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銀の魔導 本流  作者: 雪仲 響
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 マルティアーゼ達は距離を取るため後ろに下がる。

 バルグの周りには黒い水溜りが波打ち、そこにやって来たゾンビが足をすくわれた水溜りに倒れ込むと、途端に身体が溶け出して白い煙が立ち昇りみるみるうちに骨だけになってしまった。

「全く……お前達来るでないわ、あっちへ行っておれ」

 バルグがさっと腕を振るとゾンビ達は方向を変え路地から遠のいていく。

「全く儂と此奴らとの間に入ってきおって邪魔をするでないわ、此奴らは此処に来た楽しみの一つなんじゃ興を削ぐような事をするでないわ」

「詠唱短縮か……」

 デビットの表情が曇る。

 長い詠唱と比べ威力は落ちるが発生が早い、バルグ程の魔道師になると短縮された魔法であっても威力は普通の魔道士以上の力が出せる。

「トム、スーグリ、貴方達はお魚さんの所に行って状況を知らせてきて」

「なっ……何を言いますかこんな時に……駄目です」

 マルティアーゼの言葉にトムが強く反対した。

「此処で言い争ってる場合じゃないのよ状況を見て、剣士の貴方達じゃ近付く事も出来ないのよ」

「嫌です、私は何があっても残りますよ」

 トムの堅い決意が伺える言葉だった。

「貴方……」

「私も嫌ですよ、残ります」

 二人とも頑なに拒んできた。

「いい加減いにしなよ二人共、目の前の敵がどんな奴か分かってるのかい」

 後ろでデビットが声を張り上げた。

「誰が何と言おうと私は残りますよ」

 トムはなおも強い意志を示す。

「スグリ、フィッシュ達に伝えに行ってくれ」

「でもぉ……」

「行って!」

 デビットの一言は反論はさせないという強い意思が伝わってくる、渋々の表情であったがスーグリは何も言わずに北に向かい走っていく。

 すれ違いざまにマルティアーゼの顔をのぞき込んだが、彼女はバルグに睨みを利かせたまま無言だった。

「なんじゃ、逃げるのは一人だけか、もっと逃げても良いんじゃがのう、そこのお姫様だけは別じゃがな、ふぉふぉふぉ」

 マルティアーゼがぎりぎりと歯を鳴らして、詠唱を唱えると後ろの二人も同じく唱え始めた。

 トムは剣先をバルグに向けていつでも斬り掛かれるように構え直す、それを悠々と眺めてからバルグも詠唱を唱え始めた。

 詠唱は両者ほぼ同時だった。

 繰り出される魔法合戦、やはりバルグが先手を取った。

 頭上から無数の黒い矢が作り出されて四人に飛来する、それに対してママルティアーゼの掌から光の壁が四人を取り囲んだ。

 そこに黒い矢がぶつかるとまばゆい光が辺りを照らしながら霧散していく、数十秒間、壁には続々と矢がぶつかり弾けていく。

「どれだけの数を作り出しているんだ」

 デビットがいつまでも飛んでくる矢に辟易した。

「流石はお姫様じゃのう、読んどったか、ふぉふぉ」

 バルグは嬉しそうに笑う。

 矢の雨が止むとマルティアーゼの光の壁も消えた瞬間、デビットとミエールの魔法がバルグに向けて飛ばした。

 ミエールの放った火柱がバルグの目の前で立ち昇り、顔を袖で隠し熱さを遮った所に飛んできたデビットの風切りが右腕に直撃した。

「油断しすぎだね、マルしか見てないからだ」

 デビットが冷たく言い放つ。

「ぬぬぬ……」

 バルグが身体をびくつかせて苦悶の声を上げる。

 身じろいだ勢いで袖口に火が燃え移り、腕を炎が包み始めるとバルグは腕を振って炎を消そうとする。

「小癪なひよっこ魔道士めが……」

 袖を一振り、焼かれた袖口が炎と共に千切れバルグの腕が露出すると、細く筋肉がそげ落ちた木の枝の様な自分の腕を見て、バルグは怒鳴った。

「むう、儂の一張羅をよくも……お主らには用はないんじゃよ」

 怒りと共に杖を前へ突き出した、何も起こらないと感じた瞬間、マルティアーゼの後ろの石畳が地面から盛り上がり、頭上を覆うほどの高さまで上がると土砂から二体の巨石兵が姿を現した。

