表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/18

第0話 記憶の中の地獄

大陸歴一〇〇〇年四月 旧トゥーロ公国


「……ドアを開けて」


「……っ!でも……!」


「大丈夫だから」


 ためらいながらも、少女を信じ、思い切って地獄のドアを開ける。


 内部はとても広い。数百メートルの奥行きがありそうだ。にもかかわらず、全体が人の感情で満ちていた。

 椅子のような機械に囚われ、頭の上半分を覆う、無数のケーブル。

 痛みに絶叫する者。泣きわめく者。親に助けを求める者に、神々に慈悲を乞う者。

 それが数百、あるいは千以上。多すぎてもうよく分からない。

 あまりの惨状に耳をふさぎ、うずくまりたくなる。

 

「こっち」


 少女に手を引かれ、機器の間の死角に潜り込む。

 手足の震えから少し手間取り頭をぶつける。この地獄でなければ、物音ですでに見つかっていただろう。


 体全体が隠れたと同時に、先ほど二人で入ってきたドアが乱暴に開け放たれ、数人の男が入ってくる。


「見つかんねえなァ、ガキ二人。外に逃げた様子もねェんだが」


 狂気の中にある普通の声は、逆に際立って聞こえてきた。

 帝国警察の制服でそろった連中のなかで、一人だけ着くずしたリーダー格の男が、白衣の男に話しかける。


「手間取らせやがってクソが。見つけたらあいつの親と同じようにぶっ殺……いや捕まえねェとな」


 近くに物があれば蹴り飛ばしたいと言いたげに、足先で地面を踏む。

 頭脳労働よりも肉体労働が似合いそうな白衣の男は、それを見て口を開いた。


「ああ、別にもう殺してもいい。もともと余裕をもって動員している。運用に必要な人間の補充もめどが立った。多少無駄に消費しても構わん。それより、逃げられてわずかでも情報がもれるほうが問題だ」


 それを聞いた男は口元に笑みを浮かべた。

 自分の息が荒くなる。心臓の音が脳にまで響き始める。


「そりゃいい。もっかい捜しに行くかァ」


 自分を殺そうとする男は、入ってきたドアに踵を返す。


「少し待て」


「ァア!?」


 呼び止められた男は不機嫌そうににらむが、白衣の男は気にせず話しかける。


「ちょうど起動の時間だ。見ていくといい。帝国が世界を握る記念すべき瞬間だ」


 薄暗かった室内は徐々に明るくなり始めた。

 この場所の中央には、人々につながれたケーブルが集まる台があり、その上に三十メートルはあるだろう球体が浮かぶ。それが淡い光を放ち始めたのだ。

 そして気づいたが、先ほどより人々の声が激しくなっている。それは消え去る前の火が一瞬強くなるようなものだった。

 球体が命を吸い上げているのか、光が強くなるにつれ、声は弱々しくなっていく。

 残り一つの声が死んだとき、球体の表面には、よく知るものが表れてきた。

 一つの大陸といくつかの島からなる、この世界の地図。

 大きさこそ比べ物にならないが、学習で使うような大陸球と同じだ。


「過去を見通す機械の神。ラプラス」


 白衣の男は、一種の崇拝を球体に向ける。


 神と呼ばれたそれは、自分には、悪魔に見えた。


 恐れからだろうか。つないだ手に力が入る。


「私たちは助かるよ。シンク」


「リッカ……?」


 隣にいる少女は、それを確信しているようにつぶやいた。

 こんなに力強い言葉を言うなんて、以前までの少女では考えられない。


 少女は球体を見据える。


「必ず助けて見せる」


 何の力もない自分は、少女の声にすがるほかなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=237184361&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