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第3話 ラプラスの価値

 講師が猫であることに驚く者は誰もいない。もちろん初見なら、さらに猫がしゃべりもすれば驚愕する。しかし、シンクと学生たちにはもう慣れた光景である。もっといえば世界中の多くの人が、メディアを通してこの猫に慣れている。


 リンは器用に右前足……でなく右手を使い、リモコンを操作する。

 普通のリモコンだと、猫の手での操作は難しいので、何らかの技術を利用した特別なリモコンなのかもしれない。


 画面には、『ある球体』が映し出される。


「さて、ここまで魔法技術の歴史について話してきたが、過去の話をすれば、よくラプラスがらみの質問を受けるので改めて話しておこう」


 『ラプラス』その言葉を聞くだけでシンクは思い出す。あの悪夢のような昔を。

 リンはラプラスの概要を話し始めた。


「世界すべての物質の位置、運動量を知り、それを解析できれば未来を予測できる。ラプラスとは、この概念に提唱者の名をとってつけられたものだ。だが、現実には一秒先の未来を計算するまでに一秒以上かかってしまい、未来を完全には予測できない。その欠陥を認識しながらもラプラスは造られたわけだが……、理由はわかるか?」


 学生たちに向けたリンの声に、すぐに最前列の席に座る一人が声を上げ、手を挙げた。


「はい。アンジュ」


 当てられた学生は席を立ち、説明する。


「はい。未来を予測できずとも、現在を知ることができるからです。ラプラスで他国の機密を把握すれば、軍事、経済等、あらゆる面でアドバンテージを得ることができます。さらに、障害を回避して過去にさかのぼる計算ができるようになった現在、あらゆる過去の事実を明らかにできます」


 学生の説明に満足して二度うなずいた。ように見えた。

 どうも猫の小さい体だと、動きも小さくてわかりにくい。


「そうだ、さすがだなアンジュ。よく理解している。そのラプラスの有用性のために帝国は戦争を起こした。当時、ラプラス研究で世界最先端のトゥーロ公国の試験基を奪い、人の命を消費して無理やり完成させ、覇権を手にしようとした。当然、四国同盟も反抗し──」


 もう七年前になる。日々の平穏が苦しみを薄めたとはいえ、胸の奥に焼き付いた記憶をシンクは昨日のことのように思い出せた。


 シンクが講義室の後方で壁にもたれかかり、目を閉じていると、鐘の音が聞こえた。講義が終わった合図だ。


「よし。今日はここまでにしよう」


 リンの講義終了宣言を受け、学生がノート、筆記用具をしまう。


「やっと終わったー」「先生にしては長かったなー」「食堂行こうぜー」


 鐘の鳴るまでみっちり講義をやるのはリンとしては珍しいらしい。

 学生が席を立ち始めたのを見て、リンのもとへ行き、目の前にしゃがんで目線を合わせる。


「リンさん。お弁当です」


 このリン・マーベリーが、シンク、リッカと暮らす同居人。

 猫である。弁当箱を持っていける体ではない。そのためシンクが毎日昼食ついでに作り、学園まで持ってきている。食べると体に不調をきたすものもあるので、気を付けないといけない。

 家から学園まではそう遠くなく、それほど苦労はないが、シンクは必ずリンに感謝の言葉をもらう。のだが、今日は少し申し訳なさそうにした。長く一緒にいると、体の動きから機微を感じ取れる。


「ん、シンクか。悪い。朝、言い忘れてたけど今日はこれで仕事終わりなんだ。もう家に帰るから弁当はいらなかった」


「あ、そうなんですか……」


 研究室の鍵を閉めていたのも帰宅するからか。リンでも一日の終わりには当然、施錠する。いや、もしかしたら自分の来る時だけ研究室を開けていたのだろうかとシンクは思う。

 普通の人なら鞄なりを部屋において、帰る前に取りに戻ったりしそうだが、猫の身ならそんなものもない。


「弁当、家に帰って食べるとしよう。いいかな?」


「もちろん」


 車の助手席にリンを乗せ、来た道を帰る。

 リンは通勤にバスを使っている。普段の生活の中、二人きりで車に乗ることはあまりなく、微妙な空気になる。考えてみれば、シンク、リッカ、リン、血のつながりもないのに共同生活する、三人の関係が微妙なのだから無理もないのだが。


「悪かったな」


「えっ?」


 リンの唐突な謝罪の意味がわからず、シンクは困惑する。


「ラプラスの話をしたこと」


 シンクが講義を聞いてたことに気づいていたらしい。そういえば話の方向性が急に変わった時があった。その話も次第に熱が入っていった覚えがある。


「いいですよ。もう七年前のことです。それに……」


 あなたも語る権利のある当事者ですから、とは口にできなかった。


 車がマンションの駐車場に着くと、シンクのポケットに突っ込まれた携帯電話が鳴り始めた。

 自慢ではないが、シンクには自身の携帯にかけてきた人間がだれかほぼ百パーセントわかる。そもそも番号と登録しているのが、リッカしかいないと言っていけない。表示を確認すると、やはりリッカである。

 何か用があるなら、行く前か、帰ってから言えばいいのに。シンクはそう思ったが、車を使っているついでに頼みがあるのだろう。リッカが急ぎで必要なもの……、シンクには想像がつかない。

 シンクはエンジンを止め、車を降りて、電話に出る。


「何?リッカ。買ってきてほしいものでもあった?」


 シンクの問いに、リッカは答えない。その代わり、逆に問いかけてきた。


「シンク、今どこにいる?」


「え?マンションの駐車場だけど……」


 リッカの強めの口調に、流れで答える。


「急いで車のエンジンかけて」


 リッカが駐車場まで下りてくるのだろうか。

 シンクは、マンションの自宅付近を見上げる。


「なんで――──―─」


 シンクはとりあえず理由を聞こうとした。その瞬間と次の出来事はぴったり重なった。


 マンションの一部が爆発を起こし、吹き飛んだ。

 しかも――、よりによって三人の部屋が。

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