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八話 悲しい詩と優しい音

 

  帰る道すがら詩織は、この苦しみを紛らわす為か誰かに寄り添いたいという思いか、音々に救いを求め洋食店に立ち寄る。

  すると、ランチタイムをさばききった音々が、ちょうど「準備中」の札を掛けているところだった。

  音々は詩織に気付き笑顔を見せるが、表情の異変を感じ取り、優しい眼差しで近づき話しかける。

「泣き虫さん? 寄っていくかい?」

「……うん」

  店に入ると音々はおしぼりを詩織に渡して厨房に入って行った。

  詩織はエアコンの下で熱を持った身体を冷ますように背伸びをして風に当たると、すぐに身体が冷えてきた。

 ヘアピンをカウンターに置き、手櫛で髪を搔き上げた詩織は、おしぼりを目に当てがって、流れた涙の跡を軽くく。

 すると厨房から音々の声が聞こえてきた。

「詩織ー? アイスティーでいい? それともビール?」

  眉をしかめ、少し声を張って詩織も返事をする。

「私、お金持ってきてないよ。そして未成年」

  暫くしても返事がないので詩織はカウンター席に腰掛けて、とりあえずこれをやっておかなきゃとクルクル回る。

(音々姉がくるまでくるくる——っと)

  二周ほど回ったら逆に、二周回って逆と繰り返すと、当然だが視界がグラグラと揺れだした。

  余計なことするんじゃなかったと、カウンターにうつぶせていると音々が戻ってきて詩織の手元にアイスティー、自分にはアイスコーヒーを置いて詩織の隣に腰掛けた。

「営業中じゃないからサービス。って、どうした? まだ泣いてるの?」

  俯せたまま首を振り、低い声で答える詩織。

「椅子でくるくるしてたら視界もくるくるしてきた」

「——まったく。そういうとこ本当、昔の灯さんそっくり」

「はは……。あの、お母さんがねぇ……なんか意外だ」

  音々はストローで氷を突っつきながら、確信も突いてくる。

「それで? 今日はどうした? まぁ、聞かなくても顔に書いてあったけど。悲しいって」

  スッと顔を上げ音々を見つめた詩織の目には、また涙がにじんでいた。音々は「飲みな」という感じでアイスティーに手を添え詩織の頭を優しく撫でる。

「やっぱ、音々姉だなぁ。歳、近かったら好きになってたかも」

  そう言って詩織は出されたアイスティーのグラスを持つと、ストローを使わずに飲み干した。

「近かったらって、さりげなくえぐらないでくれる?」

「ん、ごめん。なんかさ? 私ってつまらない女だって痛感つうかんしちゃった訳ですよ、うん」

  額をポリポリといて呆れる音々。

「あのねぇ、中二やそこらでさとれる程、人生は甘くないよ。Life is bitterだよっ」

  詩織は、簡単な英語をこうも偉そうに言う音々が少し可愛く見えた。そして、しれっと反論する。

「中二の価値観で中二のつまらない私が、中二ながらに悟ったって感じたんだからそうなの」

「んとに、屁理屈を……」

 そう言って音々はストローに口を付けた——


 暫く音々と話していると、気付かない程に胸の苦しみが和らいでいき、詩織の顔は先程とは比べ物にならない程(おだ)やかだった。

「ねぇ、音々姉? 目、つむって私がなんで泣いてたか聞いてくれる?」

「はいはい」と溜め息まじりに返事をして、瞳をとじる音々。

「あのね——」

 ピクッ——音々の身体が反応する。

「詩織……。あんた……」

  迷いない穏やかな笑顔で詩織は音々に言う。

「優しい音々姉には、つまらない私の『初めて』をあげます」

  眉を下げ、ほのかに照れたような音々。

「まったく……後悔しても知らないよ? はぁ……灯さんには口が裂けても言えないな」

「後悔する……か。だったら音々姉が後悔しないようにしてくれる?」

  音々は詩織がなにを言いたいのか理解できなかったが、詩織の目を見てそれを理解し真剣な面持ちで口を開く。

「本気なの? あんたとは十七も離れてて、女同士だし、灯さんの後輩だよ。もし、何かあってヤケになってるなら——」

「そうじゃないっ! そんなんじゃないよ……。私、音々姉のこと前から好きだったとかじゃないけど、でもっ! 音々姉と話してたらモヤモヤっていうか、痛いの無くなって……だから——」

