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異能力島の日常  作者: さくやひろと
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×月×日-03

「だから前に言ったでしょ、やり過ぎじゃないって、私もう知らないからね」

 那奈が友樹の肩から手を離し自分の席に座る。先生が来てすぐに救急車を呼ぶため職員室へ戻る。倒れたさやかは少し首を横に振った。瞼は閉じたままだが意識はあるように見えた。友樹は責任の重圧から少し開放された気がした。それでもさやかの状態が良くなった訳ではない。遠くからサイレンが聞こえた。その音がだんだん近付くと友樹は胸が苦しくなった。救急隊員が到着してさやかと担架に乗せると教室から運び出した。ついて行こうとする友樹を救急隊員が止めた。担任の先生に声が掛かりさやかと共に救急車に乗り込む。ドアを閉めるとさやかを乗せた救急車はサイレンを鳴らしながら走り去った。その日、残りの授業は取りやめとなり、全ての生徒はすみやかに下校するようにと教頭先生の校内放送が流された。学年主任の先生が友樹たちの担任の代わりに教室へ来て簡単なHRを済ませると、何人か残して他は帰るように指示された。友樹と那奈は残るように言われた。那奈は明らかに不満そうな顔をしていた。

 翌日は朝のHRの代わりに全校集会が開かれ、学校側が把握している昨日の事件の顛末と運ばれた生徒の容態が報告された。さやかは一週間程度の入院が必要であると名前は伏せた状態で告げられた。友樹はこの苦しさに一週間も耐えなければならないと思うと胃が痛くなった。

 教室に戻ると担任の先生が、さらに詳しく容態を話した。声を出した事により予知能力の暴走が起きたこと、その暴走に体が耐えられなくなり倒れたこと、そのために声を失ったこと、一言一言が友樹の心の罪悪感を重くする。

「先生、そもそもどうしてさやかさんはこの学校に転校して来たんですか。異能力島に行けば仲間がいっぱい居るから、その方が良かったんじゃないですか」

 那奈は昨日居残りになったことを根に持った顔で質問した。クラスメイトも少なからず同じ意見の顔をしている。友樹は別の角度からの意見に肩身を狭くした。

「異能力者もそうでない人も、自分の住む場所を決める権利を持っているんです。転校の理由は個人情報なので勝手に言えません。でも誰にでもよくある理由ですよ」

 親の転勤か、家族の都合か、何人かのクラスメイトの口から思い付く理由が挙げられた。初めはみんな珍しがっていたのに、どこに行っても最後はそう言われるものなのかと友樹は自分の過去と照らし合わせていた。友樹にも似たような事を言われた経験がある。だからこの学校に転校して以来、誰にも異能力の事は言わないと決めていた。

「ではこれからみんなには、さやかさんの事で気付いたことを挙げて言ってもらいます」

 先生は一通り話し終えると、さやかが倒れたのは誰のせいなのか犯人探しを始めた。既に先生の中で目星が付いているのはクラス全員の知るところだ。前に座っている生徒から一人ひとり順番に言うように指示した。みんな順番がくると立ち上がり「話し掛けたことはない」などと言って自分の席に座る。友樹はさやかが転校して来たばかりの頃を思い出していた。違和感がクラス中に漂っていた。

 那奈の順番が回ってきた。那奈はみんなと違うことを言った。「友樹君がさやかさんをいじめていました」と言うとすました顔で席に着く。その次に順番が回って来たクラスメイトからは友樹の名前が上がるようになった。友樹の順番が回って来た。先生の眉間に皺が寄る。無言の重圧に押しつぶされそうになる。それでも友樹はさやかが運ばれた昨日、いつか言おうと用意していた言葉を胸の奥から絞り出した。

「僕がやりました」

 那奈は友樹を見て微笑んでいる。友樹には那奈の微笑みやクラスに漂う違和感について言いたいことはあった。でもそれは先生の目には見えていないことで、確たる証拠もなく、友樹が不利になるリスクしかない事なので、それ以上は言わずに素直に席に着いた。何でこんなことをしてしまったのだろうと心の中で反省していた。他のクラスメイトが立ち上がり「知りませんでした」と言うと座る音が繰り返し何度も聞こえた。

