エピローグ
大学の掲示板の前で胴上げしている光景はテレビでしか見ることがなかった。
私はインターネットで合否を確認しただけなので、知らない人のこっぱずかしい姿を見ることはなく助かった。家ではベタに赤飯。予備校では受かった者、落ちた者、全てがその健闘を讃え合った。
卒業式も滞りなく進み、最後のホームルーム。
八島の最後までつまらない話が終わり、解散となった。
二度と会うことがないクラスメートでも、寂しさは感じない。
社交辞令で写真を求められたら一緒に写ってやるだけ。
特に用事がない場所なので、母と共に玄関へ向かった。
「先輩~」
「ありがとうございました!」
「大学でも頑張ってください!」
玄関は部活をやっている在校生達で賑わっていた。
花束を渡される卒業生の中に、いるはずもない姿を探してしまう。
見つけてしまったのは、同じく二度と会うことのない姿。
「咲希さん!」
「お母さん。先帰っていいよ」
駆け寄るきゃぷてんを見つけ、母にそう告げた。
「卒業おめでとうございます!」
「ありがと」
「大学受かったんですよね?」
「まあね」
「おめでとうございます!」
花束と呼ぶにはおこがましい。
2、3本の花を渡された。
「私に?」
「お世話になったんで」
「何もしてないよ」
「やっぱ俺にはバスケしかなかったです!大会で結果出して、スポーツ推薦で大学目指します!」
「そっか。それがあんたの答えなら、多分正解だよ」
「絶対健太さんに負けないような男になります!」
「死んだ奴に勝負挑むのはなかなか難しいよ。勝ち負けの判断つけらんないし」
「相手が健太さんだから難しいとは思います。でも判断は簡単ですよ!」
きゃぷてんはニヤっと笑った。
「要は咲希さんに惚れられる男になればいいんですから!」
「何それ」
「一年後。咲希さんのお眼鏡にかなう男になってたら、相手してくださいね!」
「冗談上手くなったじゃん!良い男になれるよう頑張りな!」
ちっぽけな花束を手に持ち、きゃぷてんに背を向けた。
「頑張ります!成すがままに!」
賢くなったもんだ。聖母様の思し召しなのか、少しだけ笑えた。
頑張れよ。後輩。
母を先に帰したはいいが、私は真っ直ぐ帰宅しなかった。
行く先には早咲きの桜が舞っていた。
葬式も通夜も行ってなければ、自宅に線香もあげてない。
初めてあいつの墓に行った。
どこの墓地かは聞いていたが、そこからは一つずつ石碑を確認し、十五分後に立花家之墓を見つけた。
他よりも綺麗にされている。
お供え物も、線香も持って来てなかったので、きゃぷてんから受け取った花束を差し出した。
墓の前に腰掛け、合格通知を見せつけてやった。
イエーイ!どうだ!合格したぞ!あんたは?もちろん落ちたよね?私の勝ち~。回らないお寿司ね!
約束したもんね?約束だもん…
何で?何で約束破るの?
もう桜咲いてるよ?桜見に行こうよ。お洒落なバーは?
嘘つき…
何やってんの?
何やってんの!?
何やってんの…?
