8
12月も半ばを過ぎると、毎週土曜日に全国一斉に模試が行われるようになった。
日曜には予備校でその分析をするというサイクルで、いよいよ本番までのカウントダウンが始まった。
終業式を迎えたその日には、私の合格確率は80%にまで達していた。
レベルが高い大学ではないので、自慢するようなことではない。
話は少しさかのぼり、終業式まで後一週間と迫る日。
その日から健太は学校に来なくなっていた。
イジめられる様な人間ではないし、どこか体調壊したのかと心配した私がバカだった。
予備校には平気な顔してやって来る健太を見たからだ。
「うちのクラスさ、ほとんど推薦で大学決まっちゃって、就職組もだいたい内定もらってるから、周りがうるさくて。授業も実のない内容になってきたから、家でやってた方がいいかなって思ってさ」
「優等生のまさかの発言だね。先生が聞いたら泣くよ?」
「初めて仮病使ったよ」
少しだけいたずらな笑顔だった。
心配かけた私に詫びの言葉はなかった。
私が心配したと思っていないからだ.
そして終業式になり、一週間ぶりに健太は学校に来た。
「お前今日何かある?特にないだろ?飯行かない?」
「別にいいけど」 と言おうとして止めた。
うちの学校の終業式は24日に行われる。
今日がクリスマスイブだと気づいたからだ。
「特にないだろは失礼じゃない?女子なんですけど?」
「マジで?相手いるの?聞いてないぞ!」
「何で言わなきゃなんないの」
「あ~、そりゃそうだな」
健太は少し罰の悪そうな顔だった。
「あんたはいないの?」
「いたら誘わないし」
「いいよ。可哀想だから、ご飯くらいつきあってあげる」
「あれ?彼氏は?」
「いるなんて言ってないし」
「図られた気がする…」
「気のせいじゃない?」
「ご飯行こうって、ファミレス!?」
ドリンクバーから二つグラスを持って席に戻って来た健太に投げつけた。
「ダメ?高校生らしくでいいじゃん!」
「何かもっと、こう…」
「わかってるけど、金ないからしょうがないじゃん。その代わり好きなもん食べていいから!」
「出してくれんの?」
「まあ、そんくらいはカッコつけさせてよ」
「そういうことなら…」
現金な女と言われればそれまでだ。
「いやでもクリスマスにファミレスはさ・・・」
「そのうちな!二十歳になったら洒落たバーにでも行こう!」
「その時にあんたに彼女いなかったらつきあってあげるよ。奢りならね!」
「咲希さ、好きな人とかいないの?」
ハンバーグセットを半分くらい食べ進めた時だった。
「別に。何で?」
「ちょっと気になってさ。そんな話したことないし」
「それ系の話苦手なんだよね~」
ホレたハレた等くだらな過ぎる。
「あんたは?結構モテるって噂だよ?頭も運動神経いいし、顔だってきっと悪くないし、多分良い奴だし」
「多分とかきっととか、随分曖昧だな。好きな人がいないことはないけど、ちょっと違うかな?初恋の人がね…」
「引きずるタイプっぽいもんね」
「まあ、否定はしないけど…。でも小学校だからつき合うとかはないけど。何かな~」
「まだ好きなの?」
「う~ん」
はっきりしない健太を見て、一つ思い出したことがある。
「うちら小学校から一緒じゃん!私の知ってる人?」
「ごめん!やっぱ俺もこの話苦手だったわ!止めよう!」
「あんたから言い出したんだからね!」
よく聞く話は、男は最初の相手を忘れられない。女は最後の相手。
確かに私にも初恋はあった気がするが、全く覚えていない。
ただそれが今のとこ最後の相手でもあるのだから、私の場合は少し違う次元の話なんだろう。
その後はいたって普通の世間話でイブは幕を閉じた。
二十歳になったらお洒落なバーでワインでも飲もうと約束して。
ただファミレスで普通に食事をし、普通に会話しただけなので、10時くらいには帰宅した。
普通に会話しただけ。
普通に会話することすら、数ヶ月前では考えられないことだった。
勉強とは人を成長させるものなのか。
リビングからコーヒーを一杯入れ、自分の部屋に戻った。
「さて、やるか~」
勉強することが義務だった中学までの頃より、当たり前に机に向かうようになっていた。
父からくすねた部屋のコンポからはビートルズが流れていた。
お気に入りの曲が2番のサビに差し掛かる頃に、エアコンが効き始め、過ごしやすい温度になった。
学校は既に冬休みになったので、少し遅くまで起きていた。
その為、次の日はいつもより遅い朝だった。
家にいるよりは集中出来ると考え、朝昼兼用の食事を取り、昼前に近くの図書館に向かった。
今までも土日はたまに来ていたが、とても静かな場所。
その雰囲気が好きだった。 たまに騒いでいる子供達の声と、それを叱る親の声にも心地良さを感じる程、私も大人になったものだ。
夕方になり、一息入れようと外に出て温かい缶コーヒーを手にした。
受験勉強を本格的に始めてから、どれだけのカフェインを接種したであろう。
既に暗くなり始めてる空を見上げると、久しぶりにくだらない事を考えたくなった。
健太が言っていたのは、出会いと経験が自分のキャンバスに色を塗ってくれて、歳を取った時にそれを見る。
と言うことは、そこが人生のゴールなのだろうか?
要はその生涯を終える時がゴール。
では逆にこの世に生を受けた時がスタートなのか?
しかし、自分の人生に当てはめるとそうは思えない。
私のスタートはついこの前のような気がする。
もしかしたら、ゴールも意外とすぐ近くなのかもしれない。
それこそ受験が終わった時がゴール。
だとしたら短距離ランナーもいいとこだ。
ただ、ゴールもわからず走り続けるよりは、近過ぎでも見える範囲に置いておきたい。
そこまで駆け抜けた後に、改めてそこをスタートにすればいい。
よし。これで行こう。
健太に勝るとも劣らない持論の完成だ。
結局は、大学に進学した後のことは何も考えていないということなのだが。
自分で揚げ足を取ってしまうとは、まだ詰めが甘いな。
空き缶をゴミ箱に投げたが、1mも離れた所に落ちたので、捨て直し、図書館に戻った。
最後の一口を飲み干してから五分は経過していたので、大分体は冷えてしまっていた。