第12話 生かすため
本体が来たのを知ってから、リンは試験基の場所へ移動していた。
「なぜここに?予知ではいなかったはず……」
リッカはリンの姿を見て驚いていた。
「完全な予知などできんよ。できたとしても、その通りの未来にするのは不可能だ。未来を知った時点で、それと全く同じ行動を強制されるのだから」
リンはリッカのことをどこまで知っていたのだろうか。
リンは、シンクの服の襟を爪で引っかく。何やら機械のようなものが転がり出た。
盗聴器の類だろうか。いつから仕込んでたのかシンクは少し不安になる。まあ聞かれて困ることもない……よね?やっぱり不安である。
受信機は耳の中に入れていたのか。猫の体なら隠しやすい。
「話は全部聞いた。私はリッカが何か隠してるとは思ってたが、正直聞くまで確信はなかったよ」
リンはシンクの頭に手を置く。息を吐き。力を込めた。
「ちょっと我慢しろよ」
「う……ぐっ……」
シンクの体に衝撃が走る。だが意識ははっきりとしてきた。
「制限は魔力精製の手順だ。自我を制限すれば魔力が生み出せるが、過ぎた制限は意識を失う。シンクは今この状態」
制限を逆手に取った代用麻酔なんてものもある。犯罪者の無力化に使われる制限弾も同じ。
一度落ちれば、そうそう目を覚まさない。リンは何をしたのか。
「私とシンクを、部分的に同期した。……私の、処理能力を、シンクに渡す。私の……意識は……落ちるが、……この体から、離れるな。……同期が、切れる……」
シンクの思考能力をリンが肩代わりするということか。いや、自我の肩代わりは単に脳を繋ぐだけではない。魂を繋ぐ行為。しかも他人と繋がるなんて普通は暴走して当然。それができるのはさすがというべきだ。
「頼む……シンク……。リッカは…………多分……」
「わかってます」
リンが何かを頼むのは誰かのためだけだ。リンはリッカの身を案じている。言おうとしたことは間違いなくシンクの思っていることと同じ。
「……あとは任せる」
リンはシンクの頭の上で力尽きる。
シンクには力が戻る。むしろ力が満ちている。もう一人のシンクと同期した実感が沸き上がる。
シンクはリンを頭にのせたまま立ち上がった。リン本体がするように魔力の壁をイメージする。シンクが感じたことのない、魔力を頭にまとう感覚。これでリンが頭から落ちることはないはずだ。攻撃を受けなければ。
リッカから魔力の高まりを感じる。
「想定外もいいとこだけど、ここで折れるわけにいかない。皆の命がかかってるんだから」
言葉からにじむ強い意志。
「リッカ。自分は自分自身を価値のない人間だと思っている。誰かのためになるなら死ぬのも納得したかもしれない。だけどそれは自分だけが死ぬ場合だ。でも、これは違うんだろ。再変換するにはもう一人必要なはずだ。リッカ自身が」
魔力だけでは、個人の自我の再現には足りない。再変換には個人の情報が必要なはずだ。その情報を唯一持つのは、取り込まれた人たちの集合意識たるリッカ。
リッカも死ぬつもりなのだ。復活の礎として。
「リッカは死なせない。だから殺されてやらない」
「そう、ならこうするしかないね」
暴風がシンクの隣を抜ける。
リッカは制限弾を食らっていたはずだが、影響が見られない。
集合意識であるリッカは一人であり、複数人でもある。制限弾では、個人としてのリッカは封じられても、集合意識としてのリッカを封じるには至らなかったのだ。
今回ばかりは負けられない。
両者は魔力を放出し、前に出る。
シンクの手甲が、暴風とぶつかる。
――いける!
点に集中した拳と、面を制圧する暴風。鋭さが、魔力の密度が違う。シンクは風壁を貫く。
風が左右に割れたとき、リッカはシンクの前にいなかった。
シンクの右から足が頭を狙う。
一瞬判断が遅れた。右手で防ぐか、魔力放出で防ぐか迷ったのだ。普段のシンクなら迷わず手を出す。それしか防ぐ方法がないためである。しかし、今のシンクは余計な選択肢を持ってしまっていた。
とっさに壁を作るが、防ぎきれずよろめく。
追撃に掌底からの魔力放出。シンクは壁まで吹き飛ぶ。
「私はこのために生きてきた。シンクでもそれは否定させない」
シンクは派手に叩きつけられたが、予想以上に体はなんともない。
魔力の上昇が、身体強化の魔法を向上させている。それに伴って耐久力も上昇していた。
だが、シンクがいま十分に使える魔法はこれだけ。同期してから汎用魔法を使える感覚がない。
まだ自分の力の使い方に慣れていないのに勝てるのか。
シンクはそう思うが、リッカも条件はそう変わらないのだ。
予測を実現するため、外れた行動はできなかった。魔力を本気で使うのは七年前以来。本調子には程遠い。
今までの自分の戦い方ではいけない。
シンクが頭に浮かべるのはリンの戦い方。
音速の拳ががリッカを弾き飛ばした。とっさのガードは衝撃を殺しきれない。
「否定する。リッカに嫌われようと。リッカに生きていてほしいから」