何やってんだろう?私。バカみたい…
「咲希ちゃん?」
背後からの声の主は若々しく、綺麗な女性。
久しぶりに会ったけど、やっぱり健太のお母さんは綺麗だ。
「来てくれたんだ」
「お久しぶりです」
健太の墓前に置かれた合格通知を見つけたのだろう。
「おめでとう!健太も喜んでるよ」
「そうかな?」
「いつもね、咲希ちゃんの話ばっかりしてたの。あいつは頑張る喜びさえ知れば何でも出来るって!」
そんなこと言われたことがない。
「咲希ちゃんが模試で良い点数取ったって。自分のことの様に嬉しそうに…。あの子ね、きっと咲希ちゃんのこと好きだったのよ」
過去形で、しかも想定で告られても…
私が健太の気持ちに答えても、健太は私の気持ちに答えることはない。
空しいだけだ。
「ごめんね。こんなこと言って」
「いえ…」
「健太のこと。思い出さなくてもいいから…、忘れないでね…」
一緒にお線香を立てて、手を合わせ、健太のお母さんは帰って行った。
「健太の分まで、精一杯生きてね」
耳が痛かった。
今までどれだけ無駄に生きてきたか。
考えるだけで恥ずかしい。
健太のことを忘れるはずがない。健太の様に生きていく。
でもそれはあいつの為じゃない。私の為に。
一人残されると、疲れが溜まっていたせいか、自然と瞼が重くなった。
真っ暗な道を一人歩き、その先には大きな扉が光っていた。
少し戸惑ったが、意を決して、勢いよく開けてみた。
真っ白な世界に、様々な色で飾られた温かみ。
両親、クラスメート、学校や予備校の先生、きゃぷてんにその他の後輩達。そして健太。
それぞれが温かく、綺麗な桜の様に無数に舞っていた。
こんな世界で生きてみたい。
目を覚ますと、夕暮れになっていた。
良い夢を見た。にも関わらず、現実に引き戻された感覚はなかった。
真っ白なキャンバスに、様々な出会いと経験が、綺麗に色を塗ってくれる。
あんたの言う通りだったよ。絶対忘れない。
あんたのキャンバスと私のキャンバス。同じ絵が描かれてた。
ここまで自分なりに頑張ったと思う。
頑張る喜びはあんたが教えてくれた。
これから先、何でも出来る気持ちになった。
最後に会った時言ったよね?
「頑張った!胸張っていいぞ!お前は…」
あの後何を言おうとしていたの?
何でもいいや。もう帰るね。しばらくは来ない。
この桜が散って、次に咲く頃に来るね。
「卒業おめでとう!」
家族三人でビールで乾杯した。
私は一口だけ舐めて、すぐにコーラに変えた。
よくこんな不味い物を美味しそうに飲めるもんだ。
「アパート決めないとね!明日電化製品下見に行こう!」
母はテンションが高めだ。
「女の子一人暮らしだから心配ね。ちゃんと連絡よこしなさいよ!」
「掃除も洗濯も出来る?あと、料理もね!明日から特訓ね!」
私は好物の唐揚げを口にし、上の空で聞いていた。
「咲希。大学は遊ぶ所じゃないぞ!将来の為なんだから。受験も大変だったろうけど、本当に大変なのはこれからだ!」
「わかってるよ」
父のお説教はコーラの肴には合わない。
「でも、よく頑張った!今のお前なら、父さん達も安心だ!」
なかなか言うタイミングが見つからなかったが、ここで親に気持ちを伝えなければならない。
「あのさ…」
「どうしたの?」
「ありがとう」
「何さ?急に?」
母は若干照れながら笑った。
「私頑張るから!今までより、もっともっと頑張るから!」
「どうしたのこの子。あっちに行くにはまだ少し時間あるんだから」
「お父さん!お母さん!私もっと頑張るから!頑張るから…」
だから…
「だから…、もう一回挑戦したい…」
少しの静寂の後、最初に声を上げたのは母だった。
「もう一回って、浪人するってこと!?どうして!?」
「お金は働いたら少しずつ返すから!」
「お金のことじゃないの!あんたあんなに頑張ったじゃない!」
「どうしても行きたい大学があるの!やりたいこと見つけたの!」
「やりたいことって…。今の大学じゃダメなの!?」
「母さん!いいから…」
父が母を制し、強い目力で問いかけた。
「どこの大学だ?」
「市内の、教育大…」
「市内の教育大って…。あんた…」
「私、教師になりたい!」
外は夕闇。 夜桜がそれはそれは綺麗に降り注いだ夜だった。
曲がり角を曲がると、そこには桜の木が並んであった。
綺麗な花びらで覆い尽くされ、まるで桜の木がトンネルのように続いている。
命尽きるまで、精一杯咲き誇る。
そんな桜の木は今の私にそっくりで、どこか親近感を覚えた。
そんな春の日だった。