛ではないようだ。
警察とて、最近の遺体破棄事件について、血眼になって犯人を捜しているという。ただ、犯人の手掛かりは皆無に近く、何一つ進んでいないという。もし、稜治さんが、この事務所を訪れなかったら、ずっと事件については迷宮入りして、先に進まないだろう。
そういえば、日記以外にも、一つ訊ねたいことがあったのを、俺は思い出した。この場にいる皆に問うた。
「冬に咲き誇る向日葵って知ってる?」
「冬に咲き誇る向日葵? 円城、僕を馬鹿にしてる?」
「唐突に何よ。冬に咲き誇る向日葵だとか、意味のわからないこと言わないで頂戴。私は日記で手一杯だって言うのに……」
「冬に咲き誇る向日葵、か。なんだ? 小説のタイトルか?」
三者三様の返事が返ってきた。誰一人として、冬に咲き誇る向日葵に、何とも思ってないらしく、俺の冗談だと捉える。これは冗談ではない。事実、俺の庭で綺麗に咲いているのだ。
その真意の程を伝えると、衛樹が喰いついた。巫弥と稜治さんは、そのまま日記に没頭している。
「向日葵は基本的に冬には咲けないよ。常識だと思うけど、基本季節が夏あたりに咲く花だからね……。こんな真冬の時期に咲くなんて、変な話だよ」
「そうかもしれないんだけどさ……」
事実、咲いてしまっているのだから、俺としても食い下がって己の意見を投げ掛けた。
「でもさ、俺の家の庭に咲いてるって、どういうことだろ」
「悪戯か何かだろ、どうせ。気にすることないさ」
最終的には衛樹にさえ相手してくれなくなり、この話題は萎れてしまった。また、聞くのも不粋なので、この話題は今度に持ち越そう。
俺達は相変わらず日記に食いさがっていた。何か見付けられないだろうか、と皆総出でやってみるものの、なかなか見つかることがない。一向に暗礁に乗り上げるばかりで、舵が一切利かなかった。
「あぁ、もう。中に書いてあるのが、不可解過ぎて、駄目だわ。円城、これ返す」
巫弥が諦めがついたようで、俺に日記を返すと、給湯室へと向かった。茶でも一杯用意してくるのだろう。
日記を返され、俺はそれを自分のデスクまで持っていくと、改めて開いてみた。
中に書いてあるのは想像を凌駕することばかりが、まるで悪鬼羅刹の如く書かれてある。どれもこれも、温厚な記事とは呼べない。
「皆、休憩がてらお茶でもどう?」
巫弥が給湯室から顔を出して、俺達に問う。その問いに、稜治さん以外は茶をもらうことにした。
「稜治さんは飲まないんですか?」
不思議に思った俺は、つい問い質していた。
「俺がか? 何言ってんだよ、姪の茶なんているかよ。何の毒が盛られてるかわからんからな」
なんて言いながら、罵詈を含めた返事を俺に寄こした。当の本人には聞こえていないようすで、衛樹は「毒って……」とささやかに突っ込んでいた。
「巫弥が毒ですか……? 因みに何の?」
「青酸カリとか」
「戦時中じゃあるまいし……」
またもや衛樹の突っ込みが飛ぶ。青酸カリとか、今頃手に入るのだろうか。というより、そういうのは警察が取り締まってるだろうし、案外稜治さん薬については詳しかったりして。
「青酸カリ? あぁ、サンプルなら署の方に特別に保管されるぞ」
案の定、訊いてみるとあるようだ。だからといって欲しいわけではないが。
「ん? 円城、もしかして欲しいのか? 多少なら舐めても大丈夫だが」
ニヤリと悪魔のように笑みを浮かべる稜治さん。何を企んでいるのか、些か恐ろしくて何も言えない。稜治さんのことだし、こっそりと持ってきてもなんら不思議ではなかった。
と、そうこうしているうちに、巫弥が盆に人数分の茶碗と急須を持って、給湯室から出てきた。自分のデスクに盆を置き、各々の茶碗に茶を注いで、それぞれ渡した。
