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異能力島の日常  作者: さくやひろと
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×月×日-04

「うそだろ…」

 友樹の手が止まった。さやかは、あの日見た自分の死期は今日で、それは友樹の手によるものだと言った。それは未来を変えないために、予知通りに行動するさやかの信条と、友樹に対してこれまで受けた嫌がらせの復讐をしたいという心情の二つを兼ねていた。

 さやかの望み以上に友樹の顔は青ざめていた。助けるつもりで始めた治癒行為でさやかが死んでしまう可能性は確かにあることを友樹も分かっていた。だからこれまで入念に準備を行なったのだ。万が一でもそんな事が起きないようにいつも通っている施設の先生に助言と協力を求めた。そして先生の許可が下りたので母親に相談し、さやかの母親の了承も貰った。さやかの母親からはさやかが学校に行く日を教えてもらい、その日に治癒行為を行なうように言われた。おそらくその日を指定したのはさやかだ。そしてその日に死ぬなんて母親には言っていないのだろう。そうでなければ、あの母親が了承するはずはない。ここまで準備したのに、さやかの言葉で全てが無駄になるどころか、命を奪う事になるなんで、そんな未来知りたくもないし、迎えたくない。

「さあ、どうぞ」

 テープの声が治癒を行なうように促す。友樹には地獄への誘いに聞こえた。一瞬で何も信じられなくなった。自分は責任を取ろうとしているのか、本当はただ罪から逃れたいだけじゃないのか。この行為はさやかのためのものなのか、自己中心的な偽善じゃないのか。母親に言った「もうしません」という言葉は、本当に自分の心の声だったのか、上辺だけの常識という価値観が導いた、親が安心する言葉を選んだだけの可能性は無いのか。

 友樹の頭の中では嵐のように考えが渦巻く。その時、あることに気が付いた。さやかのテープの声に以前のような美しい響きがなかった。だからきっとあの声は本心ではない。当たり前だ。誰も本気で死にたいなんて思っているはずはない。大抵それは意味の上では逃げたいで置換出来る。さやかの顔を見ると頬に涙が流れていた。

「お前、本当は死にたくないんだろ」

「死にたいわよ」

 テープの声が応答する。

「仮に治療が上手くいって今日死ななくても、私の能力は、また私の死ぬ瞬間を見せてくるのよ。毎日夢の中でも自分が死ぬ瞬間を何度も味わって、朝に目が覚めるとそれは本当に起こる事だと予知能力は証明する。私だってそんな未来を変えられるなら変えたいわ。でも、それをするときっと誰かが代わりに死ぬの。代わりに死ぬのがあなただったら私も気が晴れるのにね」

 友樹は治癒行為を止めるか悩んだ。もしかすると、やめることでさやかが死ぬのかもしれない。でも続けるからさやかが死ぬのかもしれない。どちらにも決められないまま治癒は進む。どっちでも死ぬのかもしれない。結局、未来は変えられないものなのか、変えたらきっと誰かが死ぬとさやかは言っていた。

「だったら、望み通り俺が死んでやるよ!ただその前にな、お前の治癒は完璧にやってみせる!声は必ず取り戻す、そして死なせやしない!仮に死んでしまうにしても、その死期を予知する能力を無効化してやる!だったら、いつ死ぬか分かんないし、夢で自分の死ぬところを見てもそれが本当に起こるのか証明する予知能力が無ければ、毎日明るく暮らせるようになるだろ!テープの声じゃなくて、本当のお前の声で喋れるようにしてやるよ!責任を取るだなんて詰まらない大人の建前だったんだよ!だって俺は本当はお前の声が好きだったんだから!」

 友樹の送る異能力エネルギーが倍以上に増える。さやかはテープを早送りしたり巻き戻ししたりと慌てている。喋る言葉が見つからないのだろう。

「俺の能力は飴玉に治療用異能力をためて、飲んだ体内で効果を発揮するように外からエネルギーを与える。何日も掛かるのは、やり過ぎると倒れるからだ。でも今ここで一気にそれをやってやる!倒れたって死んだって構わない!飴玉に予知能力を無効化する力を入れながら、それが発揮されるように外からのエネルギーも与えてやる!やってダメと言われているだけで、理論上は出来ないはずはないんだ!」

