逃亡
少女は心底軽蔑する様な声を出した。
「アンタ……女を盾にするなんて、ホント最低ね」
「う、五月蝿い!!」
少女が近付いてくる。
かしゃん、と少女の足元が鳴った。
少女の姿を間近に見たキョウジは音の正体を知って愕然とした。
「お前……その身体……」
少女の身体……躯は“生身”ではなかった。
硬質の節くれだった四肢。滑らかな艶がありながら無表情な顔。
少女は“人形”であった。
「バ……化け物!!」
「『化け物』……ね。アタシに言わせればアンタの方がよっぽど『化け物』だけど?」
キョウジは言葉に詰まった。
「親友の彼女に横恋慕……親友が事故ったのを利用して死に追いやり……その挙句に“薬”で彼女を自由にしようだなんて……ケダモノもいいトコ……ううん獣に失礼だわね、こんなヤツと一緒にしたら」
「お前……何故ソレを!」
少女は抱えていた大鎌を すぃ、とキョウジに向けた。キョウジが慌てて後退る。
「“悪しき魂”……今宵、我が刃『無明』の贄となれ。“悪しき器”……今宵、我が匣にて傀儡となれ」
大鎌が鈍い光を放った。
「うわぁあああッッ!」
キョウジは咄嗟にベッドを少女へと押しやった。
鎌の刃先がミサトの身体を貫いた隙をついて少女の脇をすり抜け、外のドアへと向かう。
「……ホント……最低」
少女は焦る様子も無く、大鎌を抱え直すとゆっくりと歩き出した。
「ハア……ハア……」
キョウジは闇雲に病院内を走り回った。
だが、どこに隠れてもあの音が聞こえるのだ。
かしゃん。かしゃん。
少女のツクリモノの躯が立てる足音が。
己を死へと導くあの音が。
キョウジは音から逃れようと必死に走った。廊下を。階段を。そしてとうとう屋上へと走りついた。
屋上の扉に鍵をかけ、その場にあるありったけのモノでバリケードを作る。そうしてようやくキョウジは屋上の真ん中でへたり込んだ。
「何なんだよ、一体……」
「何だと思う?」
声は背後からした。
愕然と振り向くキョウジの視線の先、柵の向こう側。闇夜に浮かぶ少女がいた。