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桜咲ク  作者: 水上橋博士
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12月も半ばを過ぎると、毎週土曜日に全国一斉に模試が行われるようになった。

日曜には予備校でその分析をするというサイクルで、いよいよ本番までのカウントダウンが始まった。

終業式を迎えたその日には、私の合格確率は80%にまで達していた。

レベルが高い大学ではないので、自慢するようなことではない。


話は少しさかのぼり、終業式まで後一週間と迫る日。

その日から健太は学校に来なくなっていた。

イジめられる様な人間ではないし、どこか体調壊したのかと心配した私がバカだった。

予備校には平気な顔してやって来る健太を見たからだ。


「うちのクラスさ、ほとんど推薦で大学決まっちゃって、就職組もだいたい内定もらってるから、周りがうるさくて。授業も実のない内容になってきたから、家でやってた方がいいかなって思ってさ」

「優等生のまさかの発言だね。先生が聞いたら泣くよ?」

「初めて仮病使ったよ」

少しだけいたずらな笑顔だった。

心配かけた私に詫びの言葉はなかった。

私が心配したと思っていないからだ.


そして終業式になり、一週間ぶりに健太は学校に来た。


「お前今日何かある?特にないだろ?飯行かない?」

「別にいいけど」 と言おうとして止めた。

うちの学校の終業式は24日に行われる。

今日がクリスマスイブだと気づいたからだ。


「特にないだろは失礼じゃない?女子なんですけど?」

「マジで?相手いるの?聞いてないぞ!」

「何で言わなきゃなんないの」

「あ~、そりゃそうだな」

健太は少し罰の悪そうな顔だった。


「あんたはいないの?」

「いたら誘わないし」

「いいよ。可哀想だから、ご飯くらいつきあってあげる」

「あれ?彼氏は?」

「いるなんて言ってないし」

「図られた気がする…」

「気のせいじゃない?」


「ご飯行こうって、ファミレス!?」

ドリンクバーから二つグラスを持って席に戻って来た健太に投げつけた。

「ダメ?高校生らしくでいいじゃん!」

「何かもっと、こう…」

「わかってるけど、金ないからしょうがないじゃん。その代わり好きなもん食べていいから!」

「出してくれんの?」

「まあ、そんくらいはカッコつけさせてよ」

「そういうことなら…」

現金な女と言われればそれまでだ。


「いやでもクリスマスにファミレスはさ・・・」

「そのうちな!二十歳になったら洒落たバーにでも行こう!」

「その時にあんたに彼女いなかったらつきあってあげるよ。奢りならね!」


「咲希さ、好きな人とかいないの?」

ハンバーグセットを半分くらい食べ進めた時だった。

「別に。何で?」

「ちょっと気になってさ。そんな話したことないし」

「それ系の話苦手なんだよね~」

ホレたハレた等くだらな過ぎる。


「あんたは?結構モテるって噂だよ?頭も運動神経いいし、顔だってきっと悪くないし、多分良い奴だし」

「多分とかきっととか、随分曖昧だな。好きな人がいないことはないけど、ちょっと違うかな?初恋の人がね…」

「引きずるタイプっぽいもんね」

「まあ、否定はしないけど…。でも小学校だからつき合うとかはないけど。何かな~」

「まだ好きなの?」

「う~ん」

はっきりしない健太を見て、一つ思い出したことがある。


「うちら小学校から一緒じゃん!私の知ってる人?」

「ごめん!やっぱ俺もこの話苦手だったわ!止めよう!」

「あんたから言い出したんだからね!」


よく聞く話は、男は最初の相手を忘れられない。女は最後の相手。

確かに私にも初恋はあった気がするが、全く覚えていない。

ただそれが今のとこ最後の相手でもあるのだから、私の場合は少し違う次元の話なんだろう。


その後はいたって普通の世間話でイブは幕を閉じた。

二十歳になったらお洒落なバーでワインでも飲もうと約束して。


ただファミレスで普通に食事をし、普通に会話しただけなので、10時くらいには帰宅した。

普通に会話しただけ。

普通に会話することすら、数ヶ月前では考えられないことだった。

勉強とは人を成長させるものなのか。


リビングからコーヒーを一杯入れ、自分の部屋に戻った。

「さて、やるか~」

勉強することが義務だった中学までの頃より、当たり前に机に向かうようになっていた。

父からくすねた部屋のコンポからはビートルズが流れていた。

お気に入りの曲が2番のサビに差し掛かる頃に、エアコンが効き始め、過ごしやすい温度になった。


学校は既に冬休みになったので、少し遅くまで起きていた。

その為、次の日はいつもより遅い朝だった。

家にいるよりは集中出来ると考え、朝昼兼用の食事を取り、昼前に近くの図書館に向かった。

今までも土日はたまに来ていたが、とても静かな場所。

その雰囲気が好きだった。 たまに騒いでいる子供達の声と、それを叱る親の声にも心地良さを感じる程、私も大人になったものだ。


夕方になり、一息入れようと外に出て温かい缶コーヒーを手にした。

受験勉強を本格的に始めてから、どれだけのカフェインを接種したであろう。

既に暗くなり始めてる空を見上げると、久しぶりにくだらない事を考えたくなった。


健太が言っていたのは、出会いと経験が自分のキャンバスに色を塗ってくれて、歳を取った時にそれを見る。

と言うことは、そこが人生のゴールなのだろうか?

要はその生涯を終える時がゴール。


では逆にこの世に生を受けた時がスタートなのか?

しかし、自分の人生に当てはめるとそうは思えない。

私のスタートはついこの前のような気がする。

もしかしたら、ゴールも意外とすぐ近くなのかもしれない。


それこそ受験が終わった時がゴール。

だとしたら短距離ランナーもいいとこだ。

ただ、ゴールもわからず走り続けるよりは、近過ぎでも見える範囲に置いておきたい。

そこまで駆け抜けた後に、改めてそこをスタートにすればいい。


よし。これで行こう。

健太に勝るとも劣らない持論の完成だ。


結局は、大学に進学した後のことは何も考えていないということなのだが。

自分で揚げ足を取ってしまうとは、まだ詰めが甘いな。


空き缶をゴミ箱に投げたが、1mも離れた所に落ちたので、捨て直し、図書館に戻った。

最後の一口を飲み干してから五分は経過していたので、大分体は冷えてしまっていた。

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