 友樹の送る異能力エネルギーがさらに増大する。さやかはもう見ているしか出来なかった。友樹にその理由は分からないけれど、さやかは大声を上げて泣いていた。それがさやかにあんな酷い事をして嫌われた自分の死を悲しむものなら良いなと友樹は思った。声が戻って良かったと、友樹は安心した。これであとは予知能力の無効化に専念出来る。さらに多くのエネルギーを送り続ける。こんなに出るなんで友樹自身も驚いている。意識が薄らいできた。それでもその手を止めない。目の前は真っ暗だ。さやかの泣き声も遠く聞こえる。聞こえるなら、そこに向けて送り続ける。友樹の意思は変わらなかった。もう、さやかの泣き声も聞こえない。でも送り続ける。倒れて地面に頭を打った。でも多分あっちの方にさやかはいるはずだから送り続ける。送れるだけ送り続けた。意識が飛ぶ瞬間、もう送れない事を悟った。

「死ぬ前に、あいつの声を、聴きたかった」

 言葉を喋れるなら、その分もエネルギーを送ればよかったと友樹は後悔した。


 そこは闇に覆われていた。遠くから声が聞こえて来る。死後の世界というのを友樹は知らないけれど、悪魔の手先がこんな声ならきっとそれほど悪いところではないのだろうと友樹は思った。声のする方へ手を伸ばすと握り返された。温かいその手は本当に悪魔の手先のものなのか、ひょっとすると地獄に落ちた自分を哀れんだ天の使いが救い出そうと手を差し伸べているのではないだろうか。いや、自分には地獄がふさわしい。その手を払い除けたが、再び握られた。誰なんだ。


 目が覚めると、そこはあの公園だった。友樹は地面に倒れていた。手を握っているのはさやかだった。

「生きてる」

「そうね…手、放して」

 驚いて友樹は手を放す。それよりも確かめたい事があった。

「喋って大丈夫なのか」

「ええ、消えたわ。予知能力。だから能力が暴走することもないでしょう」

「そう、よかった。」

 そして友樹は一人で熱くベラベラと喋った挙げ句に告白めいたことを口走っていた自分を思い出して、恥ずかしくなった。あの過去を消し去りたい。ああ、もし過去を変えられるとしたら、この恥ずかしさから救われるのにと友樹は悔しがった。

「勝手に、予知能力を無効化して、ごめん」

「いいのよ、ありがとう」

 以前のような声の響きを取り戻してはいるけれど、友樹にはさやかがうれしそうには見えなかった。嫌なものでも、あったものがなくなったのだから、喪失感はやはりあるのだろう。

「それに時々、外れる事もあったのよね、ここ最近、誰かのせいで」

「へ、へえ。そんな事もあったのか」

「あなたよ、あなた!何度か私の予知した事と違う発言したり行動したりして!気付きなさいよバカ!」

「う、うるさいブス!」

「私の予知が外れたから、私は今生きているのよ!誰のせいよ!あとの余生どうしたら良いのよ!」

「知らないよ、そんな事!そんな半端な能力だったなら、無くなって良かったじゃないか!」

「あなたねえ、私にやった酷い事はまだ許してないのよ、分かっているの?」

「はい、そうですよね」

「これからどんな仕返しをやってあげようかしら。ああ、自由に喋れるって本当に楽しいわ」

 能力から解放されたせいか、さやかの人間性が変わって見える。それとも元からこういう性格だったのか。俺が酷い事をしたせいで歪んでしまったのか。下手に言うのは止そう。あの美しい声で罵られるのは毒に違いない。

