第4話 謎の襲撃
朝食を食べ終えてソファーに座っていたリッカは、周囲に漂う異様な雰囲気を感じていた。殺気、あるいは研ぎ澄まされた魔力というべきか。
「──いよいよ来たってことかな」
意味深な言葉をつぶやく。
玄関のドアを強く蹴るような音がした。直後に部屋になだれ込む複数の足音。
足音の主は数秒でリビングに到達し、リッカの姿を見るなり銃を突きつけた。
「人の家を訪ねるときは、チャイムを鳴らすのが常識だけど」
リッカは、特殊部隊のようないでたちの彼らが銃を持つのを見ても動じない。服装から判断して、銃はマナ併用型の強力なアサルトライフルだと理解していても。
むしろ、先ほどの音で、玄関がだれでもウェルカムな有様になったであろうことに腹を立てているくらいだ。
彼らのうち二人がリッカを牽制し、残りは各部屋のドアを開けていく。
「目標確認できません。第一班より第二班。目標確認できず」
どうやらどこかに連絡しているようだ。
目的のものがなかったのか、そばで報告を聞いた一人、リッカに銃口を向ける者は舌打ちする。
「チッ、簡易予測が外れたか……。シンク・アコライトはどこだ?」
この連中の目的はシンクらしい。
「あなたたち誰?」
「抵抗しなければ、あなたに危害は加えない」
正体を明かすつもりはないようだ。
リッカは携帯電話を取り出し、シンクに電話をかける。
連中は警察にでもかけるのかと思ったのか、銃の引き金に指をかけるが、シンクが今どこにいるか聞くだけとリッカが言うと、一人が発砲を制止した。
「シンク、今どこにいる?」
連中には、電話の相手の声が聞こえない。
「急いで車のエンジンかけて」
リッカに向いた二つの銃口のうち、一人はシンクが駐車場にいるのかと、ついそちらに意識を向け、リッカがシンクを逃がそうとしていると思ったもう一人は強硬手段に出る。
だが遅い。電話の間にリッカは魔力精製を終え、戦闘態勢に入っている。
リッカが行使した魔法は、基礎的な身体強化。
リッカを撃とうとする一人の懐に潜り込み、胸の中心を捉える掌底。魔力による身体強化は、力を飛躍的に向上させる。一撃を受けた人間は体を空中に浮かせ、壁にたたきつけられた。しかし、身体強化は耐久力も向上させる。連中が使っていないはずはないので、ダメージはさして期待できない。
リッカの動きを見た連中は、全員銃を向ける。
室内での連中の位置取りは上手かった。リッカを囲みながらも、射線上には味方を入れない。
――なら、敵の間に割り込めばいい。
リッカは素早く行動する。
動揺で動きの止まった一人のあごに、的確に蹴りを入れる。鋭い一撃に、その場で膝をつく。
射撃をあきらめて、連中は近接戦に移行。手のひらに、魔法の電光が走る。スタンガンのようなものだ。当たれば意識は刈り取られる。
リッカは膝をついたやつを蹴り飛ばし、電光の壁にする。
相手もひるまず、横からさらに二人。多勢に無勢だ。このまま続ければリッカに勝ち目はない。連中が銃を捨てた今が撤退の好機。
リッカは、自身の内に秘めた魔力を一気に周囲に開放した。
室内に暴風が吹き荒れ、連中の魔法とぶつかり、爆発を起こした。
「な――――」
シンクは、窓が内側から弾け飛ぶさまを見て、声にならない声を上げた。
空中を見上げて固まっていると、ガラスの破片とは違う、大きな塊が落ちてきた。
「受け止めて、シンク――!」
シンクは、自分に向かって一直線に落ちてくるリッカを見て、とっさに身体強化の魔法を使う。このとき、もし身体強化が間に合わなかったら、リッカを抱きとめた衝撃と、その際、後ろに倒れこんで打ちつけた衝撃のコンボで、骨ぐらいは軽く逝ってたとシンクはのちに振り返る。
「いってて……大丈夫か?……リッカ」
リッカなら一人で安全に着地できたのではと思いながら、シンクは上半身を起こした。自分の体の上にのしかかっているリッカを起こしながら呼びかける。
「うん。大丈……危ない!」
シンクはまたリッカに地面に倒される。
予想外のことに今度は頭を守る意識が働かず、少し後頭部を地面にぶつけた。が、そんなことは気にしていられない。先ほどまでシンクの頭があった位置を何かが通り抜けたのだ。それは、誰かの車の腹に食いつき、音とともに穴をあけた。
――銃弾。発砲音は聞こえなかった。つまり、どこからかの狙撃!
シンクがすぐに理解できたのは、命の危険を感じて、脳が全力で回転し始めたからか。
ともかく自分たちが狙われている。逃げないと。
「車に乗れ!」
シンクの耳にリンの声とエンジン始動の音が届いた。
先に立ったリッカに腕を引かれ立ち上がる。走り出すが、車に乗るまで数秒かかる。もう一度狙撃が来る!
リッカは駐車場のアスファルトに蹴りで穴をあけ、そこに魔力を放出した。地面はめくりあがり、土煙が舞い上がる。このために着地時、魔力を温存したようだ。狙撃への目くらましは効果を発揮し、着弾の音はシンクの後ろで響いた。
二人は車に乗り込む。
シンクは、人生でこれ以上ないほどアクセルを踏み込んだ。土煙を一気に置き去りにする。道路に出た車は、道路交通法などお構いなしにマンションから離れていった。
「目標、ロスト」
狙撃手たち、シンクたちを襲った連中が言う第二班は、マンションに突入した第一班に、作戦の失敗を意味する連絡を入れる。
「逃がしたか……」
第一班の男は、爆発の折、自身を押しつぶそうとしてきたソファーをどかしながら、悔しさをにじませる。
「救護班を出しますか?」
「全員大したケガじゃない」
第一班の人間は爆発に巻き込まれながらも、重傷者はゼロだった。
「しかし、どうなってんだ……?」
男には、負傷者よりも疑問のほうに意識が向いていた。
「リッカ・ハイランスがあそこまでとは、ラプラスの計算になかったぞ……」