茶碗を受け取り、乾いた喉へと流し込む。入れたての熱々とした茶の中にある葉っぱの渋みが、舌の上を躍っている。お茶は巫弥が独自に買い寄せた逸品だ。これといって不味いというわけではなく、どちかというと、渋みが何ともいい味を醸し出し、つい味に翻弄されてはもう一杯欲しくなっていた。
「また飲むの? あんた結構飲むわね」
あまり用意はしてこなかったのだろうか。茶のお代わりを要求した俺に、驚愕の表情を浮かべながら急須を俺の茶碗に傾けた。
「いやー、仄々としますな……」
まるで爺臭いことを言う衛樹。また二十二歳という若さで、その言葉は些か不釣り合い過ぎだ。
「円城? 何ともないか?」
「はい!? い、いきなりなんですか」
突然、稜治さんが俺の視界の中に割り込んできては、ひょんなことを訊いてくる。俺は思わず茶碗を落としそうになったが、そこはなんとか持ち堪えた。
「いや、毒見のことだよ。円城になんともなさそうだし、俺も一杯もらおうかな、所長」
「俺も一杯頂戴!」と言わんばかりに手をあげては巫弥に頼んだ。当の巫弥は「わかったわ、なら稜治には特別な物を用意してあげようかしらね」と、悪魔の頬笑みを浮かべながら、給湯室へ向かおうとする。
「ちょ、ちょっと待った! お前、何か企んでるだろ!」
「あら、ご察しがよろしいことで」
オホホホ、と高笑いする悪魔の巫女は、そのまま給湯室に姿を眩ませた。それを追って、稜治さんの姿も消える。残された俺と衛樹は、お互いに顔を合わせては微苦笑するだけだった。
時間は既に十二時を過ぎている。日にちが変わってしまった。明日は午前中は非番なので、遅く帰っても大丈夫なのだが、あまりに遅くに帰るのも憚れる。巷である事件のこともあり、早めの帰宅を言い渡されていた。
俺が事務所を出ると、他の皆もそれぞれが帰宅路に足を乗せる。取り分け、巫弥と衛樹は「護衛」だとか言って、俺の家にまでついてくるようで、それを見兼ねた稜治さんが「まるで大統領みたいな扱いだな」と、俺を言葉で弄んだ。
「二人とも……、な、何だか護衛だとか言われると帰り辛いんだけど」
「あら、そう? なら、突然襲われてもいいってわけ?」
「そうだよ、円城」
俺の物言いは、咄嗟に二人によって鎮圧されてしまった。
こないだの一件があり、包帯巻きの魔術士に、顔は知れている。あの事件現場を見ているということになると、もしかしたら口封じに襲われる可能性があった。取り分け、俺は対抗策なんて持っておらず、襲われたらそれで終わりだ。巫弥も衛樹も、それだけが心配であった。
「そ、それは嫌だな……。もしかしたら、殺されるかもしれないわけでしょ」
「まあね。円城のことだから、簡単にやられそうで恐いよ」
「本当よね」
衛樹も巫弥も、どうも気が合うみたいで、一緒に自宅まで着いて行くことに、二人とも何ら咎めもなかった。まあ、俺としても嬉しいわけである。場合によっちゃ、襲われ殺されるわけだから、それはそれで嫌な思いである。
事務所を出て、すぐに稜治さんと別れ、俺ら三人は、俺の家めがけて歩き出した。
外は雪が降り続いていた。凍てつく寒さが、容赦なく身体を襲ってくる。肌は強張り、声を出すのさえ億劫になっていた。取り分け深夜ということもあり、外の気温は一層下がっていた。
繁華街を離れ、山道に入る。山道は、銀世界に染まり、白き絨毯がどこまでも続いていた。周りに人影はなく、山道にいるのは俺達だけである。無論、そうだろう。好き好んでこんな時間に山道を歩く人物などいないだろう。
山道はやけに静かだ。足許の絨毯を踏むごとに、押し込められたような音が聞こえるばかりで、他の音が一切耳に入って来ない。吐く息は白く、彼方へと消え去っていく。
ふと、静謐としていたこの場に、衛樹の声が舞い込んできた。