 巨石兵がマルティアーゼとの間に立ち、デビットとミエール達とを分断させて立ち塞がった。

「デビ、ミエール!」

 マルティアーゼの声が巨石兵の背後から聞こえた。

「こっちは大丈夫よ、マルちゃん気をつけて」

 ミエールが返事をした。

 巨石兵が道を塞いでいて向こうが見えず、マルティアーゼとトムは退路を断たれバルグに向き合うしかない。

「雑魚共は其奴らで十分、これで存分に和紙と語れるこ事よのぉ」

 バルグの周囲の黒い水は効果が薄くなり固まり始めてきていた。

 トムとマルティアーゼが武器を手に攻撃の機会を窺っていると、後ろから巨石兵がデビット達に襲いかかり、それに応戦して魔法がぶつかる衝撃が背中に響いてくる。

「さぁお姫様、一緒に来て貰おうかのぉ、お主が居ればこんな国など容易く落とせるわい」

「国を取ってどうするつもりなの、まさか王座が欲しいなんて馬鹿な事を考えてるんじゃ無いでしょうね、魔道士が名声を欲しがるなんて……」

「お主は力についてどう考えるのじゃ、元は同じ力しか無かった者が修行によって他の者と差が出来てしまう事にどう思う、己の才能の凄さに感銘を覚えないかえ、自分が何処までこの力を伸ばせるのかと……人とは違う特別な存在だと気付いた時には、もう他の者と同じ道では歩んでいけぬのだよ」

 バルグは語るように話した。

「それなら何処か人里離れた場所でゆっくりと自己鍛錬に励んでいれば良いだけ、わざわざこんな大仰な事をしてまで国に戦争をしかけるなんて馬鹿げてるわ、こんな事で取った王座なんて誰からも支持なんてされないし、魔導の地位を下げるだけよ」

「地位か……それを下げているのは儂じゃないでな、それこそお主の先王からの仕業よのぉ、ふぉふぉ」

「…………ど、どういう意味よ」

 何を言っているのか分からないマルティアーゼは口ごもった。

「分からぬかえ、どうして魔導が出来て数百年間、魔導の国が唯一エスタル王国しか出来なかったか疑問に思わなんだか」

 バルグは何でも知っているぞと言わんばかりの笑みを浮かべる。

 デビット達はいまだに巨石兵との戦闘に没頭しており、二人の魔法では決定打に欠け距離を取りながらの単発的な攻撃を仕掛けるしかなかった。

 続々と城門に入ってきていた死霊軍団は既に全員が町に侵入して、西から南に広がって人々を襲っていたゾンビやリザードマンは、仲間を劇的に増やしながら次なる獲物を求めて拡大に努めていた。

 東や北側に居た人々はその多くが東大城門から逃げ出していたが、それでも逃げ遅れた人は家に隠れて、身を震わして助けが来るのをまだかと待ち望んでいた。

 深夜に始まった襲撃は、物言わぬ化け物共の狂喜乱舞する大舞台となってしまっている。

 タロス通りとリーファス通りの交差点では篝火を灯し、騎士団達がゾンビの先頭と交戦していた。

 マルティアーゼ達の西地区にはゾンビの群れは居なかったが、この場所が今では町で一番危険な場所になっていた。

「そもそもの始まりは、ぬしの初代エスタル国王が小国だった群雄割拠の時代、戦場で見つけた石碑が魔法の起源となっておるんじゃよ、そこに書かれていた『石碑に触れし者、古の力と共に礎とならん』という言葉に王は躊躇する無く触れ、其の身に紋章が浮かび上がると共に、石碑は光り輝く柱を天空に伸ばし世界に魔力という力を誕生させたんじゃ、そして王の身体自身が魔力の塊となり、偉大な力を手にした王はエスタル王国を建国し世界に覇を唱え、今日では唯一戦国時代を潜り抜けてきた国となった、その王家の偉大な力は男性一子のみに引き継がれていき、紋章が出た者が現れると王の力は次第に失われていく、これが王家の紋章の仕組みじゃよ、その紋章を持つ者がお主という女性だとは驚いたが、お主の力は世界の中心とも言えるんじゃよ」

