第一章 痛感忘却 〜冬に咲き誇る向日葵〜 09
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裏山に二つの影があった。寄り添いあい、一人は笑って、一人は困っていた。
共々、地面に落ちていく太陽を仰ぎながら。
あの日から早一ヶ月が経っていた。
全てが終わり、私は九尾の狐から解放され、助かった。それもこれも、兄さんや巫弥さん、衛樹さんと姉さんの活躍あってのことだった。病院に意識不明として担ぎ込まれ、意識を取り戻した時、何が自分に起こったのかわからなかった。私は、死んだ筈なのに。まさか、ここが天国なのだろうか、と錯覚したが、私には確りと兄さんと姉さんが視界の中に映っていた。
「姉さん……?」
私の第一声はそれだった。何とも拍子抜けな声だというのに、姉さんは何も言わず、ただ涙を流しながらベッドに伏せる私を抱いた。
何が何だかわからなかった。何で抱き締められて、そして姉さんは泣いているのか。表情が強張る。状況を飲み込めずにいた私であった。
「全く、お前って奴は」
兄さんは呆れていた。私にはまだ理解が出来ない。まるで夢心地のようで、本当に天国にいるんじゃないだろうか、と本気で錯覚してしまっていた。思わず私は「ここは天国ですか?」とひょんなことを訊いてしまっていた。兄さんは「何言ってるんだよ、琥凛」と嘲笑うと、姉さんが「貴女が生きててよかった」と、ただ泣いてばかりであった。
「なんで……、何で私は生きているんですか?」
経緯が最も知りたかった。本来なら九尾の狐の使役は、自分の呪術回路的にとって馬鹿げたことであり、死に至ってもおかしくないというのに。いや、寧ろ生存していることが奇蹟に近いかもしれない。
「兄さんがね……。いや、兄さんが友達と一緒に、貴女を助けてくれたのよ……」
姉さんは泣きじゃくっていた。襤褸襤褸の表情なのに、どこか嬉しそうだ。
もしや、九尾の狐を倒したというのだろうか。なんて愚かで馬鹿なことを。
「どうして……」
「どうしてか? んなもん、俺も須雀も、琥凛に消えてほしくないからだろ。違うか?」
「えっ……?」
消えて欲しく、ない? 何故……? 私は消えていい人物ではないのだろうか。
意表を突かれ、言葉を失った。
「俺も須雀も、琥凛が大切なんだよ。友として、兄妹として。欠けることが出来ない程にさ。琥凛がいなくちゃ、円城家から笑い声が消えるしね」
私は大切に思われている……。自分が想像していなかったくらいに。消えてほしくない。友として、兄妹として……。私は、二人に存在感を欲されていた。
裏山に潜む影が伸びていく。太陽はやがて地面を抉り始めた。
「兄さん。ちょっとお聞きしたいことがあるんですか、いいですか?」
琥凛は相変わらずの口調で聞いてくる。俺は「ん? 変なこと言ったら怒るからな」と釘を刺した。
琥凛は笑いながら、徐に話し始めた。
「私は……、兄さんや姉さんを護ることが自分としての価値だったのに、兄さんったら台無しにしてくれましたよね。どうしてくれるんですかー? 今の私は空っぽなんですよ、そんなの嫌なんですけどー」
琥凛は本当に相変わらずだった。
「ん? 空っぽな琥凛ってのもいいんじゃない」
そう笑いながら返事をすると、琥凛は「ムー! 他人事だと思ってー」と怒った。だが、俺はそんな琥凛を無視して続けた。
「空っぽってことはさ、これから何も気にせずに新たな自分を見付けられる。今までは縛りがあったかもしれないけど、これからは、自分の好きなような琥凛になれるんだよ。嬉しいことなんじゃない?」
「んー、そうかもしれませんね。なら、聞きますけど、どんな琥凛がお望みですか?」
「えっ!? 俺の望む琥凛? えっと、そうだな……、うん……、昔みたいな、明るい琥凛がいいな」
そう夕陽を見ながら答えた。若干の間が空いた。琥凛は答えようとしない。俺は訝しんで、振り向こうとした時、頬を突かれた。頬に食い込む琥凛の指に阻まれ、首が動かなかった。
「全く、兄さんったら相変わらずなんだから」
「お前こそ」
――これからは、自分の好きな琥凛でいられる。
――これからは、何ごとにも縛られずにいられる。
――昔のように楽しかった頃の自分にもなれる。
――空っぽも、思えば悪くはない。逆にいろいろと詰め込める。
――ハクちゃんと姉さんと楽しかったあの頃。思えば、輝かしくも手の届かなかったあの想いだって、もう夢じゃない。
――もう……、私は、偽りの琥凛ではなく、本当の琥凛でいられるのだから。
蹂躙命運 第一章 痛感忘却 〜冬に咲き誇る向日葵〜 了
一応、これにて、蹂躙命運 第一章 痛感忘却 〜冬に咲き誇る向日葵〜は終わりです。お疲れ様です。んー、作者側として……、第二章以降の執筆は、現状では未定です……。ちょっと、第一章で反省点が多過ぎて……、続けるのは難しいので……。いろいろと整理してから、次回は書こうと思います。本当に読者さんお疲れさました! 今後ともよろしくお願いします!




