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第10話 ラプラスの霊

「……リッカ……?」


 そこにいたリッカは、シンクの知るリッカではなかった。


「七年……。ここに至るまで七年かかった……。この瞬間をどれほど待ち続けたか!」


「なにを言って……」


 シンクにはリッカの言葉の意味が分からない。


「そうだな。私はシンクに感謝しなくちゃならない。だから説明してあげる。それがシンクにしてあげられるせめてもの償い」


 リッカは話し始める。七年前のすべてを。


――大陸歴一〇〇〇年一月 トゥーロ公国

 小国の公国は、長年技術開発に力を入れていた。ラプラスはその結晶である。

 ある問題を除いてラプラス試験基は完成したとされた。それを狙い、帝国は公国に攻め込む。帝国の圧倒的な軍事力により、同年三月に公国は制圧された。当然試験基も帝国のものとなる。


 試験基のある問題とは魔力の絶対的な不足。

 魔力は魂から精製される。そしてこの世界で魂と自我は同一視される。

 自我とはこの世界を認識するもの。ラプラスは現在の世界の把握、更新にこれを必要とした。

 電力の魔力変換ができなかった七年前、魔力は人間から取り出すほかなかった。

 人間の魔力には二種類ある。マナとマグナ。魔力量が多いと、個人ごとに異なる特性を持つマグナに変化する。

 ラプラスに必要なのは均一な性質の魔力。異なる特性のマグナは、混ざり合えば均一でなくなる。だがマナを持つ人間は魔力量が少ない。起動には何十万という人間を同時にラプラスに接続しなければならない。それは困難だ。


 帝国の研究者は考えた。何十万という数字は、接続者の安全を考えた数字だ。死ぬまで段階的に吸い上げれば、ずっと少ない人数の接続で済む。


 公国のある村から、それ用の人間が研究施設に連行された。

 それでも相当な人数。完全に管理はできなかった。

 一組の親が子を施設の片隅に隠れさせる。子の名はシンク。

 とはいえ子は一人で逃げられない。ラプラスに接続された親や知人を助けようとするがそれもできない。唯一助けられたのは、警戒の薄かった同い年の幼馴染。リッカのみ。


「……そうだ。自分はあの時リッカを助けた」


 倒れるシンクは当時の行動を思い出す。

 だが、リッカはそれに首を振った。


「いいや、助けられていないんだ。……あの時、リッカは死んだ」


「は……?」


「シンクがリッカを助け出したのは、一組目の命が絞り尽くされた後。すでにこの体は抜け殻だった」


 リッカは何を言っているのか。ならばシンクの前にいる少女は何者なのか。


「ラプラスはもう一人の人間を生み出す。だが再現体は自我がないため生きているとはいえない。精神で動く人形だ。通常は」


 いくらラプラスといえど、一人ひとりの自我を再現する魔力量はない。同期リンは、魔力を発生させる猫の肉体があるからこそ、自我を持っているのだ。


「一組目の皆は、自我のすべてをラプラスに吸われた。彼らの自我は魔力の渦の中で霧散するはずだった。器がなければ。……だが器はあったんだ。ラプラスにある彼ら自身の再原体が。彼らは抜け殻となった彼ら自身の再原体に宿った。抜け殻に宿った彼らは当然動けない」


 体は死んでいるが、意識はあると言えばわかりやすいだろうか。


「彼らの意識は助けを求める。ラプラスで繋がる彼らは集合意識を生み出した。彼らであって彼らでない者。集合意識は、リッカの体を助けようとするシンクを見つける。集合意識はリッカの体にパスを繋げた。彼らを助けるために」


「まさか……」


「そう。それが私。このラプラス試験基に生まれた、集合意識」


 リッカの体に宿ったのは、人々の願いが生んだ存在。人々の魔力の集合体。

 それは神という。いや、元となったのがラプラスに取り込まれた人間なら霊と呼ぶべきか。


 ラプラスの霊。それが七年間、リッカだった者の正体。


 ラプラスには計算できない例外がある。

 それはラプラス。ラプラスがラプラスを計算すれば、合わせ鏡のように計算が終わらない。あるいは限界を迎え、処理落ちする。ラプラスはラプラスを計算しないよう設定されている。

 リッカが、ラプラスの観測より強い力を持つのを知られなかったのはこのためだ。

 リッカの体は集合意識でラプラスと繋がっている。ある意味でリッカ自身がラプラスなのだ。


「でも……!リッカはそれ以前のことも覚えて……!」


「この体にはリッカの記憶がある。私はそれを読み取っていただけだ」


 思い返せば、七年前を境にリッカは変わっていた。しかしシンクはそれを気にしていなかった。あれほどの事件のショックは人を変えてもおかしくないと。


「私はあの時誓った。ラプラスにとらわれた彼らを助けると。そのために私は生まれたのだから」


――必ず助けてみせる


 あれはシンクに向けた言葉ではなかったのだ。自身と多くの意識に対する誓い。


「それで、……なぜ、自分を……」


 このような状態にする必要があるのか。シンクには話の内容と行動が結びつかない。


「電気はモーターを回転させ、モーターの回転は電気を得る」


 話は関係のない方向へ飛ぶ。話は終盤の前段に入ったようだ。


「エネルギーは相互変換が可能だ。魔力も例外ではない。でも百パーセントの変換はできず、ロスが発生する。私が彼らをラプラスから再変換するには、膨大な魔力が必要だった」


 シンクには当然そんな魔力はない。リンですら足りないだろう。


「私たちは考えた。何百人という意識全員で考えた。そして至った。現実に再変換できるほどの魔力を有する人間はいない。なら生み出せばいい」


 そしてリッカは告げる。


「シンクを最高の魔力を持つ人間にしようと考えたんだ」

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