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二話 古参の猛者と不在の主

もう一人のメインキャラの葵の紹介を兼ねた日常のような内容です。

 

 廊下の壁を叩く掃除機の音で葵は目を覚ました。

(——ん、ぅん……。う……るさい……)

 今しがた起き、微睡まどろんでいるこの少女。


水鳥川みどりかわ あおい(十七歳)』

 詩織しおりと同じ女子校に通う、高二女子。

 詩織とは同級生で、幼い頃から関係が途切とぎれる事もなく、よく一緒にいる言わば親友である。

 肌は白雪はくせつのように美しく、詩織よりも大人びた切れ長の瞳と整った顔立ちは良い意味で高校生らしくなかった。

 手触りの良さを見た目で感じることのできる綺麗な黒髪は、腰の辺りまであり葵の自慢の一つでもあった。

 性格は優しいが、冷静な振る舞いがそれを感じさせず不器用な一面を持ち合わせる。

 しかし、詩織の母親のあかりや近所の洋食店の店主といった顔馴染みの年上女性には異常なまでに人懐っこく甘え、まるで別人のようになったりもする。

 さらに、ゲームをしている時は気持ちが高揚こうようするのか異様いようなテンションになり詩織をしばしば戸惑とまどわせた。



「——日曜の朝くらい、静かにしてよ……」

 寝起きのかすれた声で言うが、壁の向こうの母親にはその声が届くはずもない。

 その騒音から逃げるように布団をかぶり、休日の早朝を肌で感じていた。

(ステージ)2の練習、氷海ひみもやるかなぁ……)