「まずは誓いなさい、お前は一生私の奴隷よ」

「えっと、奴隷制度は近代になって多くの国で廃止されたと習いました」

「何でも良いのよ、じゃあ下僕。召使い。家来。好きなのから選んで良いわよ」

 友樹はさやかがあんなに楽しそうに笑っているのをはじめてみた。これまでも微笑みや笑顔を見たことはあったけれど、あんなに明るく笑うさやかは、友樹の中の想像を超えていた。友樹には、さやかとクラスメイト達との間に溝を作った責任や、そもそもさやかの心に傷を負わせた責任もある。これからは、その責任を取らなくてはいけないと心に刻んだ。今はそれらを棚上げにしているけれど、とにかくさやかが幸せそうなので、友樹の心は少し軽くなった。


 銀助が話しを終えると休憩室から音が消えた。しーちゃんが無表情なのは通常運転だから数に加えないとしても、真冬と八宵からは、何か言われると想定していたのに、二人ともすぐには何も言わなかった。バス通りは今も混雑しているようで、何度かクラクションが聞こえた。

 やがて真冬が口を開いた。

「それで、何が言いたいわけ。一人の下僕が誕生した経緯を知って欲しかったのか、それともこの詰まらない話の意味はどこか他にあるとでも言うの?」

 八宵は困ったような笑顔を見せて言った。

「えっと、少しだけ感動したよ。それと、少しだけ話し方は良かったよ」

 真冬は話が詰まらなかった事に本気で腹を立てているようだ。八宵は困った笑顔で傷口に塩を刷り込むような評価を言う。もう止めてもらって良いかな。するとしーちゃんが銀助の肩を叩いて真剣な眼差しを向けた。

「友達、居たんだ。良かったね」

 小さな声でやさしく囁いた。銀助は肩を落とした。

「喋ったと思ったら、それは無いだろ。俺にだって友達はいるよ、だってほら、ここに」

「あ、私を友達枠に絶対入れないでね!」

 真冬は半分怒りながら言う。

「ええ、分かってますよ」

「銀助、私は彼女じゃなくて友達なんだ、うえーん」

 しーちゃんが顔を伏せてウソ泣きの演技を見せた。銀助にも演技だなと分かるくらい下手だ。これはお約束なので銀助はそれに付き合う。

「違う違う、しーちゃんは俺の彼女だ。友達なのは八宵の事だ」

「100点中6点」

 しーちゃんが銀助の対応に酷評を下す。銀助の心がへこんだ。真冬にはそれが楽しかったようで笑っている。

「え、銀助君、僕たち恋人じゃないの?酷い!」

 八宵がハンカチを咥えて悔しがる。可愛いのに昭和の匂いを感じる。

「あれ?友達だろ?この前そう確かめたよな?それ共通認識だろ?」

「どうやら友達は居ないみたいね」

 真冬は笑いながら言う。その顔からは怒りは消え晴れ晴れとしていた。

「そうだったんだ、ははは。泣けてくる」

 銀助は四面楚歌の悲しさを振り払い、前のめりになると強く主張した。

「とにかく、俺が言いたい事は、未来って変えても良いのかって事。だって死ぬはずだった人間が生きてるって大変な事だろ」

「まあそうね、でも変えて良いんじゃない」

 真冬が爪先を眺めながら答えた。興味のなさそうな素振りの真冬に銀助は不満をぶつけた。

「軽いな、真剣に考えた事あるのか、お前」

「少なくてもあなたよりは、ね」

 ぶつけられた不満を真冬はひらりとかわすように答えた。銀助はさらに続けた。

「じゃあ、未来を変えた後、変える前の未来はどうなるんだよ」

「僕知ってるよ。変える時に分岐して二つになるんでしょ」

 八宵が答えると真冬は鼻を高くして言った。

「残念、ハズレです。今この異能力島で研究されている最新の時空理論では”上書き”されるのよ」

「上書き?」

 銀助と八宵は示し合わせたかのように同時に疑問のもととなる単語を言った。そもそも銀助には八宵と真冬の話はどちらも知らない内容だった。未来を変えた後に、変える前の未来はどうなるのかという問いに、銀助は答えを持っていなかった。でもだからこそ興味がある。それとは真逆で全く興味の無い様子のしーちゃんは通常の人形の状態に戻っている。

