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第7話 運命の夜

「人いなくない?」


 森の陰からラプラス連をのぞく三人は、誰も警備についていないことに警戒する。


 とうに日は沈み夜。リンの予想通り、道中何事もなかった。

 車内ラジオを聞くと、マンションの爆発はガス漏れが原因になっているらしい。事前に情報統制が敷かれていたのだろう。道中仕掛けてこなかったのは、マンション以外での騒ぎに対応する準備をしていなかったからなのかもしれない。


 シンクはラプラス連近く、道の外れに車を止めて、森の中を徒歩で慎重に進んでいた。

 手甲を付けた拳を構えていたが、何事もなく、ラプラス連を視界にとらえる。そのまま敷地内まで踏み込めた。


 予想通りなら防備を固めて待ち受けているはずだが、まさか誰もいないとは。

 身を隠しているのか。それにしても、一人の姿も見えないのは変だ。

 ならば建物の中に隠れているのか。だがそれに意味はない。あちらの方が数で圧倒的なはずだ。利を活用しづらい屋内にこもらず、数の差を見せつけて、シンクたちの心を折れば終わることだ。

 シンクたちに逃げられる可能性を消し、確実に仕留めるため。もしそうならば、三人にとってありがたい。苦労せず懐に入れるのだから。


「さて、私はつけに行ってくる」


 リンは木の裏から出る。罠など気にする様子もない。そのままさっさと行き、闇に溶けた。


「行こう、シンク。走るよ」


 今更、ためらってはいられない。

 スナイパーに注意して走る。しかし、建物内に侵入するまで、狙撃はなかった。


「どうなってんだ一体……」


 シンクとリッカは、慎重に奥に進む。



 男は椅子に座り、来客を待っていた。

 来客のために、ここへ来るまでのドアを開けたままにし、来客への敬意から、直接会おうとただ一人この建物にいる。

 薄暗い部屋の中、扉の闇から猫の輪郭が浮かび上がってきた。

 男は部屋に入ってきた猫に話しかける。


「ようこそいらっしゃいました。リン・マーベリー殿」


「お前が責任者だな」


「はい。遡行監理部長、ゲーガンです。この度はあなたに感謝と謝罪を」


 ゲーガンは四十台前後の年齢に見える。だが、年下のリンに対して、完全に下手の言動だ。


「感謝だと?」


 リンは謝罪は当然としても、感謝にはいわれがないと不快感を表した。


「今もあなたの『本体』は、帝国の抑止力として国境にいるのでしょう?七年前の戦争以来、平和の番人としての役割を果たし続け、こんなときでも我々の平和を第一とする。その姿勢には感謝しかありません」


 リンはゲーガンの言葉を否定しない。


「過去計算に誤りの可能性がある。シンクへの攻撃をやめさせろ」


「それはできません」


「学園七人議会員及びラプラス設計・運用顧問。並びに、同盟防衛特務官の命令だ」


 リンは自身の肩書を言い連ねる。同盟の一機関部長程度ならば、無視はできないものばかりである。

 それでもゲーガンは動じない。


「残念ながら、肩書は使えませんよ。それは、あなたが持つものではありませんから」


「なに?」


「すべてを知るラプラスには、いわば『もう一人の』自分が存在する。それをこの世界の体に同期すれば二人の自分ができる。あなたは猫の体を借りた、もう一人のリン・マーベリー。そして、それらに任命されたのは、あなたではないリン・マーベリーです」


 そう、このリンは本物ではない。いや、ラプラスはリンのすべてを再現したデータを内包するのだから、どちらも本物といえる。ただ、この世界に元からいるリンと、猫のリンは別の存在なのだ。


「私もリン・マーベリーだ。肩書も立場も二人で共有している。お前も私に対して、そのつもりで接しているだろうに」


 学園で教鞭をとる。七人議会の執務。頭脳労働全般はこのリンが担当している。そこに異議を唱える者はいない。

 『今』のラプラスと同期するリンは、毎日の更新のたびに元のリンの記憶も得る。

 自前の記憶媒体に蓄積する記憶と、元となった人物の記憶。知識面では上回るものに、学園という英知の場がリンを容認したのも当然だ。


「おや、そうでしたかな。ハハハ」


 だが、ラプラス連はリンとリンを同一人物だと認めないらしい。

 時間稼ぎだ。シンクを殺すまでの。

 恐らく電話をしても同じ対応だった。元のリンが電話しても、どちらのリンだかわからないだのなんだので粘られただろう。


 ゲーガンは引く気がない。笑みすら浮かべ、リンを躱す。


「そこまでするほどの、シンクへの疑いはなんだ」


「帝国の生体兵器」


 ゲーガンは顔色を変える。同盟を守護する者の顔に。


「我々はその存在を許容できない。たとえ無辜の民を殺すことになろうとも、可能性を排除する」

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