プロローグ
曲がり角を曲がると、そこには桜の木が並んであった。
毎年春になると綺麗な花びらで覆い尽くされ、まるで桜の木がトンネルの様に続いている。
しかし、冬が近づいている今日この頃。花びらもなければ紅葉もない。
寂れた桜の木は、今の私にそっくりでどこか親近感を覚えた。
そんな秋の日だった。
その日、私は予備校の教室にいた。
一応受験生である私は学校が終わると、今度は予備校へ通い、その他大勢と並んで講義を受けている。 夏くらいから本格的に(と、一応言っておこう)受験勉強とやらを始めたが、どうやら遅すぎたみたいだ。
それまで学校のテスト勉強を一夜漬けでするくらいであった私には、毎週行われる模試の問題は少々手強かった。 何を言っているのかわからない予備校の講師の話も、眠気を誘うのにはちょうどいい。
朝起きて、学校で形だけの勉強、予備校で形だけの勉強、家に帰って形だけの勉強。
今まで何かに夢中になったことのない私が言うことでもないが、人生の中でこれだけ実のない日々を過ごしたことがあっただろうか?
しかし、こんな形だけの受験生でも母は満足しているようだ。 毎晩、コーヒーと甘いものを差し入れに持って部屋へやってくる。 一言、「頑張ってね!」とだけ残して。
自分の娘が将来のことを真剣に考え、それに向かって努力している。 親にとってはこれほど嬉しいことはないだろう。
もし本当にそうなら。
私が毎晩使っている程良いサイズのテキストの下に、お気に入りのマンガが隠されていることを母は知らない。
ようやく予備校が終わり、帰路を急いでる時だった。
「咲希!お前また数学の時間寝てただろ!」
幼馴染の健太だ。
「別に数学の時間だけじゃないし」
「何偉そうに言ってんだよ。お前本当に大学行く気あるのか?」
「はぁ…。実際大学行ってもねぇ…」
「じゃあ何で進学選んだんだよ?予備校まで通って」
私は健太の顔を見て、もう一つため息をついた。
この頃にはすでに帰り道にある別れ道に達していた。
「私こっちだから。じゃあね」 後ろから健太の視線を感じる。
きっとまたいつもの呆れ顔だろう。
私には学校で友達と言える人は少ない。
…これでも十分見栄を張ったつもりだ。
正直に言おう。一人もいない。
それこそ普通に話せるのは健太だけだ。
別にいじめられてるわけではない。
無視されているという程、大袈裟なものでもない。
昔から人見知りの私は、自分から話しかけるタイプではないし、話しかけられても会話を膨らませられない。 だからクラスのみんなは必要以上に私に構うことはなくなった。
私に言わせれば彼らは賢い。
家にいる時もそうだ。 父も母も私の成績にしか興味はない。
良い大学に入って、良い就職につく。 どうやらそれが私の幸せらしい。
それについて、毎晩の様に両親が話し合っていることを私は知っている。
出来た高校生なら「自分の将来は自分で決める!」なんて怒鳴りつけるのだろうが、それすらどうでもいい。 何が幸せで、何が不幸せなんて全く見当もつかない。
自分が生きてることの意味さえもわからない。
生きるために生まれた…。 生まれたから生きる…。
私はきっと後者だろう。
少し加えていいなら、生まれてしまったからしょうがなく生きている。
なんて悲観的な考えだろう。 自分の事ながら背筋がぞっとする。
健太と別れた後、そんなくだらないことを考えていた。 この一人でいる時間は嫌いじゃない。
曲がり曲がると、そこには桜の木がならんであった。
毎年春になると綺麗な花びらで覆い尽くされ、まるで桜の木がトンネルのように続いている。
しかし、冬が近づいている今日この頃。 花びらもなければ紅葉もない。
寂れた桜の木は今の私にそっくりで、どこか親近感を覚えた。
…いや。 春になったら花を咲かす。
目標を持って生きているだけ、私より何倍も立派だ。
晴れて大学に進学出来たとしても花が咲くとは限らない。
また一つため息をついた。
そんな秋の日だった。