第14話 終結
「誰かのためとか、そういうの全部放り出して逃げればいい。リッカがこんなに苦しんだんだ!みんなもきっと許してくれる!」
「そんなの……!」
「それに再変換ができても、それがラプラスに取り込まれた人と同じとは限らない。記憶を引き継いだ複製になるかもしれない。リッカはラプラスとの繋がりが切れた。これは、ラプラスに宿る意識がすべて死んだってことじゃないのか?なら再変換はできない。一度死んだ人間は生き返らないんだから」
シンクは口早に、リッカが逃げ出すことを正当化する文句を並べる。
この言い分が苦しいのは、シンクもわかっている。リッカはそれを指摘する。
「私は彼らの意識が作り出している集合意識。彼らが消えれば私も消える。私がいる限り彼らも生きてる!」
「リッカがここにいることと、彼らが生きていることはイコールとは限らない。リッカには生身の体がある。体に意識が定着して、ラプラスから半分独立している可能性だってある」
シンクの意見は、とっさに考えついたものだが否定できる材料もない。
「可能性だったら、生きている可能性もある!それなのに見捨てるなんてすれば、私は彼らに呪われる!呪われなくちゃいけない!」
二人は近づくことなく平行線のまま。
リッカにとって、彼らとは親なのだ。自分を生んでくれた恩義を感じている。でも愛情は与えられず、恐怖とプレッシャーにさらされ続けた毎日。
普通の子供なら、親のことを好きになれないだろう。しかしリッカは、命を与えられるという尊さを理解できる状態で生まれた。だから親を嫌えない。優しすぎることがリッカを苦しめる。
だからこそ。
「呪われてもいいじゃないか!可能性のために死ぬなんて馬鹿げてる!」
リッカはそれでも無理だと言いうつむく。
「私はシンクが思ってるほど強くない……。彼らの重さを背負うなんて耐えられない……」
涙が見える。
リッカは今にも押しつぶれそうだ。ずっと一人で、身に余る苦しさを背負い続けた。もう十分頑張った。もういいよと言いたいなら、その重さを代わりに支える人が必要なんだ。
「……だったら他人に背負わせればいい」
「……え?」
「リッカ。自分は死にたくないんだ。ほかの誰かを殺しても、自分だけは生きていたい。再変換のために殺されるなら、その前にリッカを殺す」
シンクは両手でリッカの首に触れる。ここで力を込めれば、簡単に首の骨は折れる。
リッカは抵抗しない。このまま殺されたなら、それはそれで解放される。顔にはそう書いてあるようだ。
その逃げは許さない。楽にしてやらない。
「でも、人を殺す責任も負いたくない。だから自分は何もしない。リッカにも何もさせない。自己中心な一人の人間のせいで、多くの人を助けようとしたリッカの努力は無駄になる」
「シンク……」
両手から軽く電気が走る。
汎用魔法の電撃は、一時的にリッカの意識を奪った。
シンクは同期以後、このときだけは汎用魔法を使えた。
ラプラスが置かれた部屋に、駆け込んでくる足音がある。
「投降しろ!動けば即撃つ!」
現れたのは守衛か遡行監理官かの部隊。リン本体が相手にしている部隊たちが、ラプラス連を守る全員ではなかったらしい。
部隊の面々は、リッカを抱えるシンクの頭に猫が乗っているのを見て、緊張がゆるみそうになるが、すぐにそんな余裕がないことを思い知る。
魔法も、射撃も、爆発物も、格闘術も、あらゆる攻撃は、シンクの作る壁の表面をなでるだけ。
シンクが腕を振るまでもなく、魔力放出するたびに一人、また一人と、戦力が削られていった。
「シンク!こっちにも部隊が―……って」
リン本体は焦りを見せて、シンクの前に現れた。
「すごいなこれ」
リンは戦闘不能となって転がる人を数えながら言う。
シンクはそういうリンもすごいと言いたくなる。
「リンさん……。無傷ですか」
大きな傷どころか、服に汚れがある以外、先ほど会ったときと変化がない。
リンは「いや、なかなか厳しかったぞ」とは言うが、そんなことを言える時点で、力の差があったとよくわかる。
「リッカを……助けたんだな」
リンはシンクに抱えられて眠るリッカを見る。
「助けられたんですかね」
「さあな。それはリッカしだいだ」
シンクはリッカが目覚めたときに、いつもの姿に戻っていることを願う。
「随分と暴れられたものですね」
出入り口から声がした。二人は顔を向ける。
「ゲーガンと申します」
入室者は名乗る。シンクは誰だと思ったが、服装から判断して、それなりの立場の人物だろう。今回の件の責任者だと推測した。
「最後はお前が相手か?それとも総力戦に突入か?」
ラプラス連の戦力はここにいる者たちがすべてではない。各地で現在も活動しているエース級を投入されればたまったものではない。
二人はどう出るか注視すると、ゲーガンはかすかに笑みを見せ――。
「降参します」
白旗を上げた。
シンクには予想外のことであった。
「これ以上の戦力投入は、ラプラスの運用に支障をきたします。おおよそ事情もわかりました」
ゲーガンは懐から何かを取り出した。小さく、シンクからは見えづらい。ゲーガンはそれを指でリンに弾く。リンは受け取ってシンクに見せた。
シンクは似たものを見た気がする。
「ああ。なるほど」
リンは何かに納得して、猫リンの体をまさぐる。受け取ったものと似たものが出てきた。それはシンクが見覚えあるもの。盗聴器と受信器。
「私はこれでお前に、シンクとリッカの話を聞かせてたんだな?」
「ええ。誤解は解けました。戦わなくて済むなら、その方が良いでしょう」
ゲーガンの声に応えて、シンクの頭の上から声がした。
「……よく言う。今も……危険な可能性がある二人とも……、殺したいと思っているだろうに」
猫リンが目覚めていた。部分同期が切れかかっているらしい。
「あ……れ。力が……」
シンクは急に、体の力が抜けてきた。自我の制限が戻ってきている。リン本体が体を支える。
リンの手を借りながら、リッカをゆっくり床に寝かせる。そのままシンクも床に倒れる。
「後のことは私に任せて休むといい」
リン本体が優しく声をかけた。
リンなら安心して任せられる。シンクは張りつめていた心をゆるませる。
シンクがふと隣を見ると、穏やかな顔をしたリッカがいる。
明日の朝ご飯は何にしようか。
ラプラス連はこの日陥落した。放送で今回の事件の真相が語られる。なお、ラプラス連が落ちたという事実が、同盟内に不安を与え、各国情勢を悪化させると判断。世間への公表は伏せられた。
シンクが大きな力を得たと世界が知るのは、まだ先の話となる。




