異変を知らせる足音
キョウジが顔を上げた。キョウジの唇とミサトの胸を繋ぐ粘っこい糸を手の甲で拭う。
「ミサト……」
ミサトは答えない。ぺちぺちとミサトの頬を叩いてみたが、反応が無い。薬の効果で意識を失ったようだった。
キョウジがミサトの髪を愛おしげに掻き上げた。
「……もう10分経ったのか。これから愉しくなるのになぁ♪」
くく、とキョウジは邪悪な笑みを洩らすと、ミサトの足首の拘束具を外した。スカートをたくし上げ、脚を大きく開く。キョウジは更にその奥へと指を伸ばした。
ぎし、とベッドが軋む。
「……?」
キョウジの動きが止まった。
ベッドから降り、研究室へと向かう。ベッドの軋みとは違う音を耳が捉えたのだ。
だが研究室には煌々と明かりが点いているだけで誰もいない。
念の為にと廊下を伺うが、非常灯がぼんやりと点いているのみ。
「気のせいか……」
キョウジは研究室の明かりを消すと首を捻りながら解剖室へと戻った。ドアに鍵をかけ、ミサトの眠るベッドへと近付く。
「ごめんよ、待たせて……ミサト……愛してるよ……」
キョウジが再び、ミサトの胸へと顔を埋めた。キョウジの指がミサトの下半身へと伸び、薄布の下に潜り込もうとしたその時――。
かしゃん。
異質な音が響き渡った。
「あの音……」
それは先刻キョウジの耳が捉えた音と同じモノだった。
かしゃん。かしゃん。
その音は少しずつ、だが確実に近付いてきている。
《何の音だ?》
キョウジは耳を澄ませて音の正体を探った。
無機質で単調な音。どことなく聞き覚えがあるような――
キョウジは身震いした。よく似た音を思い出したのだ。
「まさか……な」
かしゃん。
キョウジの首筋を冷や汗が伝った。
あれは……
硬いモノがぶつかり合うようなあの音は……
かしゃっ。
音が途絶えた。
カチャ。
キョウジの背筋に悪寒が走る。“ソイツ”は研究室へと入って来たのだ!
かしゃっ。かしゃっ。
“ソイツ”は真っ直ぐこの解剖室へと向かっていた。
キョウジの脳裏にある“モノ”の姿がよぎった。
無機質な硬いモノ──『骨格標本』の姿が。
“ソイツ”はまるで死神の様な姿でキョウジを見据えていた。