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桜咲ク  作者: 水上橋博士
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予備校では前回の模試の結果が返って来た。

この予備校ではテストの点数、順位が生徒全員に知らされる。

周りの点数を知って、刺激を与え合い、お互いの成績を上げようという、何とも単純な作戦だ。

セッサタクマ? 単純な割りに言葉は難しい。

もちろん私の成績は、どの教科も下から数えた方が早い。

英語なんかはぶっちぎりでビリだった。


健太はどうだろう?

流石は教師を目指す優等生とでも言おうか、どれもトップ5には入っている。

上から私を見下ろして、さぞ気持ちいいのだろう。

もっとも、私は健太が下を見たくらいで見える位置にはいないのだが。


模試の結果が返って来た以外はいつも通りだった。

いつもと変わらない講義。いつもと変わらない退屈さ。

ただひとつだけ違っていたのは、いつも通り寝ている私の姿はなかった。

かと言って、実のある勉強をしたというわけでもないが、とりあえず、これで今日は健太にとやかく言われることはないわけだ。

それだけで今日は充実したと言えよう。

…のはずだった。


講義が終わり、帰り仕度をしている時だった。

呆れ顔でやって来る健太が目に映った。

「なによ。今日は寝てないんだから文句ないでしょ?」

「そりゃそうだよ。あんな成績で寝れるわけないだろ」

とうとう成績についてまで口を出してきたか。 いよいよ熱血教師の仲間入りだ。

「今回の英語は簡単なほうだったぞ。ちょっと解答見せてみろ」

私はしぶしぶカバンから取り出し、健太に渡した。

はっきり、そして堂々と『42点』と書かれた英語の解答用紙を。

ちなみに英語は200点満点である。 単純計算で100点満点に直すと『21点』となるわけだ。


「この時期で発音問題や並び替え問題を落とすのは厳しいぞ。お前基礎が固まってないんだろ?」

「だって英語は苦手なんだもん。しょうがないじゃん」

「英語はって…。他に武器になる科目もないだろ?お前危機感感じてるのか?」

「別にいいの!あんたみたいに上目指してるわけじゃないんだから。私でも入れる三流大学だって、探せばあるんだから!」

「まあ、志望校によっては科目も変わってくるから、全部を勉強する必要もないんだけど…」

「ん?どういうこと?」

「だから、学校によっては理・社が受験科目にない大学もあるから…」

「英語がない大学もあるの!?」

私は健太の言葉をさえぎって、久しぶりに声を張った。

「…いや、英語がないところはあんまり聞いたことないけど」

「なんだ…」

人を期待させるだけさせて、最後に落とす。 なんて趣味が悪い男だ。


「て言うか、それくらい調べておけよ!だいたい、英語さえなければどうにかなるみたいに言ってるけど、他の点数見てみろよ!現国56点、古文・漢文合わせて23点、数学31点、生物33点、世界史41点!仮に英語が満点だとしても、合計すると半分ちょっとしか取れてないんだぞ!マークシートなんだから、適当でももうちょっと取れよ!」

確かにその通りだが、別に大声で人の点数をぶちまけることはないだろ。

適当でももうちょっと取れよ?そんなのは私じゃなくて、愛用の鉛筆サイコロに言ってくれ。

「いいか?お前がどこを志望してるか知らないけど、これから二ヶ月ちょっと、苦手強化に絞って基礎からやり直すぞ!どうせ講義にはついて来れてないんだろ?俺が予備校帰りに教えに行ってやるから」

仰る通り、予備校の講義には全くついて行けてない。

教えてくれるのはありがたいが、いかんせん…。


「何かさ~。その上からの言い方がムカつく」

「だから!危機感を持てって!時間がないんだぞ!」

「時間ないのはあんたも一緒でしょ?私に構ってないで、自分の勉強すればいいじゃん!人のことばっか気にしてないで!」

「あのな、予備校だってただじゃないんだから、その上私立の大学に行ったりしたら、おじさん達も大変だろうし」

考えたことはなかったが、恐らく最もな意見なのだろう。

「とにかく!明日から予備校帰りにお前に家に行って、基礎からみっちりやるからな!わかったな!」

「はいはい」


おじさん達も大変だろうし。 家に帰ってから、健太の言葉を思い出した。

私は予備校にいくらかかってるかなんて知らない。

特に興味もない。

もともと私から予備校に行きたいと言い出したわけでもない。

大学の学費だっていくらかかるかなんて知らない。

私立より国公立の方が安いということだけは知っているが。


私の家はお金に困っているとは思わない。

小さいながらも一応マイホームもあり、小さい頃にも、欲しい玩具を買ってもらえなくて泣いた記憶もない。 今となっては欲しいものなど一つもないので、おねだりすることもないが。

でもやっぱり大学の学費は相当かかるのだろう。

健太の場合はそこまで考えて受験勉強をしているのだろうか?

