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桜咲ク  作者: 水上橋博士
13/15

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15日。センター前の予備校の最終日。

戦いの日の前日。


昨日行った予想問題の解説だけして、早めに終わる予定だった。

早めに寝て、明日に備えろという指令が与えられたのだ。

従うつもりは毛頭ない。明日もいつも通りの朝を迎えるつもりだ。


「おはよう」

何年ぶりかに親に言った言葉だ。


「どうだ調子は?」

これは父の決まり文句。


「やるだけやったしね。後は本番頑張るだけ」

いつもの食卓。いつもの会話。いつもの朝。何も変わらない。

変わったと言えば、外には昨夜の雪がうっすら積もっているだけ。


予備校に着くまでは大変だった。

三歩歩く度にツルツルと滑って、何度も転びそうになり、 危うく遅刻しそうになった。

これでは大学でも先が思いやられる。


もう恥ずかしがることなんてない。

合格した後の未来を見て、悪いわけがない。

何故か機嫌は良かった。

お気に入りの曲を口ずさみ、音を外した瞬間、とうとう転んでしまった。

恥ずかしがることなんてない。今日の私は機嫌が良いのだ。


後ろ斜めの席に健太はいなかった。バカめ。きっと歩きづらくて遅刻するのだろう。

一年後に雪道の歩き方でも教えてやろう。

他の生徒も全体的に来るのが遅かったが、「いっちゃん」もとい「一戸」がやって来ても、健太の姿だけなかった。


昨日の英語の予想問題。その最後の長文だけわからず、早く解説をして欲しかった。

何ならそこだけでいい。

そんなことを考えながらふと前を見ると、いつも陽気で明るい予備校講師の顔は、いつになく暗かった。


「この時期だし、みんな言うかどうか悩んだけど、やっぱり伝えるべきだと思う。講義の前に少し話を聞いて欲しい」

くだらない話しは勘弁して欲しい。

早く英語の長文の解説を。


「一年間、みんなと一緒に頑張ってきた立花が…」

健太?転校でもするような言い方だ。


「今朝、雪でスリップした車にはねられたらしい…」


何の冗談なんだろう。


「運ばれた病院で、先ほど息を……………」


かすれた声だった為、最後の方は聞こえなかったが、全生徒が理解した。

やっぱり私はこの中で学力は下なのだろう。

理解するのに時間がかかった。


今までで一番暗い講義が始まった。

何も頭に入らなかった。

その間何を考えていたわけでもない。


気づけば講義は終わり、帰り道を滑りながら歩いていた。


英語でわからないとこがあったんだ。

戻って聞くのも面倒だ。そうだ、健太に聞こう。

しかし、何度電話しても繋がらなかった。


そっか。死んだんだっけ。


死んだ?健太が?何で?

あ、車にはねられたのか。


もうわけがわからない。こういう時、どうしたらいいのか。

学校でも予備校でも教えてくれなかった。

お節介な幼なじみも教えてくれなかった。


ただいまも言わずに帰宅した私を、母はおかえりも言わずに出迎えた。


「咲希…。さっき夕刊見たけど…、健ちゃんが…」


うるさい…。


「交通事故で…」


うるさい。


「亡くなったって…」


うるさい!


「うるさい!こっちはそれどころじゃないの!明日試験なの!くだらない事でいちいちわめかないで!うっとおしい!」


階段を駆け上がり、着替えもせずにベッドに潜り込んだ。


最低だ。親に当たるなんて。

当たる?

私は別に怒ってなんかいない。

確かに感情は高ぶってはいるが、それは喜怒哀楽のどれかわからない。


喜ではない。

楽でもない。

怒?健太をひいた奴に怒ればいいのか?ひかれた健太を怒ればいいのか?

哀?予備校の他の生徒の様に悲しめばいいのか?

悲しんだら健太は帰って来るのか?


気持ちの行き場を完全に失った。


深夜0時。スマホが鳴った。


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-From 立花健太-



-Let It Be-

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0時ちょうどのメール。きっと送信予約していたのだろう。


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-To 立花健太-



-わざわざ天国からこんなメール送りつけて何様?聖母マリアにでもなったつもり?ホントうざい-

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返信はなかった。

あるわけがない。それくらいわかってる。


結局、私はベッドの中で一番人間らしい感情の表し方を選んだ。

幼子の様にひたすら朝が来るまで泣き続けた。


目にクマが出来たまま、何も食べずに家を出た。

昨日の夜から何も食べていないが、食欲が全くなかった。

家を出る前、母が何か言っていたようだが、全く覚えていない。

と言うより全く聞いていなかった。


閉まる直前の電車に、駆け込みもせずに乗り込んだ。

耳にはイヤホンはなかったが、頭の中から常に流れてくる。

『成すがまま』


気の抜ける程早い時間で試験は終わった。

こんなものの為に今まで頑張って来たと思うと腹が立つ。

達成感も何もない。一緒に喜べる奴もいない。

それすら、もうどうでもいい。


ようやくお腹が空いてきた。 早く帰ろう。

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