 ぼーっとする意識の中で、そんなことを考えていると再び眠りの中に落ちて行く葵——


——ポーン、階段の踊り場にある掛時計が11時30分と葵に二度寝したことをげた。

 目が覚めてしばらくすると、外へ昼食に行くと母親が呼びに来たがそれを断ってPCの電源を入れる。


 そして、テーブルに置いてあるスマホを手に取ると、寝る前に詩織に送ったメッセージの返信がない事に気付きめ息をつく葵。

 時計は11時46分、さすがに起きているだろうと思い詩織に電話をする。

——プルルルル……カチャ

「おっ(早い)? おはよ。氷海にしてはお早いお目覚めで」

「いや、寝てましたよ……。絶賛睡眠中でしたよ、むしろ爆睡してたからぁぁぁぁ!」

「そか、そらすまんね。てか、どんな寝起きだ?」

 寝起きがこれだけ騒がしいのは、この子くらいじゃないかと思いつつも冷静に対応する葵。

 そんな葵に皮肉と欠伸あくびで返す詩織。

「肌の色のように相変わらず冷めてますね。ふわぁぁぁぁぁ——。んで、どったの?」

「S2の練習するけど、氷海もやる?」

「課題とか済ましたら、インするから先にやっててくれたまへ! では、おやす、さらばだっ!」

——ップチ プーーープーーープーーー

「今、絶対おやすみって言いかけたな」

 これは見込みなしだなとスマホをベッドに放り投げ、一つため息をついてPCに向かいPTパーティー募集からめぼしいPTに入る。


 野良での練習は固定PTと違って、意思いし疎通そつうやPTメンバーのくせなどがわからない為、クリアするのはなかなか困難だった。

「私以外は、みんな同じギルドかぁ……。これならいけるかもなぁ? ん、これってもしや私が足を引っ張るパターンじゃ……」

 葵はPT概要(がいよう)からメンバーをサーチし、次々と見ていく。

 すると、全員基礎ステータスはカンスト、武器や防具、アクセサリーに至るまで、これから挑むレイドで手に入れられる装備で固められていた。

「うーわ、なにこれ……。ガッチガチじゃないですか。練習PTのはずだよね? いよいよ私の出荷しゅっか……あるな」

 などと言っていると、他メンバーが一斉に出発モーションをしたので、葵も急いでモーションコマンドをクリックする。

 予想した通り、このPTは慣れた感じで当たり前のようにボスの攻撃を避け、そして攻撃しあっという間ににS2をクリアしてしまった。


 葵は節々で何度か倒れたが、PTメンバーの手際てぎわよい蘇生そせいで助けられていた。

 S3のPT補充も同じギルドメンバーで補い、S3になかば無理矢理、挑戦した葵は迷惑を掛けまいと回復要因(よういん)てっしていた。

 それでも分からないボスの攻撃パターンに何度か倒れたが同じように蘇生をもらい、気が付けばボスを撃破し、葵は初のレイドクエストコンプリートを達成した。


 葵は、自分が思っていた通りの出荷されるという結果に終わり暫く呆然ぼうぜんとしていた。

 普段から詩織とVCメ(ボイスチャット)インで会話してたため、流れるチャットログに気付きいそいそと打ち終わる頃には一人のPTメンバーしか残っていなかった。

「……やってしまった」


 — LOG —

[アオイ]PTありがとうございました! ぼーっとしてたらみなさん抜けてますね、、、しかしあまりに早すぎてなにが起きたか、、、

[カナタ]あーそうですねwみんな古参こさんで上手ですから練習とかだったら向いてないかもです

[アオイ]でもホントに助かりました! もしよかったらフレ飛ばしてもいいですか?

[カナタ]ぜひぜひ

[アオイ]やた! ではこれからもよろしくお願いします!

[カナタ]こちらこそよろしくお願いします! ではではこれで一旦落ちますのでおつかれさまでした!


 葵も母親に頼まれていた家事をする為に、ログアウトして一階に降り、鼻歌交じりに家事をこなす——。


 コーヒーをいれて西日の当たるリビングのソファーに腰掛け、読みかけの漫画を読んでほどなくすると詩織から電話がかかってきた。

われ帰還きかんせりっ! シャキーン!」

「はいはい、シャキーン。そだ、かーだーい(課題)っ、お疲れさま」

「え? あ、うん。あっ……あーっ! そう言えばさっきまでやってたんだけど、急にね? ヤギが入ってきて! ほら、私の部屋一階じゃん? そのヤギが終わったばっかの課題食べちゃったの! いやー、ほんとヤギだよねぇ」

「氷海さんはそれでいけると思ったのかな?」

「ちょっと苦しいよねー、うん」

 詩織の事を理解している葵にとって、こういう事は日常的にある事なので、軽く微笑んでコーヒーを一口飲む。


 それから今日知り合ったPTメンバーの事を話したり、フレンドになった事、あっという間にS3までクリアした事を聞いた時は、さすがの詩織も落胆らくたんしているようだった。

 少し気の毒だと、詩織を気にかけて葵が言う。

「じゃあ今日のフレさんにPT入れてもらえるようにお願いしてみよっか? 古参って言ってたから多分ギルドも大きいとこだと思うし」

「え、いいの?」

 電話越しに詩織の顔がほころんだのが、なんとなくわかった気がした。

 詩織は明るい性格の割に、心から笑ってると思える事があまりなかった。


 するとその詩織がまた突拍子とっぴょうしも無いことを言ってきた。

「あっ、PTメンバーとかやっぱいいから、その人達とオフ会しない?」

 またか、と呆れたように片眉をしかめ、軽くため息をついた葵はい気味に切り捨てた。

「——却下きゃっか。そもそも知り合ったばっかりなのに相手の人も来ると思う? 氷海さんは出逢いちゅうなのかな?」

「ですよねぇ。つーか、やるとしても女の子がいいから出逢い厨ではない! 女の子でこのゲーム一緒にやってるの、葵しかいないからさ? リアルでもそういう子がいてもいいかなぁ……って」