「ええ。つまりAからCの間のB地点で未来を変える出来事が起きると、Bから先のCの間は上書きされるってこと」

「いまいち想像出来ないな」

 銀助の知りたがっている姿に真冬は気分よく説明を加えた。

「例えばビデオテープにアニメを録画してAパートが終わったところで止めてたのに、そんなのお父さんは知らないから続きで水泳大会を録画していて、やっぱりもう一度初めからアニメを見直そうと思って巻き戻して見ていたら、Aパートが終わると急に水泳大会になることって、あったでしょう?つまりはそういう事よ」

 説明出来て満足した真冬を前に、銀助と八宵は納得していない様子だった。

「ビデオテープって何?メディア?」

 八宵は冒頭のその単語から理解出来ていない。

「それ誰の実体験だよ」

 銀助は疑問の解決よりも先に、この言葉を言わずにはいられなかった。誰だよ、俺と同じ体験をしていた奴は。

「分かりにくいかなあ。ビデオテープ理論」

 どうして伝わらないのか理解していない真冬に銀助は理解した範囲から浮かんだ疑問を投げかけた。

「そもそもビデオテープを説明しないと伝わらないだろう。まあその、昭和のお茶の間の出来事はもう終わりで良いから。で、その場合、例えばZさんが例のB地点にタイムトラベルして、もし自分の親を殺したら、Zさん自身はどうなるんだ?消えるのか?存在しなかった事になるとか?」

「消えないし、存在し続けるわ」

 真冬は当然でしょと言わんばかりに即答した。

「タイムパラドックスは起きないってこと?」

 八宵の口からまたも銀助の知らない単語が出てきた。

「だから、アニメのAパートが終わったら水泳大会が始まるだけよ」

 同じ説明を繰り返す真冬に銀助は苛立ちの感情のまま聞いた。

「その例は分からない、でもそれはどうでもいいけど、パラドックスって何だよ」

「タイムパラドックスは、銀助が疑問に持った”親殺し”の事で、簡単に言えば時間旅行で生じた矛盾や変化の事よ。で、このビデオテープ理論では時間が分岐したりZさんが消えたりはしないの。なぜなら今より過去に起きたことは消せないから。逆に言えば未来は消せるって事ね。つまり、B地点を観測していると、突然別の時間からタイムトラベルしてきたZさんが現れた訳で、その先はZさんがいることとして上書きされるの。その後時間が流れると上書きされた過去はそのまま確定される。例えC地点で親を殺しても、B地点で観測したZさんが突然現れた現象は消えないし、親が死んでZさんの赤ちゃんは生まれて来なくても、C地点の親を殺したZさんもまた観測により確定された出来事としてそのまま存在する事になるって訳ね、もちろんその先も同じくZさんは消えない」

 真冬はまるで見て来たかのように説明した。

「なんだか色々考えたら矛盾は出てきそうだけど、とりあえす、それが異能力島での最新の理論なんだね」

 八宵もある程度理解したが、矛盾点があるのではないかと疑っているようだ。

「うーん、理解したような、していないような」

 一方で疑問を解決したいために話題を出した当の銀助には結局のところよく分からなかった。

「何で銀助が理解出来ないのよ!」

 誰のために説明してあげたと思っているのよ!と、顔に書いてある真冬が銀助にツッコミをいれる。

「悪かったな」

 自分の理解が追い付いていない銀助は、立て板に水の説明を披露した真冬に言いようのない負の感情を抱いた。真冬はまるで得意分野の試験結果が良くて満足しているような顔をしている。八宵は今の理論について、ぶつぶつとつぶやきながら考えているが、今のところ矛盾を見つけられないようだ。しーちゃんはおとなしく座ったままで特に変化はない。おそらく興味もないのだろう。銀助は全てを理解していないため、その後の質問が浮かばなかった。ここでこの話は終わった。真冬が冷たい視線を浴びせてくる。

「まさか本当に詰まらない話のまま終わるとわね。残念で何も言えないわ」

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