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桜咲ク  作者: 水上橋博士
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5

私の一大決心より、一週間程経ったある日のことである。

朝方、黒いマフラーを首に巻き、私はあの公園のベンチにいた。

辺りには枯れ葉もなくなり、いよいよ冬の訪れを身を持って感じた朝だった。

外にいる時は常にイヤホンから音楽が流れているので、風の音すら感じなかった。


冷えた頬に押しつけられた暖かいアルミ缶は、暖かいと言うより熱いと表現した方が正確だろう。


「びっくりした!何!?」

「怒んなよ!ほい。おごり」

腹立たしい程爽やかな笑顔の健太だった。

「バイトは?」

「今終わって帰るとこ。たまたま見かけたからさ」

隣に腰掛け、二人で缶コーヒーを開けた。


「この公園よく来たな~」

「遅くまで遊んで、よく親が迎えに来てたよね」

「こんなに小さな公園で何が楽しかったんだろうな?」

「楽しくなくても夢中になれるものもあるんじゃない?」

健太の爽やかな笑顔から憎たらしい笑顔に変わり、ニヤニヤよ私をみていた。


「何さ?」

「いや別に。模試の結果は?合格率どれくらいだった?」

「60パー」

「やるじゃん!このまま行けばイケるって!」

「あんたは?」

「85。本番までに90代には持って行きたいな!」

「後ちょっとじゃん!」

「頑張らないと。みんな頑張ってるんだから!」


「うちの部の後輩達、先週県でベスト4の強豪に勝ったんだってさ!練習試合だけど」

「へぇ~」

正直全く興味はなかったが、健太は自分のように嬉しそうだった。

「お前さ、新井に何か言った?」

「新井?」

「一回会ったろ?バスケ部現キャプテン」

ああ。新井くん。きゃぷてんか。


「あいつさ、健太さんの彼女さんに叱られたって」

ん?ちょっと待て。


「何であんたの彼女が私なの!?」

「勘違いしてさ。てか、わかっててもそういう風に持って行きたいんだろ」

「勝手な妄想は止めさせて!」

「どーでもいいじゃん!何かさ、俺の代わりに全国行くんだってさ。泣かせるよな?」

泣きはしないだろ。


「可愛がってるんだね。新井くん」

「まあね。割りと慕ってくれてるし。メンタル面はあんまりたくましくないけど、自信持てば絶対いいプレーヤーになるさ!」

「健太って何でバスケ始めたんだっけ?」

「何でだろ?中二の終わりかな?背あったから誘われて…」

健太の背が伸びたのは中二からだったはず。


「でも三年になるとすぐ引退だろ?結局レギュラー取れないままだったから。何か中途半端でさ、高校では本気でやろうってさ」

「カッコいいこと言うじゃん。部活楽しかった?」

「楽しかったよ!お前も大学入ったらやれよ!」

「バスケなんか…」

「バスケじゃなくてもさ。いいもんだぞ!仲間と先輩と後輩と…」

「楽しそうに話すね~。良い人生送ってるね」

皮肉?うん。きっと皮肉だろう。


「楽しいさ!生まれてきて良かったって思うくらい!」

「即答?呆れる程幸せだね」

「咲希は?楽しくないのか?」

「そんな風に考えたことない…」

よく生まれてきた意味など、ひどく悲観的に考えたりしたものだが、最近は暇つぶしに忙しかった。

それでも楽しいなんて考えたことはなかった。


「持論だけどさ。人生って真っ白なキャンバスだと思うんだ」

恥ずかし気もなく人生観を語れる健太が怖い。

「ひとつひとつの出逢いや経験が、そのキャンバスに色を塗ってくれて…。でさ、爺さんになった時にキャンバスに描き上がった絵を見て、楽しい人生だったな~って思えたらめちゃめちゃ素敵じゃね?」

