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11月も終わろうとしていた。
その日の朝は流石に起きるのが辛かった。
たかが10分程度の運動でも体の節々が痛い。
次の日に来ないだけまだ若いのだろうが。
学校でも予備校でも、ほぼ実戦的な学習に変わってきている。
この期間で成績が伸びてる私を、担任の八島も、講師の「いっちゃん」もとい「一戸」も絶賛している。
一浪すれば、兼ねてから希望していた神奈川の大学にも届くと。
冗談じゃない!
神奈川の大学に魅力を感じたわけでもないし、何よりお寿司の為なのだ。
私は変わらず、北海道を志望することにした。
センター試験まで二ヶ月を切ると、どうしても周りはソワソワし始める。
しかし私はさほど焦りは感じなかった。
英語の勉強と称して、ビートルズを和訳してみたからなのだろうか。
聖母マリアが賢い言葉をくれた。
成すがままに…
よくわからない。
ジョン・レノンやポール・マッカートニーと同じ時代に生きたとしても、恐らく友達にはなれなかったであろう。 ようやく英語の模試で、半分行くか行かないかからだ。言葉の壁は思ったより厚い。
「もういいよ。後はセンターまで一人でやるから」
「大丈夫か?」
「勉強の仕方は何となくわかったから。あんただってそろそろ締めに入りたいでしょ?」
万が一健太が受験に失敗した時、私のせいにされたくはない。
「まあ、教える側も勉強にはなるんだけどな」
「わかんないとこあったら聞くから大丈夫」
「そっか。お前もかなり基礎固まってきたし、ここまで来たら俺が口挟むとこじゃないかもな。じゃあ、お互い頑張ろうな!」
免許皆伝といったとこだろう。勉強してるフリではない。今の私なら大丈夫。
自分に言い聞かせ、健太を見送った。
深夜一時。お気に入りのマンガは本棚の中で順番通りに整列している。
最近は主に構ってもらえない為、少しだけ埃が被っていた。
ペンを置いた私は、ふと窓の外を眺めてみた。
通った車のライトが眩しく、すぐに窓を閉めベッドに仰向けになった。
これまでのこと。これからのことを考えた。
北のキャンパスで笑っている自分を想像し、少しだけ笑った。
自分が行く道に何があるのか…
色々考えたが、やっぱり答えは出なかった。
今はまだ答えを出すべきではないだろう。
電気はついたまま、気づけば眠りについていた。
母が持ってきたコーヒーが冷めていくのもそのままに。
「どうだ?勉強の方は?」
これは父の決まり文句だ。
「まあ、ぼちぼち…」
これは私の決まり文句。
「この前の模試良かったもんね!」
これは最近の母の決まり文句だ。
「いくら点数取っても、模試だしね」
自分ではカッコいいことを言ったつもりだったが、
「咲希。結果はどうあれ、自分が後悔しないように頑張りなさい」 という父の言葉にはちょっとかなわなかった。
後悔。
今自分がしていることは、「頑張っている」とは思う。
他にすることがないので、辛いとは思わないが。
成績に関しても、スタートはもう落ちるとこがない程下にあったので、伸び悩むこともない。
これで失敗して後悔するだろうか? その時にならなきゃわからない。
「やらないで後悔するより、やって後悔した方がいいんじゃない?」
予備校の帰りに、今朝の家族の会話を健太に漏らしたら、そんな言葉が返ってきた。
「何もしなきゃ何も始まらないだろ?行動起こして失敗したなら、次に繋がるしさ!」
「あの時あーしたらとかが?」
「バスケでもさ、試合後にたらればを言い出したらキリがないけど、それ言わなきゃ何も成長しないし」
健太は「ん~」と一つ伸びをした。
これはクサい台詞を言う前兆だ。
「俺さ、人生に無駄なことなんて一つもないと思ってるんだ」
昔聞いたことがある。
あの時は、全ては無駄から、つまり無意味から構成されていると返した。
「例えば受験でもさ、意味なく無駄に過ごした時間があっても、それが無駄だと気づけただけ、無駄じゃないんじゃないかな?」
「私のこと言ってるの?」
「例えばだよ!でも自分でそう感じてるんなら、それも無駄じゃない」
何だろう?教師と言うか、ドラマの教師役の方が向いているのでは?
それを口にしないだけ、私も丸くなったものだ。
その夜、久しぶりに夢を見た。
夢を見ても朝になれば大抵覚えていないことが多いが、その日は鮮明と思い出せた。
鮮明と言えば綺麗な夢に思えるかもしれないが、何のことはない。
ただただ真っ暗な道を一人でひたすら歩くだけの夢だ。
途中つまずいたりもしたが、それでも歩き、ある扉を開けた。
その扉の先には真っ白く美しい光景があった。
部屋の真っ白な天井である。
要は扉を開けた瞬間目が覚めたのだ。
結局、その先には何があるのはわからないままだった。