本の虫
わたしはある日を境に「本の虫」と呼ばれるようになった。
これは日本語において、「本好きでその虜になっている人間」を指して使われる表現で、そもそも『虫』という語には、「ある事に熱中する人」という意味がある。
つまり、虫という語から連想され得る侮蔑的な意味合いがそこに含まれているわけではなく、わたしがひたすら本に夢中になっていることを的確に言い得た当意即妙な表現というわけだ。この件に関してわたしは当然やぶさかではない。
実際、わたしは本の収集に関して他の追随を許さぬほど抜きん出た評価を得ていたし、わたしの家に蔵書されていない本はない、と言い切ってすらよかった。
わたしは本であれば何でも収集した。そこに好みや趣向は反映されない。そんなものを持ち合わせていては当代きっての収集家にはなれまいというのがわたしの持論だ。幼児向けの絵本から本棚に収まらない事典、未知の言語で記された洋書に至るまでわたしは目にした本をすべてこの手にしてきた。
この収集の旅に終わりはないだろう。
「おい見ろよ。『本の虫』がいるぜ」
「でたでた。うわ、また大量の本持ってんじゃん。しこたま買い漁ってんな、相変わらず」
「一人で毎日飽きもせず買い、拾い集めて楽しいのかね?」
「さあ、あそこまでの変人じゃねーからわかんねーよ」
「てかあれ、全部食ってんだろ?」
「らしいよ。我慢できずに外で食ってるとこ見たって言うやついるもん。ベリベリって一枚ずつページ剥いで食うんだって」
「おっそろしいね~。終いにゃ何食いだすかわかんねーよな」
「ほんとな。最終形態『人の虫』になったりして」
「笑えねーって」