 友樹は母親にさやかの治療をする施設へ連れて行かれた。今回の事で母親に迷惑を掛けた自覚もあり、行くことを拒否する立場にはなかった。むしろ一刻も早く謝りたかったので言葉には出さなかったが是非行きたかった。

 そこは大きな古い建物で、異能力研究所総合病院というところだった。異能力島が出来て以来、こういった施設は島へ移転する傾向にある。友樹の暮らす地域でこれだけ大きな施設はもう他には無い。さやか一家が越して来た理由のひとつはここだろうと友樹は思っていた。ちなみに友樹が通っている施設は、昔ここの医院長を務めた知人が開いている小さなところで、ここに来るのは幼稚園児の頃以来だ。外見は知っていても、中の様子は覚えていない。

 見舞いの花や封筒を持って受付を済ませ、さやかのいる部屋へ向かった。友樹は辺りを見回したが記憶の欠片にも残っていなかった。部屋の扉を開けると、さやかは窓の外を眺めていた。その傍でさやかの母親がりんごを剥いていた。入るなり母親が深く頭を下げてお詫びの言葉を言い、友樹も続いて頭を下げて謝罪した。頭を上げると、さやかは表情も姿勢も変えずに窓の外を見ていた。さやかの母親から花瓶に水を入れて来て欲しいと頼まれたので、渡された花瓶を持って友樹は部屋を出た。水道のある所を探して廊下を歩く。トイレを見つけたが、他にないか探した。結局見付けられずフロアの中央にあるスタッフステーションで聞くことにした。行ってみるとそこには誰もいなかった。きっと奥の方で仕事をしているのだろうと思い、カウンター脇から中に入った。その奥のドアの向こうから声が聞こえた。どうやら交代勤務の申し送りをしているらしい。医療ドラマで見たのと同じことを言っていたので、その人たちの声が役者の声のように聞こえて恰好よかった。

「あと、502号室の相模さやかさんは、以前の能力暴走時に自身の死期を知っているため会話の内容に配慮すること」

 自身の死期という言葉に友樹は愕然とした。さやかの予知能力は翌日分と聞いていた。それが、さやかが倒れたあの時、まさかそんな事になっていたなどとは思いもしなかった。能力が暴走する可能性があるとは聞いていたけれど、それが実際にどのようなものなのか知らなかった。友樹は自分の浅はかさを思い知った。そしてその責任をどうにも取れない無力さに襲われた。

 水を汲み、さやかのいる部屋へ戻ると友樹の母親はいなかった。さやかは変わらずに窓の外を眺めている。さやかの母親は指に絆創膏を貼っていた。

「あら、ありがとう。あなたのお母さんね、ご用があって帰らなくちゃ行けないから、もう車に戻ったわよ」

 思いもしない言葉に友樹は返す言葉を見つけられなかった。今日の用事はお見舞いと聞いていたのに、それよりも大事な用とは一体何だろうか。

「さあ、花瓶はもういいわ。じゃあね、さようなら」

 水の入った花瓶を無造作に取られると肩を押されて廊下に出された。花瓶から水が少しこぼれた。友樹が振り向いて「あの、本当にすみませんでした」と言う前に扉は閉められた。自分の声を相手は拒否しているのだと理解した。友樹の母親は用があって帰るのではなく、さやかの母親は用が済んだなら帰れと言いたいのだろう。ここに来れば罪の償いが出来ると思っていた友樹は、またしても浅はかな考えだったと痛感した。

