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第17話 試験内容

「ちょっとトイレ行ってきていいですか」


 学園に到着してすぐ、緊張からかシンクは催した。


「ああ。私たちは先に行くから、済ませたら私の研究室に来い」


 リンとリッカはそう言って研究等へ向かった。


 シンクは講義棟にあるトイレで済ました。さすがは学園。トイレも綺麗である。基本全個室であるのがまたいい。


 シンクが研究等へ向かおうと廊下を歩いていると、曲がり角から声が聞こえてきた。


「どうですかアンジュリア様!ご一緒に昼食でも」


 いやに芝居がかったしゃべり方。シンクは聞いただけで気が滅入る。

 声の主、ドリュー・アン・グラズは学園の現次席学生である。貴族派の彼は、絵に描いたような傲慢貴族のふるまいをする。特に学園の外様にはその傾向が顕著で、シンクに対する当たりは強い。

 ドリューは取り巻き三人とともに、一人の女学生を囲んでいた。

 男四人に囲まれている女学生、アンジュは腕を組み、毅然とした態度を崩さない。


「遠慮します。今日は先約があるので」


「まだあの平民たちといるのですか。あなたはミトライアの王女なのですから、付き合う相手は考慮なされたほうがよろしいかと」


「心配されずとも、私の友人を悪く言う方と仲良くしないように気を付けていますよ」


 アンジュはチクリと刺す。だが、ドリューはカウンターを食らっても、全く効いている様子はない。


「アンジュリア様は、家同士の繋がりがどれほど重要かわかっておられない。私たちの関係次第で、民の生活が上向くか下向くか変わるのです。私の家がミトライアでどれほど影響力を持つかご存知でしょう?」


 ドリューの言葉もあながち嘘ではない。グラズ家はミトライア王国の大貴族であり、私設軍すら要する。

 アンジュも、それはわかっているため反論しない。とはいえ、目の前の男と仲良くするのも無理とばかりににらむ。

 にらみが数秒続き、アンジュは目も合わせたくないとそらす。アンジュの目線と、シンクの目線がぶつかった。アンジュは、場から抜けだす好機とシンクに話しかけてきた。


「あ、シンクさん。先生のところへ?」


 ドリューと取り巻きは声の飛んだ方へ振り向く。

 アンジュは四人の囲いから外れて、シンクのもとへ歩いてくる。シンクはアンジュに軽く頭を下げた。

 ドリューはアンジュに逃げられたことと、シンクが学園にいることの二つにイラついた表情を浮かべる。シンクは次の瞬間、ドリューから放たれる言葉が容易に想像できた。


「おっと、これはこれは平民の方。また迷子ですか?学園はあなたのような者が入り込んでいい場所ではないんですがねえ。いつも一体どこから潜り込んでくるのやら」


 ドリューはシンクの顔を見るたびにこうである。さすがに、ここまであからさまなのはドリューだけだが。噂ではリンに弟子入りをあっさり断られたらしい。シンクへの当たりが強い理由にはそれもあるのかもしれない。

 一歳下の人間にいろいろ言われれば、シンクとて多少言い返したくもなるが、無駄にこじれるのも面倒なのでいつも黙っている。

 いつも通り、ドリューが満足するまで我慢するのかとシンクが思っていると、アンジュに背を押された。


「行きましょうシンクさん。何か用があってきたんですよね?」


「家柄どころか、学園に入る能もない人間などといると王家の品位が疑われますよ」


 ドリューは、捨て台詞にしてはシンクの心をえぐるワードを選んでくる。

 シンクが場から離れる後ろでは、ドリュー様の言うことが正しいだの、王家の品位も落ちたものだの、取り巻きがこちらに聞こえるように騒ぎ立てる。


 連中から離れると、アンジュがシンクに謝ってきた。


「ごめんなさい。ドリューから逃げるのに巻き込んで」


 あの手の人間の面倒くささは、シンクもよくわかっているので責められない。


「家柄とか……そういうの大変そうですね」


「ほんとにね……。でも私は継承順位が低いからましな方だと思いますよ」


 アンジュ。本名、アンジュリア・アイナ・ミトライアは、ミトライア王国王位継承順位第七位の王女であるが、この継承順位は資格を持つ者の中で最も低い。

 それでも本来は、こうしてシンクが話せる人物ではない。本人の意向で、学園では護衛を付けないこと。それと彼女が唯一といっていいリンの弟子であることから、友人とまではいかないがシンクはアンジュと比較的距離が近いのだ。