  自分より随分ずいぶんと歳の離れた詩織が、声を震わせ必死に話している姿を見て、音々は立ち上がり詩織の肩に優しく両手を乗せ、詩織と唇を重ねた。

  自分のしたキスとは違い、大人びた音々のキスに詩織の顔は薄紅色に染まる。

「——こうするの」

「うん……。なんか、嬉しいかも」

「かもってなんだ! かもって! まぁ、詩織の気が済むまでお姉さんが付き合ってあげよう。って、これ捕まらないよね? 大丈夫——?」

  少しの……いや、大きな不安を抱えた言葉とは裏腹に音々の表情は晴れやかだった。

「気は済まないかもしれないけど、よろしくね音々姉」

「音々でいいよ——」

  音々はそう言って詩織を引き寄せ抱きしめると、見た目以上に小さい身体が急に愛おしく感じた。

「……音々」

  その場の雰囲気で音々と恋人という関係を築いてしまった詩織だったが後悔はしていなかった。

  むしろ急速に芽生えた音々への気持ちと、この関係を嬉しく思うと共に、葵への想いはやはり幼馴染みとしての寂しさだったんだと自分に言い聞かせた。

  すると音々は包み込むように抱きしめた詩織の耳元でささやく。

「——私の部屋、行こ」

  ゾクッ——耳をくすぐる吐息といき混じりの声色こわいろは、今(まで)の音々の口からは聞いたことがない妖艶ようえんな声だった。

  その声に合わせたように詩織の鼓動は速く激しく高鳴る。

「……うん」と少し間を空けて言ってみたものの、音々の囁きと、その声色に詩織はわずかな不安に似た期待のようなものを感じていた。

  二人は音々の部屋がある二階に上がると、ドアノブに手を掛けた音々が緊張している様子の詩織に言う。

「詩織——? 今日は両親、出掛けてるから平気だよ?」

「え? あ、うん(——平気、平気……平気っ!?)」

  音々の言い放った、気遣いとは言いがたい意味深な一言は、詩織をより一層緊張——いや、動揺させた。

  床に映る音々の影が部屋に消えていくと、詩織は部屋との境界線をぼんやりながめて思う。

(音々なら優しくしてくれるよね。きっと……ってそういう事だよね?)