 始めた当初からずっと二人でやってきたが、詩織は詩織で思うところがあるんだと葵はこの時初めて知った。


 葵も詩織が言うことも一理あると、少し興味を持つ。

「ん、女の子だったら私もやってみたいかも? でもあのガチガチの古参戦士たちが、女の子な訳ないな」

「ガチガチなの? あ、そだ葵ちん? 明日学校終わったら、また病院付き合ってほしいんだけど」

 葵は月に一回ほど通院する詩織が、待ち時間の退屈しのぎになるようにとその都度つど付き合っていた。

 騒々しい昼の病院とは違う、夕方の静かな病院で詩織の診察中の待ち時間に、読みかけの小説を一人ポツンと読むのが葵は割と好きだった。

「ん、いいよ。私も病院の近くの雑貨屋行きたかったから、診察が終わったら行こ?」

「おけ、じゃあ決まりね。いつもありがと」

「いえいえ。最近、調子良さそうで良かった」

「……うん」

 一瞬の間を感じたが、詩織の症状を本人よりも理解していた葵だったので、野暮やぼな事は聞くのもと思いその日は話しを終えて電話を切った。


 二時間ほど学校の課題と対峙し、コンビニに行くために外に出ると冷えきった外気が葵の身体を包み込む。

 ベージュのトレンチコートに長い髪、白い顔の女の子が一人夜道を歩く。一見したらヤバい奴だ。

 これでマスクして街灯の下にでも立ち、通りすがる人に質問でもしたら完全に都市伝説のそれである。

 少し歩くと、すぐ先の区画にある詩織の家が見えてきた。

(氷海は部屋にいないか。まだ寝てないだろうけど、おやすみーっと)

  煌々(こうこう)と光るコンビニの店内に入ると、興味があるわけでもないファッション誌を手に取る葵。

 ページをパラパラとめくるが特に目を付ける様子もなく棚に戻すと、コミックの棚に愛読している漫画の新刊が出ている事に気付き、葵は眉を上げる。

 その新刊コミックを手に取り、缶コーヒーとミネラルウォーター、レジのほうをのぞき込み女性店員を確認すると生理用品を購入し足早あしばやに自宅に向かう。

 帰りながら見た詩織の部屋の電気は消えたままだった。


 家の玄関を開けると香ばしい香りがしたので、その足で晩飯を済まそうとリビングに入る。

 すると、すでに食卓には葵の分の料理も並べられている事に気付く。

 家にいる時は普段から父と母、三人で食事をしているので当たり前ように椅子に腰掛ける葵。

 家族団らんで食が進むが葵はもともと小食の為、人並み程度で苦しいほどお腹は満たされてしまう。

 食事を済まし、何気ない会話を家族と楽しんでいた。

 暫く幸せな日常のひと時を過ごした葵は、風呂に入るからとリビングを出ようとする。

 すると母親が葵を呼び止め、今度の土日に父親と二人で旅行に行くからと報告してきた。

 葵も子供の頃は当然、両親と旅行に行っていたが物心も付き、照れ臭さと二人だけで楽しんできて欲しいからと最近は留守番するようになっていた。


 葵は当たり前のようにうなずき、微笑ほほえみながら思う。

(——たまには行きたいんだけどなぁ……)

 リビングを出た葵は、先程買った生理用品をトイレの棚に入れ、そのまま脱衣所に向かうとの洗面台の鏡の前に立ち、前髪を気にするように触った。

(——前髪、もう少し短くしようかな……)

 少し悩むような表情で、水平にした手をひたいに当てがったり、洗面台に置いてあったヘアピンを付けてみたりしていたが、結局このままで良いという結果に落ち着いた。


 葵はゆるやかに服を脱ぐと降り積もったばかりの粉雪こなゆきのような美しく白い肌があらわになる。

 昔から風呂がそんなに好きではなかった葵は急いで髪や身体を洗い、入浴することもなく浴室から出る。

 そして素早く身体をき、化粧水と乳液を少しざつにはたきる。

 綺麗な容姿にあぐらをかいている訳ではないが、葵はそういった事に関して少々(うと)かった。


 下着を着け、部屋着に着替えながら葵はどうしたらギルドに人を集められるか考えていた。

(寝る前にギルドのプロフ編集の続きでもするかな……)