「そういえばさ、円城。事務所で、冬に咲き誇る向日葵がなんだとか言ってたけど、寄って行くがてら、見に行っていいかな?」
どうせ、俺の家に寄るんだ。どうせなら見て行った方がいいだろう、そう踏んだ衛樹の提案だった。
俺は何の躊躇もせずに「別にいいけど」と答えた。それに巫弥は「向日葵? あぁ、なんか戯言言ってたわね。まあ、折角だし、珍しい物でも見に行こうかしらね」と、些か半信半疑な答えを出した。ということで、二人とも家の庭に咲く向日葵を見て行くこととなった。
自宅に着く。既に十二時半を回ろうとしていた。玄関にあがると、薄暗い電灯が廊下を灯しているだけで、人の気配など皆無だった。
二人を家にあげると、そそくさと渡り廊下の方に移動する。途中、何人かの仲居さんと挨拶し、やがてたどり着いた。
二人は驚いていた。冬に咲く向日葵が、実在していたことに。
「ど、どういうことだよ。本当に咲いてるじゃないか」
「えぇ、それも満開ってとこかしら。円城、訊くけど、あそこに前から花は咲いてた?」
巫弥に問われ、俺は「いや、突然あそこに」と答えると、質問はそれっきりにして、巫弥は真剣な面持ちで向日葵を見据えた。
「冬に向日葵が咲く……、って変だよ。異常だ。ねぇ、円城。本当に悪戯とかじゃないんだよね」
「異常じゃないわ。あれは至って平常よ」
衛樹の言葉を、巫弥は呆気なく却下した。それには衛樹も解せない面持ちで「どういうことだよ」と答えた。それには俺も同じ台詞だ。
「あれは、ちゃんとした向日葵だわ」
視線を微動だにせず、落ち着いた雰囲気で饒舌に語る巫弥。やはり、俺も衛樹も解せなかった。
「根拠はあるのか?」
「根拠? まあ、あるわよ、そりゃ。ただ、二人にはわからないだろうけど」
巫弥は何か隠しているようだった。答えを急かす俺に巫弥は「まあまあ」と宥めるばかりで、一向に教えてくれる気配がなかった。
「それにしても、あれは危険よ。円城。あの花には絶対に近づいちゃいけないわ」
「何でさ?」
至極当然な返答を俺はしていた。
「あれは、本当の向日葵。でも、何かがおかしい」
巫弥は眉を顰めて、向日葵を一層観察する。俺も衛樹も似たようにするのだが、全然わからなかった。
この場が沈黙する。誰もが巫弥の一言目を欲していた。
「あの向日葵は、言わば貯蔵庫よ。あれは、呪力が籠った向日葵よ」
誰もが唾を飲み込んだ。
あの向日葵は、自生しているわけではない。呪力を糧として生きている向日葵だと、巫弥は言うのだ。
「じゅ、呪力!? なんでそんな物が!?」
「まあ、簡単に言っちゃうなら、呪術士がいるってことでしょ。衛樹だって、宝石に魔力を貯めたりするでしょ」
「まあ、やるけど」
「それと一緒よ。あれはちょっと異質なやり方だけど、それと同等のやり方よ」
巫弥はそれだけを言うと、見切っては背を向けて歩き出す。衛樹もそれについて行き、結局のところ、玄関まで俺は送ることとなった。
そして、玄関で、巫弥は一言俺に言い残していった。
「円城、気をつけなさい。あの向日葵、ただ物じゃないわ。呪力と言っても、呪い類じゃない。呪いの類のね。誰かの仕業か知らないけど、呪い殺そうとしていることは確実よ。呪術士の私が言うんだから」
ただ、一度たりとも後ろを振り返らず、巫弥はただ語っていくばかりだった。そのまま、言いきると、なにごともなかったかのように去って行った。
俺の頭の中には、いつの間にか、誰かを呪い殺そうとしている人物がいる、そのことだけで一杯になっていた。
これといってコメント用意してなかったり……。今はただ、書くことや、次制作予定の“INGENIUM 〜世界からの贈り物〜”のネタ考察したり、と。現状はそんな感じだったり。自由気ままにやってます、はい。今度も変わらんでしょうな。05は何時ぞやの日に、お待ちかねを……。




