第2話 特異な学園
シンクがいつも通り、研究室のドアを開けようとすると鍵がかかっていた。
普段は鍵をかけない人だが、というか、あの体では鍵をかけられないだろうから、きっと弟子あたりが気を遣ったのだろう。自分にとってはいい迷惑だが。
そう思ったシンクは思わずため息をこぼす。
講義が終われば帰ってくるだろうから待っていてもいいが、この研究棟には、今の時間に講義のない他の講師もいる。
ほとんど部外者であるシンクが、極秘の研究も扱うこの学園内に出入りすることに苦言を呈する者もおり、できれば会いたくない。しかし、ここにとどまれば偶然顔を合わしかねない。
弁当を届けに来るだけでどうこう言われるのは耐え難い。直接届けることにしよう。あの人もいつも研究室で昼食をとるのでは味気ないだろう。
シンクは、弁当袋を左手にぶら下げながら廊下を歩き始めた。
廊下──いや、回廊と呼んだほうがいいかもしれないと、内装や窓の外の景色を見ながらぼんやり思う。
シルフィード魔法学園。
大陸一二を争う学舎である。二百年の歴史を持ち、宮殿のごとき絢爛さあふれる建築でありながら、先進的、機能的施設も備えている。
学生もそれに見合った者が多い。王族、貴族、そうでなくともずば抜けた才能を持つもの。
彼らは、身分、年齢、性別等を問わず、試験に合格し次第入学。6年間の間勉学にはげむ。家柄だけの人間が試験に落とされたなんて話も珍しくない。
それだけでも一般の学校とは一線を画すのだが、この学園の最も特異な点は独立性にある。
この学園を中心とした都市の名は、シルフィード魔法学園自治区。この学園が一地域の執政を行っているのだ。
そもそも、この都市の発展の始まりが学園開設である。優れた先生の噂が優秀な生徒を呼び、人が増えれば商人も集まってくる。商人や、その子は生徒となり、生徒がいれば、新たな先生も来る。その好循環で、小さな村は瞬く間に国家になったそうだ。
その後のごたごたで、大陸歴一〇〇七年四月現在は共和国の一部だが、高い独立性は維持している。
「今日のこの時間は大講義室だったよな……」
大講義室のドアの前まで来たが、開くのはためらわれる。
講義途中の入室でどうこう言われるところではないし、言うような人ではない。
これはシンクの劣等感からだった。平凡な自分が、優秀な人ばかりと空間を同じにするのは、少なからず居心地が悪いという。
とはいえ、あの人の講義をじっくりと聞いたことはないので興味がある。
中に入る。
大講義室は大と名のつくだけある収容人数だが、満室と言っていい。
まあ、実績も実力も申し分ない人だ。シンクとしては性格、容姿も素晴らしく、非の打ち所がない人だと思っている。この人気も当然だろう。
誰もが講義に集中している。入ってきたシンクを気にするものなどいないように見えた。
皆の視線の先には、巨大画面に解説を映しながら説明する姿がある。
「つまり、マナを用いた魔法と機械を筆頭とする科学、二つの融合技術の進化が今後さらに加速し、片方を学ぶだけではこの流れについていけなくなる。マグナを持つ君たち、特に貴族の中には、マナに合わせた技術を下に見がちな傾向があるが、君たちは優秀であるがゆえに少数派なのだということを理解しておいてほしい。社会を動かすのは少数派だが、社会は多数派のために回るものだ」
はきはきと話す彼女の名はリン・マーベリー。
学園の最高意思決定機関七人の座に、当時学生の身で就いた唯一の人物である。現在二十九歳。
教壇には、画面操作のリモコンが置いてあり、マイクが設置してある。
彼女にマイクは必須である。姿を見れば分かるが、とても、大きな声は出せないのだ。
小さな体。大きな目と耳。すらっとした尾。白を基調に灰色と茶色の混じった毛並み。
簡潔に言うと猫である。