 部屋に戻りカラカラと座りなれた椅子を引き、PCの電源スイッチに指を伸ばす。

 マウスでソフトをクリックし、タイトル画面が映し出されると少し口寂くちさみしいとまゆを下げる。


 起動中に買い置きのチョコレートを一階まで取りに行き、部屋に戻ってモニターを見るとギルドに加入申請かにゅうしんせいの通知が来ていた。

 先程買った缶コーヒーをすすり、通知を開いてみると思いがけない、それでいて見覚えのある名前。

「え? カナタさん? て今日の人だよね……」

 フレンドリストを開くと、ログインしてるようだったのでチャットをしてみる。


 不規則なリズム、覚束おぼつかない指でタイピングしながらぼやく葵。

「タイプ苦手なんだよなぁ。えーと、こんばんはー加入申請届いてたけどウチみたいなギルドでいいんですか? っと」

「あっ」と思い出したようにVCは(ボイスチャット)可能か打ちす葵。

 暫くの間あてもなくフィールドを彷徨さまようが、ゲームで知り合った赤の他人といきなり会話するかもなんて考えていると少し不安になってきた。

「落ち着け」と缶の飲み口が唇に付くと同時にチャットログに「いいですよ」の文字。

「やばい、どうしよう、これリアルの初対面より緊張するかも」

 深く息をついて飲みかけのコーヒーを飲み干し、覚悟を決めてヘッドセットのマイクを口元に運ぶ。

「こ、こんにちはー」

 と、上目遣うわめづかいに覗いた壁掛け時計の針は22時15分を指していた。

「ちが、こんばんわ!」「こんばんはー」

 言い直した葵に被せるように、可愛らしくも透き通るような高い声が葵の耳を通り抜ける。

 なにこの声……と、いつまでも聞いていられそうな心地よい声に葵の心は少し動揺していた。

 すると、カナタらしきキャラクターが葵のもとにやってきたが、タイミング的にそうなんだろうと思い特に気にする事もなかった。


 ふと、葵は詩織とのギルドに足りてないタンクを期待したが、キャラクターの性質上それはなさそうだと勝手に思い込み後で聞くことにした。

(キャラはダークエルフの(オス)かぁ。だけど声は女の子、だよね?)

 自分からVCは可能か? と聞いておいて男の人だったら……と思っていた葵は、少し安心しているようだった。


 ぼーっとモニターをながめていた葵だが、カナタの存在を思い出しうろたえて話しを続けた。

「はっ! な、なんかすみません、がらにもなく緊張しちゃいました」

「いえいえ、ボクもドキドキでしたから」

(……ボクっ? ボクっ娘なのか? 二次元ではよく見るけど、実際聞くと高まるねコレ)

 可愛らしい声の意外な一人称で、気分が少し高まる葵。

 この勢いで声の真意を問うべく性別の確認を行おうとするが、時間も時間なので軽く話した後、本題の確認を行う。

「本当にウチでいいんですか? 今まで身内だけでやってきたなにもないギルドですけど? マスターちょっとイタイ子ですけど! 私、戦犯せんぱんヒーラーですけど!」

 高まった気分にともなって、らしくない饒舌じょうぜつになる葵。

 そんな葵に追い打ちをかけるようなカナタの声。

「ええ、是非お願いします!」

 少し張った声に自然と葵の口元がほころぶ。

「わかりました! それでは、カナタさんと我がギルドの繁栄はんえいを願って共にがんばりましょー!」

「おー!」

 晴れて初めての部外者が加入し、長く続いた身内政権みうちせいけんはマスター詩織の知らないところで音もなくそのまくを下ろした。

 そして葵は詩織の言葉を思い出す。

「あ、女子オフ会ある? これ——」


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