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晦冥、紅薔薇と僕
「冷たいものが食べたい」
路傍に咲く名も無き一輪の薔薇は、その渺たる花瓣を月影に煌々と靡かせながら、僕に零すともなく零していた。
「それなら僕がご馳走してあげましょう」
「本当に?」
「えぇ、とびきり冷たいものを」
晦冥の中で膝を折って、月影だけを頼りに僕は手を伸ばした。その青々とした華奢な短軀に指先が触れる。棘は猛禽の爪によく似ていた。似すぎるほどに──。
「はい、どうぞ」
そうして、躊躇なく手折った。小気味良い声で鳴いたあの余韻が、まだ僕の脳髄には染み付いている。茎から滔々と溢流した紅血が、まだ僕の掌に絡み付いている。
「ねぇ、とびきり冷たいでしょう」
「えぇ、とびきり冷たいわ」
そう言ったきり、白薔薇は緘黙した。紅血の池を遺して、この晦冥の中で、月明かりに降られていた。