めちゃめちゃ素敵。いつか見たバラエティの司会者も言ってた気がする。


「だとしたら、私のキャンバスは随分ドス黒いわ。もう真っ黒!」

「バカ!それはお前が目を閉じてるからだよ!目開けてみな?絶対キレイな色で描かれてるから!」

少しだけ笑ってしまった。


「いつか教え子が出来たら、卒業式に言ってやんな!」

「笑うなよ!言ってる方だって結構恥ずかしいんだから!」

「聞いてる方はもっと恥ずかしいよ!」

「キツいな~」

飲み干した空き缶をゴミ箱にナイスシュートし、一つ伸びをしながら呟いていた。


「大羽咲希。良い名前じゃん!大きく羽ばたけば希望が咲く!」

「何?今度は金八先生?それとも大喜利?」

「お前のツッコミには愛がない!それにボケてるわけじゃないし!」

笑いながら立ち上がり、 「腹減ったし、帰るかな?お前は?」

「もうちょっと風にあたる」

「随分冷たい風にあたりたがるんだな~。風邪引く前に帰れよ!」

自転車にまたがり、そのまま走り出した。踏みつける枯れ葉は既にない。


帰宅してから、先週の模試をやり直し、ようやく現国、数学、英語が全て満点を取れた。

ほとんどカンニングに近い。

問1は3。問2も3。問3は1。こんな具合だ。満足感も何もない。


トーストを一枚かじり、家を出た。

イヤホンが壊れてしまったのでスマホからいつもの曲は流れない。

代わりに後ろを歩く女子大生と見える二人組の会話を聞いていた。

「大学マジ楽しいよね~」

「高校も楽しかったけど、大学の比じゃないわ~」

「ホント自由だからね~」 その会話を聞き、大学に興味を持ったわけではない。

尾崎豊も大学に行けば良かったのに…と思ったくらいだ。

自由を求める彼が、自由を手にしていたら、きっとあそこまで世間を賑わせなかったであろう。

こんなことも想像力と呼んでくれるなら、やっぱり国語は得意な方だ。

音楽には興味がないが、尾崎は父が一番好きなアーティストだったので、聴いたことはある。

いや、歌詞を読んだことがある。

同じ時代に生きていれば、きっと友達になれたであろう。


寒い昼休みでも私の居場所は変わらない。いつもの屋上。

雪が降らないだけ、関東に生まれたことを感謝しよう。

もし北海道の高校ならば、学校に私の居場所は一つもない。

屋上から見えるいつもの風景。

楽しんでいるのかどうかわからないが、大勢の男子が白いボールを蹴っ跳ばしていた。

お前らも一緒になってやれよ!と、今さっき屋上に来た連中に言いたい。


そう。きゃぷてん達だ。


「お疲れっす!久しぶりっすね~」

「こんな寒いのによくやるね」

「バスケ好きなんすよ!」

だろうな。放課後、嫌でもやらなきゃいけないことを、わざわざ休み時間までもやる。

聞かなくてもわかる。よほど好きなんだろう。


「健太から聞いたけど、強いとこに勝ったんだって?」

「ギリギリでしたけど、何とか!」

「良かったじゃん」

「健太さんも頑張ってるから、俺らも負けたくないっすからね!」

「その健太さんも同じ様なこと言ってたよ」

「え?何言ってたんすか?」

「ええっと、新井くんはメンタル弱いって」

全てを伝えると調子に乗りそうなタイプに見えたので、マイナス部分だけ切り取って教えてやった。


「いや、確かにそうかもしんないすけど…」

軽く顔を赤らめて、頭をボリボリ掻いていた。

「でも新井も最近キャプテンらしくなってきましたよ!」

きゃぷてんの隣の子が口を開いた。

名前すら知らないこの子は、私の人生のエキストラといったところだろう。

こんな出逢いも果たして私のキャンバスに色を塗ってくれるのか。


「せっかくだから一緒にやりません?」

「バスケ?勘弁して!」

「そんなこと言わずに!楽しいっすから!はい!」

急にボールを渡され、無理矢理参加させられた。


バスケのボールは意外と重かった。

ドリブルと言うよりまりつきに近かったはずだ。

体育の時はお腹が痛くなることにしているので、ほとんど初めてに近かった。


屋上にはバスケのリングがないので、きゃぷてんが手で丸を作り、そこに思い切り投げ込んだ。

ボールはきゃぷてんの顔面に直撃し、鼻血を出しながらも彼は笑っていた。

ガラスに映る私の顔もまた笑っていた。

何年ぶりだろう。この「遊んでいる」という感覚。


チャイムが鳴ったので、弁当箱を持ち、屋上を出た。

「あ、すいません。お名前…」

「大羽咲希」

「咲希さんっすね!この前はありがとうございました!俺ホンキで頑張りますから!」

「何か言ったっけ?」

思い出すだけで恥ずかしい。


「今度試合見に来てくださいね!」

「暇だったらね」

「お疲れっした!」


体が熱くなっているのは少し運動したことと、この体育会系のノリのせいだ。

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