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第8話 強大な敵

 シンクとリッカは大きな空間に出る。

 部屋の中央に、空間の大部分を埋める黒い球体。

 一基だけあるということは、これが試験基だ。本運用の三基は同じ空間にあると、以前ここに来たことがあるリッカは知っていた。

 シンクは、試験基の場所を動かした可能性も考えていたが、それはなかったようだ。最短距離でここまで来たことからわかる。


 シンクはさすがに異常だと思っていた。中に入っても一人としていない。

 しかし、もうこの際、理由はどうでもいい。気にしていられる立場ではないのだ。


「やっとだ、やっと私は……」


 リッカは小さな声でつぶやく。シンクには届かないように。


 このとき二人は、大きな異変に気を取られて気づかなかったが、おかしな点がいくつかある。

 まず、ラプラスが起動していないこと。遡行管理官が試験基の計算を元に動いているなら、試験基に電源が入っていないのはおかしい。

 さらに、遡行監理官どころか職員さえいないこと。ラプラス連はその重要さから、二十四時間体制で活動している。たとえ帝国から攻められても、直ちにすべて放り出して全職員避難、などと簡単にはできない。今回のこと程度ではなおさらである。

 そして、ラプラスを運用する、ラプラス連の最新最高のはずの設備や建物が、見た目でもわかるほど劣化していたこと。その劣化具合は、まるでこの場限りで使い捨てるような。


 甲高い電子音の後、爆発が起きた。


 爆発順は的確にシンクを殺すため練られていた。通路を潰して逃げ道を立つ。がれきがシンクたちに向かうよう柱を倒す。

 ラプラスをおとりにするなど、二人は予想すらしていなかった。反応がわずかに遅れる。


「そん……な」


「リッカ!」


 固まったリッカは、シンクの声に我を取り戻す。

 リッカはシンクに手を伸ばす。


 いくらリッカでもこれは――


 シンクはそれでも手を取るほかない。

 轟音が二人を飲み込んだ。



 崩壊が終わり、静寂に切り替わるころ、がれきの山の一部分が内から破裂する。

 一人がぼろぼろになりながらも這い出て、もう一人を引き上げる。

 だが、引き上げる腕の力は、何かの発射音の後、急速に弱まった。


「リッカ!」


 シンクを引き上げようとしたリッカは、糸の切れた人形のように倒れこむ。

 息はしている。死んではいない。


「あの爆発をよく耐えたもんだ」


 シンクが声の方を見ると、銃を構えた遡行監理官がいた。銃はアサルトライフルではない。麻酔のようなものだろうか。

 この生き埋めはとどめではなかった。リッカの魔力を削るだけのただの一手。

 周囲に明かりがともる。サーチライトでシンクは照らされていた。

 驚くべきは、二人を取り囲む人の数。百や二百ではきかない。

 プロペラの回る音さえする。空には戦闘ヘリコプターが飛んでいた。まるで戦場のごとくだ。


「これほどの戦力を有しながら……、ラプラスを……おとりにするだと……」


 リッカは言葉を振り絞る。声には、どこか怒りが感じられる。


「制限弾を受けてまだ話せるか。マンションでの時といい……。やはり、シンク・アコライトではなく、お前が帝国の生体兵器ということか。リッカ・ハイランス」


「なっ」


 思いがけない言葉にシンクは声を上げる。


「なぜ……試験基を捨てた!」


 リッカは遡行監理官の言葉を肯定も否定もしない。


「あれは偽物だ。『複製』のマグナで造ったな。……その様子だと我々の予想は当たりか?」


 シンクは始めラプラスの複製を造ったのだと思った。だが光源が増えたことで、うっすら遠くに見える建物が何か理解すると、言葉の本当の意味を知る。

 ラプラス連の建物。それも、がれきとなったこの建物と全く同じ。

 複製。建物全容を複製したというのか。いや、ここに来たことがあるリッカが気づかなかったのだ。敷地ごとの複製、あるいはさらに広い範囲まで――。

 これがマグナ。汎用魔法とは一線を画する力。シンクは敵に回したものの強大さを改めて思い知る。


「リッカ・ハイランス。お前はラプラスでの観測より、明らかに強い力を持っている。どう観測を欺いたかは不明だが、計算補完システム実装の際、ラプラスに細工をしたとすれば納得がいく。……残念だったな。試験基が残っていても、現実とラプラスに乖離がある以上、お前の無実を示す証拠にはならない」


「……」


「だんまりか。まあいい」


 男は拳銃を取り出す。

 周りの無数の銃口も、シンクではなくリッカに向く。

 助かった。シンクはそう思ってしまった。彼らの言っていることが事実なら、シンクへの疑いは晴れたことになる。リッカがこの事件の原因なら自業自得――。


――違う。違う違う違う!


 リッカが帝国の生体兵器だなんてことはあり得ない。

 シンクはリッカとともに日々を過ごしてきた。七年前からではない。もっと前だ。そのリッカが帝国と関係する?ましてや生体兵器?論外だ。

 何より、シンクを助けた。罪を押し付ければ、リッカはこうしてぼろぼろになることはなかった。


 一つの銃口が火を噴く。


 弾丸が弾かれる音もほぼ同時だった。少なくとも弾いたシンク本人には差がなく感じた。

 手甲に横一線、傷が刻まれる。

 遡行監理官の男は、もはやシンクに毛ほども興味を持たない。その顔には呆れの感情しかない。

 銃口の一部がシンクに向く。が、男はそれを手で制す。


「俺が無力化する」


 拳銃をしまう。両手に武器はない。それで問題ないと言っているのだ。


 ―─勝てるのか――?


 いや、シンクが目の前の男に勝ったとして何が変わるのか。周囲にはまだ数百人いる。全部に勝つつもりか。

 不可能なのは、シンク自身がよくわかっている。ただの平凡な一般人。特別な才能なんて何もない。それでも戦わないわけにはいかなかった。


 互いがぶつかる。まさにその瞬間だった。


 二人の間に空から何かが落ちた。雷のような速さ。隕石のような衝撃。突然の出来事に、反応できる者はこの場にいなかった。

 場を圧倒したものは立ち上がる。

 紫の長髪。鋭くも美しい目。強さの中に気品がある立ち姿。


「リン……さん……?」


 彼女の名はリン・マーベリー。同盟の英雄。平和の番人。多くの異名を持ち、魔法の極点に至った人間。

 この世界に元からいる、もう一人のリンマーベリーである。

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