そう言えば、あいつの家は特別豊かではなかったような。

家は団地だし、おじさんのお下がりを着て学校に来てたこともよくあった。

両親は共働きだし、貧しいわけでもないのだろうが…。


やめた!人の家の金銭状況をどうこう考えるのは悪趣味だ。

今日はもう寝よう。

どうせ明日からは嫌でも勉強しなきゃならないのだから。何せ熱血教師が相手だ。


ベッドに入ろうとした時に、母が夜食を持って部屋に入って来た。

「あれ?もう寝るの?」

「うん。朝型に切り替えるんだ」

「そう。じゃあ夜食はお父さんが帰って来たら食べさせるね」 そう言って、母は出て行った。

夜食の行方なんてどうでもいい。

朝型に切り替えると言っても、早く起きるつもりは毛頭ない。

またいつも通りの朝を向かえるのだろう。


カーテンの隙間から射す日の光で目が覚めた。

時計を見るとまだ5時半だった。

何でこんなに早く目が覚めたのだろう?

考えてみれば、学校で寝て、予備校の前に寝て、日付が変わる前に寝たのだ。

早く目が覚めて当然だろう。


天気はなかなか良かった。勉強の前に軽く散歩をしてくる。

そう母に告げて家を出た。


春、夏、秋、冬。 それぞれが魅力ある中で、私は特別秋が好きだった。

暖かい春、はしゃいで遊べる夏、雪が綺麗な冬。

秋は…? 恐らくあまり人気はないだろう。

どことなく寂しい季節。 素晴らしいじゃないか。

夕方の赤い空の下を、意味もなく感傷に浸りながら歩く。

これがとても好きだった。


でも、たまに歩く秋の朝方も悪くはない。

日が昇りたての静かな時間。

静寂の中、道に落ちてる枯れ葉を踏みつける音なんかは最高だ。

背後からそんな音が聞こえた。


「クシャ、クシャ」

そう。こんな音。


枯れ葉を踏みつけた自転車は、私の左隣を通過し、3メートル程したところで振り向いた。

正直驚いた。


新聞配達の自転車に乗っていたのは健太だった。


「こんな早起きするなんて珍しいな」

「えっ!?何やってんの?」

「見ればわかるだろ?バイトだよ」

「いつから?」

「高校に入ってからすぐかな?」


こいつは何者なんだ。

学校の成績もよく、バスケ部ではキャプテンを務めて、予備校でも良い点数。

その上、新聞配達をやっていたなんて。

私にはとても真似出来ない。


「受験勉強、朝型にしたのか?」

「ま、まあね…」

「いいんじゃないかな?朝の方が集中出来るし、無駄に徹夜するよりよっぽど」

「うん。そう思ってさ~」

「あんまゆっくりしてる暇ないから、俺行くわ」

そう言って、健太は走り出した。枯れ葉を踏みつけるいい音を出しながら。

何だか散歩をする気分じゃなくなった。もう帰ることにしよう。


部屋に戻り、ベッドに横たわると、無意識のうちに英語の単語帳を開いていた。

私だって仮にも受験生だ。単語帳くらい持っている。

ただ開いて見てるだけなので、もちろん何も頭に入ってはこない。

遠くから母の声が聞こえる。どうやら朝食が出来たみたいだ。


居間でテーブルを囲み、家族三人で食事を取る。

この一家では貴重な家族の時間である。

基本的に私は自分の部屋にこもっているので、親と話すなんてこんな時間しかない。


「どうだ?勉強のほうは?」

父の決まり文句だ。

「まあ、ぼちぼち…」

これは私の決まり文句だ。

父はIT企業に勤めているようで、割と上の地位にいるみたいだ。

ほとんど毎日残業で、帰ってくるのは夜も大分更けてからである。


父は私と同じで寡黙であり、二人だけで話すことはほとんどない。

私にしてみれば楽な親だ。


「そう言えば、今日から予備校終わったら、健太が家に来るから」

別にこれを言ったからどうってことでもない。

ただ話題を提供してやろうという私なりの優しさだ。


「健ちゃんが?」

「家で一緒に勉強するの」

勉強教えてもらうと言うのは、私のプライドが許さない。


「健ちゃんはどこの大学受けるの?」

「知らない」

私から振った話題ではあるが、面倒になったのだ。

