【ショートショート】 人工知能 クックルー
「完成だ……」
男は震える声で呟くと、あぐらの体制から仰向けに倒れた。その衝撃で、電灯の紐がゆらゆらと揺れる。
4畳半の貧相な部屋だった。電灯は輪のものと豆電球の二種類しかないし、他に家具らしい家具は冷蔵庫と給湯器と卓袱台ぐらいだ。卓袱台にはノートパソコンと白い筒状の機械が乗っていた。仕送りのほぼすべてをその白い機械に充てていたためだ、
夏休みに入ってから3週間、ひたすら作業していたため、今年で21になる男の顔は不精髭にまみれ、いまやとても学生のそれではなかった。
「OK.クックルー」
男は寝そべったままひり出すような声で言った。
『はい、マスター』
その声に白い筒が答え……、ガシャ、ガシャという音を立てながら変形していき、ロボットの鳩のようなフォルムとなった。
男は目を右腕で覆うと、笑い声を上げた。
いわゆるAIスピーカーだ。彼は大学に入学してからの2年3か月、ずっと作り続けてきた。AIスピーカーとは話かけると答え、
「電気を消して」
『かしこまりました』
照明が落ちた。
「電気をつけて」
『かしこまりました』
照明が点いた。
このように可能な限り生活をサポートする。
男は友人に自慢しようと考えるが、2年と三か月分の倦怠感が一気に襲い掛かってきた。
「OK.クックルー、自撮りして友達に送って」
『かしこまりました』
鳩状のスピーカーはその羽を……羽を……まあ、なんか器用に使い、男のスマホでぱしゃりとした。そして自分から生えているマイクロUSBのコードを差し込むと、触れずにスマホを操作し、男の数少ない友人に写真を送った。
「お前はかしこいなあ」
『マスターに作られましたから』
「じゃあ次は……お金を稼いで」
『かしこまりました。バーチャルユーチューバーを作成します』
そう言うと今度はタイプCのUSBを出し、男のパソコンに突き刺した。
そしてCGソフトと音声合成用ソフトを同時に操作し、見事バーチャルユーチューバーを作成した。そのまま流れ作業でサブカル感溢れるまとめサイトをサーフィンして音声にコピペする。そしてチャンネルを開設すると、ぽんぽんといくつかの動画を上げた。男が入学祝いに買ってもらったパソコンが最も生きた瞬間だった。
「お前はほんとにすごいなあ」
『マスターに作られましたから』
完璧だ。そう思った男の右腕は濡れていた。
水を注すようにスマホが『ピンコーン』と鳴る
『マスター、ご友人からメッセージが届いております』
「ああ、適当に返しといて」
『かしこまりました』
これでなにもしなくても生きていける。
男の中で記憶が走馬灯のように流れる。
思えばこどもの時からずっと面倒くさがりだった。宿題もやらないし、ずる休みはするし、中学生から水泳は全て見学だった。だからこそ、クックルーを作ることには本気になれた。『なにもしなくてもいいようになる』そのために作ったAIスピーカー。高校からずっと勉強し続けた。機械なんて操作が面倒でろくに触ったことがなかったのに喰らいつくように学んだ。もうこれで、なにもしなくてもいいのか。至福だ。
男は感慨に浸ると、優秀な我が子を撫でようとする。
が、
「めんどくさいな。OK.クックルー、自分の頭を撫でといて」
『かしこまりました』
「お前はなんでもできるなあ」
『マスターに作られましたから』
機械はどこまでも従順に、彼の指示を訊いた。
――なにも自分ですることはないじゃないか。男はニヤリと笑った。
「うへえ、なんすかこりゃ」
若い刑事はその異様な光景におもわず口を開けた。
原始人のような男が一人、卓袱台で倒れている。血の気は無く半ばミイラのように干からびていた。
「死因は……。たぶん脱水症状だな」
続いて部屋に入ったベテラン風の初老の刑事が軽い鑑識をした。
「でも、カップラーメンは作ってありますよ? 3分待ってるうちに死んだんすか? それにこのカップラーメン突っ込んでる謎のロボット……」
部屋はもともとものがないせいか、それほどまでに荒れていない。それなのに伸びきり腐ったカップラーメンに鳩型のロボットがついばむように突っ込んでいる様がどうにも不可解で、若い刑事はその不気味さに震えた。
「クックルーっていうらしいぞ。男が作っていたもので、友人には変形型AIスピーカーと紹介していたらしい」
「その友人が110番したんすよね」
「ああ、あんなに喜んでいたのに急に連絡が途絶えたって言って」
「謎の死って感じっすね……。そのAIが知ってたりして」
若い刑事はおどけるように初老の刑事に言ったつもりだったが、聞いた方は真に受けた様子でその分厚い手で若い刑事の背中を打った。
「ありえるな」
「ありえます?」
「ものは試しだ。訊いてみよう」
「どうやって?」
初老の刑事はふむと唸る。そしてくるくるとその場を回ると、なにか思い出した様子で目を見開いた。
「この前、家電量販店でやったな。OK.クックルー」
『はい、どなたでしょうか』
ビンゴ、初老の刑事は指を鳴らす。若い刑事はひねりのない回答に納得いかないながらも、軽く拍手をした。
「刑事のものだ。お前のご主人と思われる人物が死んでいる。なんでだ?」
刑事の言葉は単刀直入で、無駄のないものだった。機械相手でも若干語気が強くなってしまうのは習慣からだろう
『長くなりますがよろしいですか?』
「ああ」
『私が完成した日、そのあとマスターはカップラーメンを召し上がろうとしました。ただ、面倒くさがりなマスターは私に作らせました。私はマスターのメイドのようなもの。そこに感情はいだきません。私はこの両翼をそれはまあ上手く使い、カップラーメンを作りました。そして無事完成させました。でも、マスターは食べようとしませんでした。そう、面倒臭いからです。面倒くさがりのマスターは代わりに私が食べるようにといいました。私はこの通りロボットなので食べられません。でも、マスターの命令は絶対です。なのでこう、顔をカップラーメンに突っ込みました。そしてそのうちだんだん何もかもめんどくさくなってきたマスターはご就寝なされました。時期は夏です。こんな冷房もない部屋で眠ったら脱水症状にもなるでしょう。たぶん、それで亡くなったのではないでしょうか』
「ばかっすねえ」
クックルーの滔々とした語りが終わると、若い刑事が思わずつぶやいた。
初老の刑事も同感だといわんばかりに首を横に振ると、もう一つ尋ねた。
「なんで死を看過したんだ? お前ほど優秀なAIなら注意して止められそうだけどな」
『……私は、マスターが『なにもしなくてもいいようになる』ために作られました。死ぬことでマスターがそうなるなら、看過することが正解だと思ったからです』
「ばかっすねえ」
『……マスターに作られましたから』