 フードの中の緑色の目が妖しく明滅して、マルティアーゼを興味深そうに見つめていた。

「…………」

「まだ分からぬかえ、エスタル国王は自分こそが世界の魔導にして絶対の王にならん事を願ったのだよ、じゃから自分以外の魔導の国が出来る事を良しとせんし認めんよ、魔道士全てはエスタル国王の下にあると考えておるからのぉ」

「そんな事は……」

「無いといえるかえ、どの国でさえ魔道士が台頭に立った試しはないぞよ、魔道士を上に立たせてエスタル王国から目を付けられるのを嫌っておるんじゃよ、儂はそのような下位に見られている魔道士達の代表として力を世界に見せつける為に立ち上がったんじゃ、言わばこの儂こそ魔道士の地位向上の希望でもあるんじゃぞ」

「なっ馬鹿なふざけるな、ただの詭弁だそんなことは……姫様こんな奴の言うこ事に耳を貸す必要はありませんよ」

 トムが激怒して叫ぶ、手にした剣には汗がじっとりと滲んでいて、汗を拭うと握り直した。

「ええっ分かってるわ、この者が何を言おうがやってる事はただの虐殺であり、王座が欲しいという強欲の徒だという事……」

「ふん、ここまで丁寧に説明してやったにも関わらず、理解の足りぬお姫様よの、下らぬ欲でも成就すれば大きな思想になり得るのだよ、じゃがもう良いわ儂の優しさが分からんとは可愛げの無い、お主は黙って儂の人形に成れば良いのじゃよ」

 バルグは説明しても納得しないマルティアーゼに対し、説得させる気は毛頭ないはと杖をかざして詠唱を唱えた。

 届かぬ剣や詠唱の早さから武器を構え避ける事に集中した、何をしてくるのか分からない二人にとっては一瞬の緊張が長く感じられた。

 すると二人の足元の地面から勢いよく砂が舞い上がり視界を遮られた。

「くっ……」

 マルティアーゼが顔を守ろうと腕を上げると砂塵の中から杖が伸びてきた、バルグは地面の砂を飛ばすと同時にマルティアーゼに走り込んでいたのだ。

 突き出した杖が鳩尾に入り、マルティアーゼは体をくの字に折り曲げ崩れ落ちていく。

 倒れ込んだマルティアーゼにトムが駈け寄ろうとするが、バルグがそれを阻止するように詠唱短縮で魔法を出した。

 地面から生えた二本の石柱がトムに向けて突き出てくる、一本を飛び越え二本目を避けてバルグに斬り掛かる。

 バルグは杖で剣を受け止めたが、刃が杖に食い込み抜けなくなる。

「ぐくっ……姫様に手は出させん」

「ふん、付き人剣士如きが調子に乗るでない」

 バルグはトムとの力比べにも負けない程の怪力を見せ、杖を折られてはならぬと剣を握るトムごと腕を振り回して体勢を崩した所に掌を向けた。

 トムの眼前に沸き出た三つの黒球がトムを襲う。

「くそっ!」

 近距離からの攻撃に剣で払うには近すぎた、剣を盾代わりに前面に構え黒球から身を守ろうとしたが、剣で防げたのは一つだけであった、残り二つがトムの胸と腹に直撃した。

 家の壁まで吹き飛ばされ、激突した衝撃で苦痛の表情を浮かべる。

「うっ、ぐっ……」 

 呼吸が止まる、深呼吸をして空気を求めるが鉄の胸当てが凹み、息をして胸が押される度に圧迫されて肺に新鮮な空気が入って来ない。

「がはっ、はぁはぁ……」  

 口元に一筋の血が流れ出る。

 息をする度に襲ってくる鈍痛に、気が遠くななるのを必死で耐えながら地面についた手の甲にボタボタと溢れ落ちてくる血を見つめた。

「そこで寝ておれ」 

 バルグは足元で気を失っているマルティアーゼを軽く担ぎ上げて肩に乗せると、そのまま西城門の方へと歩いて行った。

「ま、待て……姫様を何処へ、ごほっ」

 軋む胸の痛みにトムは剣を杖代わりに立ち上がる、家の壁に手を掛けながらよろよろとマルティアーゼの連れさられた後を追った。

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