 車に戻ると友樹の母親は運転席に座っていた。黙って乗るとエンジンが掛かり車は動き出した。建物が見えなくなる頃に友樹は呟いた。

「もうしません」

「約束してよ」

「うん」

 いつもは活発で怒りっぽい母親が、全く怒らず涙を流してる。友樹は車のミラーに映る景色を眺めながら後悔した。

 教室のドアが開くと、そこにさやかがいた。一瞬教室の空気が固まった。退院してから自宅で静養していたので二週間振りにクラスに戻って来たことになる。何人かが「おはよう」と言った。さやかが声を失った事は全員知っている。友樹はそれでもはテープの声で返事は出来るのだろうと思っていたら、さやかは返事を返す仕草もなく黙って席に着いた。さやかからすれば全員が敵なのだ。これから卒業まで、いや卒業してからもずっと続くのだろう。友樹もあの日以来、クラスの誰とも話をした覚えはない。

 放課後になるとさやかは誰にも気付かれないうちに帰った。友樹は今日あたりさやかが登校する事を母親から聞いていた。それに合わせて、さやかに渡すものを用意していた。学校で渡そうと思っていたが、誰かに見られたくはないので渡し損ねていた。ならば放課後にと考えていたが、そういえば、さやかは誰にも気付かれないうちに帰るんだったと、箒で床を掃きながら思い出していた。友樹はひとりで教室の掃除をしなければならない。掃除の範囲は教室と廊下で、同じ班の残りのみんなは廊下の掃除を簡単に済ませると遊び始めたり既に下校していた。友樹はいつも損な役回りに慣れていた。

 友樹は例の公園に向かった。渡すならそこしかなかった。友樹が知る限り、下校したさやかはいつもそこに行っていた。だから今日もそこにいるだろうと思っていた。その予想は当たり、さやかは公園に一人でいた。今日もベンチで蝶と戯れている。ひょっとしたら前に見た時のように蝶と話し始めるかと思い、影から様子を見ていたが、そんなことはなかった。友樹は責任の重さを感じると胸が潰れそうに苦しくなった。隠れていたら渡す物も渡せないので、友樹はさやかの前に姿を現した。

「あの、この前は、ごめん」

 さやかは蝶と遊ぶ手を止めた。見上げる目には虚無が宿っていた。蝶がさやかの傍から飛び去っていく。さやかが自分の死期を予知したと知ったあの日から、友樹は責任の取り方を考えていた。きっと異能力島でなら、記憶を改ざんする異能力者に死期を予知したという記憶を書き換えてもらうとか、ある研究機関が過去へのタイムトラベルは可能という理論を発表していたので、もし実験するなら協力の見返りに死期を予知したという過去を変える方法もあるのだろう。しかし友樹にはそんな異能力者の知り合いはいないし、ネット掲示板の怪しげな書き込みは信じていない。過去へのタイムトラベルも理論だけでいつ出来るかは分からない。そもそも一人では異能力島へ行くことも出来ない。小学校6年生には出来ない事ばかりだ。

「俺はうらやましかった。予知能力って恰好良いなって。それに比べて俺のはどうしてこんな能力なんだろう。誰が俺にこの能力を与えたんだろう。でも今日だけはこの能力で良かった」

 友樹がランドセルの中から半透明のタッパーを出すと中に丸い飴玉のようなものがひとつ入っている。それはさやかにも見えていた。友樹はそれを取り出す。

「俺のは体を治す能力。それも何日分かの能力波エネルギーを飴玉に注入する準備が必要なんだ。地味で役に立たないだろ。ここ笑うところだぞ」

 その飴玉をさやかの口元に差し出す。さやかは自動化されたようにそれを口に入れた。友樹はその飴玉があるであろうさやかの体に向けて一歩離れて手のひらから異能力エネルギーを送り始めた。

「これで声だけは元に戻るはずだから。これくらいしか責任の取り方が無くて、本当にごめん。せめてもの償いに受け取ってくれ」

 さやかがテープレコーダーを取り出すと再生した。

「私は未来を変えてはいけないからここに来た。あの時見たの。私は今日、あなたのこの治療が失敗して死んじゃう瞬間を。でも諦めている。そして、それを知って後悔するあなたの顔を見れれば満足よ。これが私からあなたへの仕返し。さあ治療の続きをどうぞ。その手で私を殺してみせなさいよ」

 友樹の顔は青ざめていた。

「うそだろ…」

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