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力が重なるおはなし  作者: 椥桁
力が重ならないはなし
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力が重ならないはなし①の1――力を吸引《そうじ》させるはなし


「世界を救ってくれないか」


 その言葉が、少年の人生で最も不幸な一日が始まる合図だった。

 すぐさまその場から逃げようと駆け出す少年よりも速く、声の主の腕が少年の体を捕まえる。

 腕の先にはボロ雑巾を縫い合わせたかのような汚い衣服を身に纏い、酸っぱい匂いを漂わせる、毛むくじゃらの初老らしき男性がいた。


 その男性の必死な形相に、少年は腕を振りほどくことができず、この場から離れられなくなっていた。

 そもそもこんな現実味のない言葉なんか無視して足早に通り過ぎていれば相手を刺激しないで済んだものを、わざわざ逃げ出そうとしてしまったのは声を掛けられる前に不快な振動が手の甲を走ったからだった。


 もう一度、同じ振動が与えられる。


「やはりキミは選ばし者だ」


 男は感激していたが少年は気持ちが悪くてしかたなかった。

 その振動の源にあるものは、桃色の小さな卵――アダルトグッズのピンクローターだからだった。

 知らない男性から街中でいきなりこんなものを押し付けられれば、誰だって嫌悪感を抱いて当然だろう。


 ともかくこの男性の頭は正常ではない。それは確かだ。


「キミの名前を教えてもらってもいいかな」


 本名を教える義理などない。


「紫柴……、紫柴(シシバ)(ヤイバ)です」


 だから偽名で答えた。


 少年の心情を察することなく男性は語る。


「刃くんか。このままでは現生人類は滅びる。キミにしか、刃くんにしか、世界は救えないんだ」

「これは敵の力を無効化する道具だ。吸引力という」


 そうして説明するものは、どう見てもローターにしか見えない。


「この楕円状のカプセルが敵に直接触れることで力を吸い取ることができる。震えるのは力を相殺しているから。相手が力を持っている証拠だ」

「相殺して残った純粋な力はケーブルを通り、この長方形型のボックス内に蓄積される」


 強引に差し出される吸引力と呼ばれる機械は、どう見ても卵型の部分にはモーター、ケーブルには銅線、四角い箱には電池かバッテリーが入っているようにしか見えない。


「ボックスにはオンとオフのスイッチが付いているがバッテリー等の電気は必要としない。オンにしていれば敵の力を利用して動作する」

「普段はオフにしておくように。自分の力も吸われてしまわないためにな」


 訝しんでずっと吸引力を睨んでいていても仕方なく、刃はこれを受け取った。


「全ての力を集め終わったら吸引力を壊してくれ」


「……はい」


 一度逃げようとした刃がここまで話を聞いてしまうのは、頼まれたら断れない性格だからだった。

 誰の頼みであろうと一生懸命に取り組んでしまうのが長所であり短所でもあり、それ故の成功と失敗が彼という人間を作りあげていた。


 その経験からいうと、この手の頼まれ方で結果が良かったことはほとんどない。

 既に頭の中では、どうやって断ろう。どうやって有耶無耶にしよう。どうやって解決しよう。どうしよう。とパンクしかけているのが、刃の顔を見ただけでわかった。


「不安ならこれも持っていくといい。牽制くらいにはなるだろう」


 空いている手に拳銃を押し付けられる。

 刃の不安とこの男性の不安は一致していなかった。


 使い道がわからない吸引力だけでなく、マスメディアで見慣れている殺傷性の高い道具が追加されたことで、刃の不安要素は余計に増えていった。


「残弾は心配しなくてもいい、どんどん撃ちなさい」


 そんな心配をしている余裕など今の刃にはない。


「新しい弾は少しわかりにくい所に隠してあるが、刃くんならきっと見つけられる」


 男性の中で、刃の評価はどれだけ高いのだろうか。

 男性が期待する分だけ、刃の心理的なハードルは高くなっていく。

 プレッシャーに負けて投げ出してしまってもおかしくない。


「刃くんは優しそうな外見をしているわりに、ちょっと吸引力で吸ったくらいじゃ全く動じない強力な力を持っている」


 そんなはずない。そんな力なんてない。こんな頼りない人間よりもその辺を歩いている大柄な男の方がよっぽど頼りになるはずだ。

 そう思って刃が周囲を見渡すと誰もいなかった。


 風の音しか聞こえない。

 誰かがセットした舞台のような、自分達が物語の主役になったような。この場には二人しかいない。問題を解決へ導く装置を渡す男と、受け取る少年。

 観客は神の如く高みから見下ろす太陽のみ。


「全ての力持ちを開放し、人類を、世界を救ってくれ。もうわたしに残された時間は少ない。頼んだぞ、刃くん」


 男は刃の背中を強めに叩いた。

 その勢いに耐えられず、刃はバランスを崩して前のめりに転ぶ。

 一言文句を言おうと振り返り睨み付けるが既に男はいなくなっていた。


 夢のよう……悪夢のようなひとときだったが、残っている吸引力と拳銃が現実であることを証明している。


 今の話はどこまで本当なのか、と疑いながら少年は一人きりの街を歩く。



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