  意を決した詩織は、大きく深呼吸をすると水を差すように音々の声がした。

「——詩織ー?」

「はーい」と意外にすたすたと部屋に入って行く詩織の目前に広がる光景は意外でもなんでもないものだった。

  ダンベル、ベンチプレス、ジムにありそうなトレーニングマシンが所狭ところせましと配置してあり、その中で一(きわ)異彩を放っていたもの——

  それは、どう考えてもこの部屋に似つかわしくない、天蓋てんがい付きのプリンセスベッドだった。

  ネタというか、突っ込みどころを完備したベッドもそうだが(ここ二階だけど床抜けたりしないよね?)と詩織はかなり本気の表情で心配していた。

  すると「座って——」という感じで目をベッドに向けて合図をする音々。

  恐る恐るベッドに座り、ゴクリと息を飲む詩織。高鳴る鼓動に相応そうおうして荒くなる呼吸。

  音々はベッドに上がり、おびえるように目を瞑る詩織の背後に回り込むと、後ろでかすかに音を立てて何かをしているようだった。

  音が止むと詩織の髪をかき分け、鎖骨さこつからうなじにかけて滑らせるように触れる音々。

「——んっ……」

  ゾワッ——鳥肌を立てて声をらした詩織の鼓動は、無機質な部屋の静寂を破るような錯覚を覚える程、激しく脈打っていた。

  詩織は瞳をとじた闇の中、音々は今どんな格好をしているのか? 今から何をされるのか? と様々な思いをめぐらせていた——。

「——はい、でーきたっと」

  音々の声に反応して目を開けた詩織が見たものは、音符のチャームが付いたネックレスだった。

「この、音符……音々——?」

「あげるよ。記念日とかってがらじゃないけど、私もなんか嬉しいかもだからさ? 私だと思って大事にしてくれたまえ」

  そう言って音々は、はにかみながら可愛らしく笑った。

  そんな音々を見て詩織は、また涙を浮かべるがそれは先程とは違う涙だった。

「音々あざとい、かわいい、嬉しい、泣きそう、だから責任とって——」

  詩織は音々の大きな胸に飛びついてつぶやく。

「ふき」

「私も好きだよ。詩織」

  そして顔を上げ、流れた嬉し涙に見合った笑顔を作り音々に言い直す。

「——好きっ!」

「うん、ありがと」

  そう言うと音々は座ったまま、詩織を両手で軽々と持ち上げそのまま抱きしめた。

「さっきはエッチな事されるかと思ったよ」

「いやいや、さすがに出来ないって。なんで? 詩織はして欲しかったの?」

「わかんない——でも音々なら良いかなってちょっと思ったよ」

「それは嬉しいけど、私もまだ捕まりたくないし、なにより死にたくない——」

  二人は目線を上に向け、憤怒ふんどした灯を想像して戦慄せんりつした。

  首を振って恐ろしい想像を振り切り、詩織は音々に質問をする。

「音々って利き手どっち?」

「ん? ——右だけど?」

  そう言って、右手を回してパキパキと指を鳴らす。

「手相見てあげるから、手貸して?」

「——ほい。って手相なんて見れるの? 占い師さん?」

「占い師の「し」は詩織の「し」! 嘘だけど」

「うん、知ってる。はぁー、まったく大丈夫かなぁ」

  任せてと言わんばかりにあざとく、そしてわざとらしくパチパチとウィンクをする詩織。

「ふむふむ……。むむっ! んとね、貴女あなたは近いうちに素敵な女性とめぐり逢うでうそう——!」

「噛んだ」

「ぐっ……」

  顔を歪めた詩織の手を優しく握りうつむく音々。

「惜しいけど、まぁ当たってるかな? 素敵な女性と言うより可愛い少女で——もうめぐり逢ってるからね」

 そう言って顔を上げた音々はウィンクをして、人差し指で詩織の唇に触れた——

「——むっ」と、口をふさがれた詩織も同じように音々の唇に指をえる。

 その行為は、芽生えたばかりの禁断の恋をお互いが共有し、声には出さないが「誰にも言わない」と誓い合っていた。

  すると詩織は音々の指をとり大人の女性の真似事のようにあごを持ち上げキスをした——

  そして先程の音々と同じように耳元で小さく囁く。

「音々……エッチなことしよ——」

「しないっ! しないしないしないしないしないっ! もう、本当におかしくなるからっ!」

  音々は今まで抑えていたであろう欲望を振り払い、そのままベッドから降りて背を向けると声を上擦うわずらせながら独り言を言う。

「——あぁ! も、もうこんな時間だ! お店の準備しなきゃだね!」

「音々——ふぅー。そうだね、私もそろそろ帰ろっかな……」

  寂しそうにそう言って詩織もベッドを降りると、音々は大きく深呼吸して振り向く——

「ごめんね、詩織……。私ね、女の子となんて初めてだからさ、正直どうしたらいいかわからなくて……でも詩織のことはちゃんと好きだよっ。一日でこんなに人のこと、ましてや同じ女の子のこと好きになるなんて思わなかったけど、ちゃんと好きだから」

「まったく——臆病だなぁ、私の彼女は。でもそういう音々を知ってるのは私だけだから嬉しいよ? そだっ! 今度さ? 二人で出掛けよっか?」

  その言葉に敏感に反応して、表情が明るくなり嬉しそうな音々。

「じゃあ今度、時間作って打ち合わせしよっか? うぅ——楽しみだなぁ」

「子供じゃないんですからねー、しっかりしてくださいよ? 音々さん」

「——うんっ!」とまるで年齢が逆転したかのように音々は無邪気に笑い、うなずいた。

  こうして、二人は一緒に出掛けると約束してその日、詩織は帰っていった——


 音々は期待に、その豊満な胸を弾ませつつも、やはり灯の存在がちらほらと脳裏をよぎっていた。

(——もしバレたら……。いさぎよく遠くへ逃げよう……)

 

これは平気なんでしょうか……

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