13
次の日からは、ずっと予備校には行かなかった。
誰かと顔を合わせるのが嫌だったから。
三学期が始まる朝もベッドから出るつもりもない。
二次試験に向けて勉強するつもりもない。
高校生活は、結局何もない三年間だった。今死んでも別にいい。
それから一週間後の朝。
部屋をノックする音が聞こえた。
「咲希?まだ学校行く気にならない?」
母の問いに返事はしない。
あの日、うっとおしいと叫んだ後は一言も言葉を交わしていない。
あの日。
思い出したくもない。
「予備校の先生から手紙頂いてるから、置いとくね」
寝てるから母の声は聞こえないということにした。
「咲希…。ごめんね…」
何であんたが謝る。
誰も悪くない。
私も… 悪くない…
大場へ 最近顔見せないけど元気か?風邪ひいてないか?歯磨いてるか?笑
色々あって辛いのはよくわかる。俺も辛い。
こんな時に不謹慎かもしれないけど、こんな時だから笑おう!
一度でいいからお前の笑ってるとこ見たいぞ。
これから絶対楽しいことある!なきゃ不公平だもんな!
みんな心配してるぞ!みんな仲間なんだ!うちの生徒18人、みんな仲間だ!
とにかく一度顔見せに来てくれ!
愛しのいっちゃんより
ごめん…
何に対して謝ればいいのかわからないけど、 ごめん…
「18人の生徒」
それは私も健太も含めた数だった。
「おはよう」
久々に声を出したせいか、この短い単語で声が裏返った。
「咲希…」
「お腹空いた!ご飯!」
「待ってね!今パン焼くから!」
会話がないまま食事を終え、制服に着替え家と出る時だった。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
「うん」
ここしかないだろうと思った。
「ごめんね。お母さん」
聞こえるか、聞こえないかの声で呟いた。きっと聞こえただろう。
久しぶりの学校は何も変わらなかった。
何も変わらないことに多少苛立ちはあったが、逆に変なことを考えずに済むだけいい。
昼休み。いつもの屋上。きゃぷてんの姿があった。
「目赤いよ?」
「咲希さんだって…」
「私は遅くまで起きてたから、充血してるだけで…」
「ずっと学校来てなかったんすね。俺も今日休部届け出したんすよ…。しばらく何もしたくない…」
男のくせに相変わらずフヌけた態度には腹が立つ。
「一緒にしないで。私は今学校来ても意味ないと思っただけ。家で二次試験の勉強してたんだから!」
嘘だったが、今日からは嘘にしない。
「辛くないんすか!?健太さんいないんすよ!?」
「泣いて生き返るなら泣くよ」
「冷たいこと言いますね…」
「あんた私に何を期待してんの!?何て言って欲しいの!?」
「そういうのじゃないけど」
「一緒に悲しんで。泣いて。それが何になるの?部活休むことが健太の為になるの?悪いけど私はそこまで弱くない!」
「どうすればいいすか?」
「自分で考えな。それでも部活休むとか辞めることが正解だと思うなら、もうそれ以上何も言わない」
「一個だけ聞いていいすか?」
「何?」
「健太さんのこと好きですか?」
「今のあんたよりはよっぽどね」
「強いっすね」
そんなことない…
結局、私もきゃぷてんと一緒だったのだから。
きゃぷてんを残し、屋上を後にしようと思ったが、良いことを考えた。
「新井くん。アドレス教えて」
「ケータイっすか?」
「私の言葉より効くと思うから」
きゃぷてんのケータイに転送したメール。
私の受信ボックスで保護された、天国からのメール。
----------------------------
-From 立花健太-
-Let It Be-
----------------------------
「何すか?これ?」
「健太が死んだ次の日に来たメール」
「何て意味すか?」
「ビートルズを聴きな」
「色々あって、ちょっと疲れてただけなんで、もう大丈夫です。心配かけてすいませんでした」
センター後、初めて予備校に行った。
「本当に大丈夫か?」
「はい!これから気持ち入れ替えて、二次試験に備えるんで、またお願いします!」
「そうか!よし!頑張ろうな!」
今までと変わらず、講義は始まった。
一つ変わったのは、18人の生徒の中で、一つだけ空席があっただけ。
斜め後ろは見ずに、ただ前だけを見て講義を受けているうちに、心に決めたことがある。
もう後ろは見ない! 前だけ見て頑張ろう!
今更ながら、センターの自己採点をすると、今までの模試や予想問題の中でも最高得点だった。
それでもおごらず、二次試験に備えた。
その日が来るまでは早く感じたが、その間は健太のことは一度も思い出さないようにした。
私の最初で最後の一大イベントが終わり、数週間後に合格通知は届いた。
でも、どこか素直に喜べない自分がいた。