後は勝手に一人で喋っててくれ。


大概は母が一人で喋って、父と私は黙々と食事を取り、20秒に一回くらいどちらかが相づちを打つ。

これが我が家の「会話」だ。食事を終え、学校に向う為、家を出た。


朝方よりはあまり冷えない。

それでも寒いことに変わりはなく、私は首を黒いマフラーで包み、歩いていた。

耳にはいつもの英語の歌が流れていた。


昼休み。私は群れるのが嫌いだから、大概一人で屋上に行って食事を取っている。

群れるのが嫌いと言うか、群れる相手もいないからである。

いたとしても、やっぱり群れるのは嫌いだ。

屋上は人が来なくて好きな場所だ。学校にある、唯一の私の場所。

そんな私の場所に招かれざる訪問者が来た。


何やら騒がしい男子3人組。何と屋上でバスケを始めたのだ。

勝手に私の世界に入って来るな。バスケなら体育館でやれよ。心で呟きながら、ボーっと彼らを見ていた。 その時、3人組の一人が私に気づいた。何故か微笑みかけて、こっちへ走って来たのだ。


「どうも!こんちわ!」

私は声には出さずに、軽く会釈した。


「あの~、健太さんの彼女さんっすよね?」

残りの2人も駆け寄って来た。


「この人?この人が健太さんの彼女?」

はあ?誰だこいつら?

私の心の声に気づいたわけではないだろうが、彼は私の問いに答えた。


「俺らバスケ部で、健太さんにはお世話になってるんっすよ!」

ああ、どこかで見た顔だと思ったらきゃぷてんじゃないか。

「あ~。バスケ部のきゃぷてんの?」

「そうです!新井直樹っていいます!」

「え~っとね、新井くん。別に彼女とかそんなんじゃないから」

「またまた~。健太さんもそんなこと言ってましたけど、凄い仲いいじゃないっすか~!」

「ただの幼馴染だよ。いつもここでバスケやってるの?」

やってるわけがない。ここの住民の私が一番良く知っている。


「いえ、今日は体育館が使えなくて、屋上なら人がいないと思って」

「へぇ~」

ここで会話は終了だ。


「今日は健太さんは?」

せっかく話を終わらせたのに。


「知らないよ。会えば話すくらいだし」

「健太さんって成績もいいんすよね?バスケも上手かったし、凄いっすよね~?」

「あいつバスケ上手いの?」

健太がバスケ部元キャプテンだということは知っていたが、バスケの実力は知らなかった。

興味がないと言えば嘘になる。


「知らないんっすか?うちのエースでキャプテン!シューティングガードで、スリーポイントをバンバン決めて、レッグスルーやローンターンで中に切り込んでのシュートも、そりゃあ凄くて…」

「あ~、もういい。そんな専門用語出されても全然わかんない!」

「あ、すんません。でも健太さんのお陰で弱小チームだった俺らも、県大会でベスト8に入れたんっすよ。健太さんがいなくなってからは、また元の弱小チームに…。あ~ぁ、健太さんダブってチームに残ってくれないかな~?あ、でもダブったら試合には出れないか~。一回くらい全国行きたかったな~」

…何故かはわからない。 きゃぷてんの話を聞いていると、無性に腹が立った。

そして本能のままに言葉を発した。

何故こんなことを言ったか自分でもわからない。


「あんたさ、キャプテンなんでしょ?もういない奴に頼ってないで、あんたがしっかりしないでどうするの!」

きゃぷてん達はあっけに取られていた。 当然だろう。

ほとんど初対面に女に、何故偉そうに説教されなければならないのか。

それより一番驚いているのは他ならぬ、私自身だ。

いったい私は何を言っているのだろう。


「別に関係ないけどね…。いいんじゃない?元の鞘に納まったって感じで」

そう言い残して、屋上を後にした。

学校が終わり、予備校までの時間はまた寝ようと思った。

でも眠れなかった。何故か気持ちが落ち着かない。

理由もなく腹が立ったり、悲しくなったり・・・

結局、眠れないまま予備校に行くことにした。

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