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第9話 嵐は敵を吹き飛ばす

「なんですと?」


 展開する部隊から連絡を受けたゲーガンは、表情を一変させた。

 目の前のリンに目を向ける。


「別に私は、身内より国の平和と取る人間ではないぞ」


「だが、あなたは本体に連絡すらしなかった。助けに来させる気はなかったのではないのか」


 ラプラスの更新とともに、ラプラスに同期する猫リンは本体リンの記憶を得る。しかし逆はない。

 本体リンが同期リンの記憶を得るには、直接接触の魔法等が必要だ。

 ゲーガンはラプラスで二人のリンを監視していた。同居するシンクとリッカがこの状況になっても動きのないことから、ラプラス連を感情で敵に回さない判断を下したと考えた。リンを小を切り捨て大をとる理性的な人物だと評価したのだ。


「そう思わせるためだ。私本体でも対策を立てて待ち受けられると厳しいからな」


 同期リンは、マンション襲撃の後、ラプラス更新が行われたことを知覚した。

 簡易予測の失敗を受けた『未来』のラプラスのリセットだろう。簡易予測は近い未来ほど精度が上がるので、たびたびリセットされる。

 だが、ラプラスは更新もただではない。連続でははできず、共有できる部分のある『今』と『未来』は同時に更新される。そのため、『今』のラプラスと同期するリンは、簡易予測の土台となった時間がわかるのだ。

 リンは簡易予測にかかる時間を理解している。ラプラスが簡易予測を終えたころに本体に連絡をすれば、楽に簡易予測を外せる。本体は空を音速越えで飛べば、ぎりぎり間に合う。

 とはいえ、簡易予測結果を知らずに外せるのは、リンが同期体という特殊さからなのだが。


「あなた本体がもっと早く彼らにつけば、ここに侵入するリスクを負わずとも、交渉で安全を確保できたのでは?」


「それは冤罪を認めるに等しい。私はシンクとリッカを信じているのでね」



「リンさん!」


 リン・マーベリー本体は、シンクとリッカを守るように遡行監理官たちと向き合う。


「大丈夫か?」


「はい!でもリッカが」


 倒れるリッカは大丈夫だと声を振り絞り、起き上がろうとするがよろめく。シンクはリッカの体を支えた。


「ここの相手は私がしよう。リッカ。計算補完システムやらの修正はまだできるか?」


「……いける」


「シンク。リッカに肩を貸してやれ」


 シンクはリッカの体に腕を回す。リッカの足のは力は抜けているが、歩けないほどではない。


「いくらあんたでも勝手は困るな」


 三人に男が立ちふさがる。


「私に勝てると?」


 リンから放たれる威圧感。無意識に放出された魔力が空気を震えさせる。

 その圧倒的な存在に、少なからぬ人数が後ずさりをしてしまう。


「別にあんたに勝つ必要はないな!」


 弾丸が放たれる。向かうのはリンではない。リッカだ。

 着弾する。だがそこはリッカの額ではなく、リンの手のひら。正確には手のひらから十センチは離れている。魔力の壁は弾丸程度を通さない。


 男は舌打ちをする。それが合図になったかのように、周囲の攻撃が始まる。

 リンの腕一振りで、魔力の壁はシンクとリッカを守るため流れ出す。リッカには火力が集中するが、歩兵の銃は壁を破壊できない。

 なら次は兵器の攻撃。戦闘ヘリコプターから対戦車ミサイルが飛ぶ。

 リンは壁を展開しながらも、魔力を右手に集中させる。密度を上げた魔力の球体は、白く見えるようになる。この状態の球体の一点の力を弱めるとどうなるか。レーザーとなった魔力の線は、ミサイルを撃ち抜いた。

 リンはレーザーで一帯を薙ぎ払う。直撃ではなく足元への攻撃だ。それでも無力化や、戦意を奪うには十分。


「チッ!これが極点の力か!」


 並の人間では手出しできない嵐が吹き荒れる。

 リンは左手でレーザーをもう一本。遠いラプラス連の建物まで直撃する。敵と木々を吹き飛ばし、シンクとリッカの道を開く。建物からは、警報音が聞こえ始める。


「行ってこい!」


 リンの後押しを受け、シンクとリッカは走り出す。身体強化全力だ。

 二人を狙おうとする者は、すべて銃を撃つ前にリンに無力化される。

 それでもただやられるだけの相手ではない。対リンの戦闘隊形を形成していく。現状の装備で魔力の壁を抜けないなら、マグナを用いた魔法戦。

 特殊部隊なら、マグナを持つ高位の魔法使いもいるだろう。

 開幕はリンが圧倒したが、遡行監理官たちも引かない。


 リンは一気に制圧するため、高速で攻撃を仕掛けた。



 シンクとリッカは、今度こそ本物のラプラス連に入る。

 警報が鳴り響いており、遠くで人の声が聞こえる。

 何度か建物にレーザーが当たって揺れる。恐らくリンが、二人と職員が鉢合わせにならないよう考えてだ。避難勧告でこの棟から職員が退避するように。なおかつ建物が崩壊することは決してないように。

 自身の戦いの中でそこまで考えているとすれば、あちらの心配はいらないだろうとシンクは安心する。

 それよりシンクが心配なのは、計算補完システムを修復できるかどうかだ。できれば疑いは晴れる。できなければリンとともに逃げなければならない。今の二人が逃げられるかはわからない。修復できることを祈るのみだ。

 

 広い空間に出た。

 今度こそ本物の試験機ラプラスである。起動状態であり、表面には大陸図が浮かんでいる。


「今度こそ……、やっと……」


 リッカはシンクの支えから離れて、自分の足で歩く。ラプラスを操作するコンソールまで。

 リッカはシステムの変更に必要なのか、大事そうに保護されていたある記憶媒体、メモリを、どこからか取り出した。コンソールにメモリが挿入される。


「ごめんね。シンク」


 シンクの体に衝撃が走ったのはその瞬間だった。あまりの衝撃に手を前にも出せず倒れる。

 体に傷はない。誰かに攻撃されたわけではない。ここにいるのはシンクとリッカだけ。

 何をされたのか。シンクはリッカを見上げる。


「な…ん………で」


 リッカはシンクを見下ろしていた。

 その冷たい目は今までシンクが見たことのないもの。

 リッカがシンクに何かしたのは明白だった。

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