「あれ?食堂行かないんですか」


 シンクは同じ方向へ歩き続けるアンジュへ言った。


「ええ、少し先生に呼ばれていて。その後に友人と食堂に」


 アンジュの先約には、リンも含まれていたらしい。


 しばらく二人は無言で歩いた。到着し、リンの研究室のドアを開ける。


「来たかシンク。学長室に移動するぞ。ほらリッカも」


 リンは椅子に座るリッカの腹を肉球で叩く。

 研究室を離れようとするリンに、アンジュが戸惑いの声を上げる。


「あの、先生?私は……」


「アンジュも一緒に来てくれ。そのために呼んだんだ」


 シンクとリッカの上級職員試験に関係があるのだろうか。リン以外の三人は疑問を持つが、すぐに説明があると、この場では何も言わない。

 リンはさっさと研究室から出ていく。後ろにリッカが付いて行く。

 すれ違いざま、アンジュはリッカにあいさつした。


「こんにちは。リッカさん」


「……こんにちは」


 リッカのあいさつはどことなくぎこちない。リッカは学園に来る機会があまりなかったため、アンジュと接することに慣れていないのかもしれない。


 リンを先頭に、リッカ、アンジュ、シンクと列を作って、学長室へ向かう。

 シルフィードの学長とは学園地区のトップ。時代が時代なら、大統領や首相、国王と肩を並べる存在だ。どうしても緊張は高まる。それはシンクだけでなく、アンジュも同じであった。


 学長室の前に来てシンクが思ったのは、大きい扉だということだ。軽いドアという感じではなく、重い扉。

 しかしリンは扉をどのように開くのか。まずノックをどうするんだ。自分がやるのかというシンクの心配は無駄に終わる。

 リンは扉の横の壁にある、間違いなくリン専用の高さにある鈴を鳴らした。音は室内の学長に来客が誰か伝える。


「今、開けよう」


 室内の学長はスッと手を動かす。すると扉はひとりでに開いて、来客を迎え入れる。


「入りなさい」


 四人は失礼しますと入室し、リンが立ち止まった場所に合わせて並んだ。

 先に室内にいたのは二人。机に両肘をついて座る学長ザグバンド・プレーンと、その横に立つ副学長マークス・ジス・イペリット。どちらもメディアで顔はよく知られている。

 学長は、髪との境がわからない白い髭に触れながら話す。


「さて、リン君から話は聞いておる。三人が上級職員試験の受験者じゃな?」


 自分が含まれていると気づいたアンジュが「あの……」と声を上げるが、あまりにも言い切るのでどうも否定しづらそうだ。そもそもアンジュは、二人が試験を受けることを初めて聞いたのではないだろうか。


「学長。アンジュリア王女は違います」


 学長と対照的な黒ずくめの副学長は、手を後ろで組んだまま冷静に訂正する。口調に抑揚はないが、顔の彫の深さもあって怒っているように聞こえてしまう。


「おや、そうじゃったか」


 並の人間なら気圧される声にも学長は動じず、笑って流す。


「学長。試験の内容について説明を」


 リンは真面目な雰囲気に戻そうと本題に入る。

 学長はどこか残念そうだ。さっきのは場を和まそうとした学長なりのボケだったのだろうか。


「そうじゃな。試験について話そう」


 学長室の空気が引き締まる。


「リン君からシンク君、リッカ君の置かれた立場は聞いている。通常なら筆記と実技を行うが、今回は実技のみじゃ」


 シンクは筆記がないということに安堵した。リッカならいけそうだが、シンクの頭では到底無理だからだ。上級職員にならなければ身の危険がある可能性も考慮されたのだろう。そして当然、反感も買う。


「私は反対したのですがね。例外の上に例外。出自の平凡な者をそう扱えば示しがつかない。ラプラス連とも溝が深まる」


 副学長は貴族派のまとめ役でもある。学園のことを考えてももっともな意見だ。


「ラプラス連が嫌がるということは、牽制の手札にもなるということじゃよ。しかし……それを差し引いても、学生や職員に示しがつかないというのも確かじゃ」


 ならどうするのか。それにリンが答える。


「力を見せることだ。様々な問題をまとめて黙らせるほどのな」


 そして、副学長が具体的な試験内容を告げる。


「いつもはやらないが、今回は例外として、実技試験で対人の模擬戦をする。最低でも学生の不満は消してもらわねばならないため、相手は主席と次席。リッカ・ハイランスはアンジュリア・アイナ・ミトライア王女と。シンク・アコライトはドリュー・アン・グラズと戦ってもらう」

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