第15話 これから
少年はゆっくりドアを開ける。
「リッカ。もう昼だぞ」
物がほとんどない部屋の中。ベッドの上に、布団に包まれた物体が一つ。
シンクは反応のないリッカを見て、そっとしておこうと思う。
「ご飯作ってるから、食べたくなったら起きてきて」
先日の事件から一週間。
爆発したマンションには住めないので、新しく一軒家を住まいとした。リンは、バス停からの距離が離れたことに少しがっかりしていたが、シンクとしては、部屋数が増えた家に満足している。掃除が大変になったことを除けばだが。
リッカはあの後目覚めても、再変換にこだわる様子は見せなかった。とはいえ思うことはあるらしく、ふさぎこんでいる。シンク、リン、どちらとも会話はほとんどしていない。
「まあ、気持ちの整理がつくまで待つしかないさ」
テーブルに着いた二人のリンが昼食を食べている。どちらが話したかわかりづらいのが、少し面倒な部分である。
シンクも、準備していた自身の昼食を食べようと席に着く。今日は簡単な麺料理だ。
「味薄くないかこれ」
猫リンが不満を漏らす。
彼女は箸どころか、フォークも使えないため、小皿に移して直に食べている。シンクが猫リンに料理を提供する当初、床に皿を置いて怒ったことがある。
シンクとしては、机の上に乗られることに抵抗があったが、もう慣れた。ただ、毛の生え変わる時期はさすがに遠慮してもらう。
「いつもと濃さは同じですよ」
「いや、そうなんだろうけど、さっきラプラスの更新があったみたいでな……。本体が食べる味の記憶が流れ込んできて、物足りなく……」
そればかりはシンクにどうしようもない。
猫リンは、リンではあるが猫でもある。体にいろいろ手を加えているらしいが、人と同じ食事は出せない。塩分を控えるなどしている。
「ちょっと一口」
リン本体が猫リンの小皿から、麺一本を口に運ぶ。
「私はいつもこんなの食べてるのか……。大変だな」
他人事のように話す。口直しするように自分の麺をすすった。
「味の感じ方も違うんで、そう単純なものでもないが……、食べる気は失せるな」
リンはごちそうさまと言いたそうだが、シンクは食べてほしい。
「食べてくださいよ。いつも、さっき食べた記憶があるとか言って、最小限の食事しかとらないんですから」
猫リンの体が必要としているのは、精神的満足感ではなく栄養だ。記憶的に満腹でも、食べてもらわないと飢えていく。そんな中で、食べなければならないのが美味しくないものというのは、軽い拷問にも思える。猫リン曰く、常にダイエット中、常に病院食だという。
最近の病院食は美味しいらしいので、猫リンのために学んでもいいかもしれないと、シンクは思っている。
「シンク。これからのことだけどな」
食べ終わったリン本体が真剣な話を始めようとしたとき、ドアが開いた。
リッカは布団に包まれたまま歩いて移動し、椅子に座る。
「リッカ。食べる?」
「……食べる」
小さな声と首肯で意思を示す。
シンクは料理を持ってきて、リッカの前に差し出した。
リッカが食べ始めたのを見て、リン本体は話を再開する。
「リッカもいるならちょうどいいな。二人に関係がある話だ」
二人に関係がある。なら先日の件がらみだろう。シンクは椅子に深く座りなおす。
「ラプラス連の情報統制で、一週間前のことは表に出ていない。表に出れば、二人に対して強硬な世論ができて、ラプラス連は、捕まえるなり、殺しなりしないとならなかっただろう。そこから、とりあえずラプラス連は私たちと敵対したくないとわかる。だが二人の身の安全が保障されたわけでもない」
「それはリンさんがいれば」
リンの助けがあれば、何があっても何とかなるとシンクは確信している。
シンク自身も以前とは違って力がある。試験基があちらにある以上、あまり頼れるものではないけれど。
「私は帝国の牽制に戻らないといけない。二人を守っても、帝国の侵攻で同盟が滅びたなんてのはごめんだ。私にはどっちも大事なんでね」
リンの動きは全世界に影響を与える。確かに、自分たちを守るせいで平和が壊れたなんてことになったら、シンクも後悔する。
「そういえば、リンさんが国境から離れてるのに、帝国は動いてないですよね」
帝国の性格からして、僅かな隙でも見せれば、すぐ食らいついてきそうなものだ。リンの不在なんて隙どころか穴だろう。
「帝国内部はごたごたらしい。いつ収まるかわからんから、戻らなくていいわけではないがね」
帝国を警戒する同盟にとってリンは要だ。二人ばかりを守ることで反感を持たれると、逆に二人の立場を悪くしかねない。リンが戻らないという選択はなかった。
「リンさんがいなくなれば、また襲撃を受けるかもしれないですよね」
ラプラス連は、シンクとリッカに良い印象などないだろう。可能性は十分ある。
「そこで考えたんだが、二人を守る立場が必要だと思う」
そこからが本題とばかりに、何とか食べ終えた猫リンが話し出した。
「立場?」
猫リンはああと頷く。
「二人には、シルフィード魔法学園に属してもらう」




